スウィートカース(Ⅶ):逆吸血鬼・エリーの異世界捕食

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第一話「脈動」

「脈動」(4)

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 そこは現実世界ではない。

 ここは異世界にある〝幻夢境げんむきょう〟……

 幻夢境げんむきょうの西の果てに位置するムナール山に、その城は邪悪な影絵と化してそびえ立っていた。

 満月に染め抜かれる城壁を、竜巻のごとく群れて旋回するのは大量のコウモリだ。なんだろう。城からこぼれる風には、どす黒い呪力と、かすかな血臭じみたものが混じっている。

 そこに巣食う恐怖を、幻夢境げんむきょうで知らぬ者はいない。

 そう。

 ここの住人は〝吸血鬼〟……

 幻夢境げんむきょうでもその夜の眷属は、人を襲う知性ある危険生物に分類されて広く知れ渡っている。その中でも特に強い勢力をほこるのが〝万華鏡カレイド〟の一派だ。

 いまも吸血城の広間には、大きな円卓を囲んで凄まじい影たちが鎮座している。

 その吸血鬼たちは、他のそれとは一線を画した。つごう四名の彼らは、そのたくましい体をさらに頑強な全身鎧で覆っている。

 鮮やかな鎧の色は計四種類。

 すなわち、赤、青、白、緑。

 戦慄をこめて〝宝石の四騎士〟と呼ばれる吸血鬼たちは、まんじりともせずに待っていた。

 なにを?

 答えは、かすかに軋みをあげた大扉がもたらした。開いた隙間から遠慮がちに顔だけをのぞかせたのは、ひょろ長い人影だ。いかにも軽薄そうではあるが、しかし輝くような美貌をも青年は持ち合わせている。

 鎧を轟かせていっせいに起立した四騎士たちへ、美青年はごまかし笑いで舌をだした。

「ごめんね、みんな。待たせちゃった?」

 しゃちほこばって、赤騎士〝鳩血石ルビー〟は答えた。

「お待ちしておりましたぞ、我があるじ

 続いたのは青騎士〝蒼玉石サファイア〟だ。

「さ、どうぞお席へ、万華鏡カレイドさま」

「ほんとにごめんよ。朝が来る前に居眠りしちゃってさ。ついウトウトと」

 広間に入室した美吸血鬼の風体は、簡素なシャツにスラックスといったものだった。ガチガチに正装した四騎士たちとは、姿勢からして正反対だ。

 だがたしかにカレイドは、この吸血城における最強の存在だった。カレイドの着席を見守ってから再び座り直した四騎士のうち、現に白騎士〝金剛石ダイヤ〟は穏やかに首を振っている。

「眠気も仕方ありませぬ。カレイドさまにおかれましては連日、激務につぐ激務続きですからな」

 腕をあげて思いきり伸びをしながら、カレイドはあくび混じりにつぶやいた。

「城主なら当然の勤めさ。あ~、休憩したおかげで頭がスッキリした。べつに叩き起こしてくれても良かったんだよ?」

 苦笑してなだめたのは、緑騎士〝緑柱石エメラルド〟だった。

「とんでもありませぬ。何度かは起こしに参りましたが……ひさびさに安息されるカレイドさまを、たやすく起こす気には到底なりませんでした。どうかお許しくだされ」

「ありがとう。ところで、ところでなんだけど?」

 光沢のある頭髪を無造作に掻きながら、カレイドはたずねた。

「きょうはなんの集まりだっけ?」

 吸血の四騎士たちは、戸惑ってお互いの視線を見合わせた。そろって眉庇バイザーに隠れて見えない顔と顔とを寄せ、口々に疑問をかわす。

「もしやカレイドさま、お疲れがたまり過ぎてとうとう記憶にまで弊害が……」

「聡明なカレイドさまのことだ。深いお考えがあってのことだろう」

「いやしかし、こんな大切なことをお忘れめされるとは……」

「まさか、あの小娘をあざむくための奇策か?」

 いっこうに的を得ない四騎とひとりに、鋭い回答を与えたのは第六の人物だった。

「きょうは喫緊の課題について話し合う約束だったはずだわ。大遅刻よ。みんなで仲良く日光浴する? カレイド?」

 いったいいつの間に?

 カレイドの席の背後、静かにたたずむのはひとりの少女だった。

 すらりとした細身に、彼女は見たこともない未来的なスーツをまとっている。それよりおかしい。どんな野生動物と比べても鋭敏なはずの吸血鬼たちの超感覚が、少女の存在をいまのいままで察知しなかったのはなぜだろう。

 瞬時に殺気立った吸血鬼たちのうち、いち早く席を蹴ったのは緑騎士だった。カレイドの次に、彼がもっとも少女の近くにいたのだ。

「無礼だぞ、きさま! 隠密裏に我が主の背中をとるとは!」

 地響きをあげて、緑騎士は猛然と少女に肉薄した。カレイドを守ろうとする義務感が強すぎ、完全に頭に血が昇ってしまっている。

 強引に少女を引き剥がそうとした緑騎士の腕の先に、しかし不埒者の姿はない。

 いや、あった。緑騎士の真後ろに。

 瞬間移動?

 ちがう。彼女を突き動かすのは、そんな生ぬるい力ではない。

「時間がないのよ、わたしには。だから〝前借り〟する」

 獲物を見失って困惑する緑騎士の背中にそっと手をおき、少女は告げた。

「〝超時間の影シャドウ・オブ・タイム〟……五十倍よ」

 爆発音は響き渡った。

「ぐおッ!?」

 どうしたことだろう。あの超重量の緑騎士が、風にもて遊ばれる木の葉のごとく宙へ吹き飛んだではないか。硬い壁面を人型にえぐって突き刺さり、緑騎士は気を失って痙攣している。その丈夫さが売りの装甲板に残るむごたらしい陥没は、少女の手のかたちと見て間違いない。

「安心して。滅ぼしてまではいないわ、いまのところ」

 ささやいた少女の掌は、わずかに呪力の電光と薄煙をあげていた。やはり緑騎士は、少女に軽く触れられただけとしか思えない。なのになんだ、この結末は。その直前の光速じみた歩法といい、彼女には謎が多すぎる。

  ほかの仲間三人にあわただしく緑騎士が救出される中、ただひとり落ち着き払う人物はいた。カレイドだ。まるでこの事態を、あらかじめ予測していたようにも窺える。

 無縁であるはずの太陽のような微笑みを浮かべて、吸血鬼の王は少女の名を呼んだ。

「や、ホーリーちゃん。立ちっぱなしもなんだし、座って座って♪」
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