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第四話「凝固」
「凝固」(2)
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地下の水脈は湿気だらけだった。
他にいくらでも水源はあるため、古い地下道は忘れ去られてずいぶん前から手入れされていない。エリーとエドが慎重にすすむ石造りの歩道も、苔や蜘蛛の巣であふれ返っている。静々とせせらぐのは、かたわらを流れる川だけだ。
これだけ長いこと放置されれば、知らぬうちになにかが住み着いていても不思議はない。
ふたりの歩く広大な地下水路に、明かりはなかった。だがエリーは吸血鬼の類としてとうぜん夜目がきく。アンドロイドのエドにも、最新鋭のセンサーがそなわっているため問題はない。一般人にとっての暗闇は、ふたりにとっては昼間も同然だ。
なんだろう。ときおり、ふたりが感じるかすかな気配は。
いつの間にか水面から浮かび上がった影は、また沈んで静かな波紋だけを残した。水路の曲がり角から顔をのぞかせては、謎の影はすぐに引っ込んで正体をつかませない。
そこかしこに気配、気配、気配。不気味な羽音、羽音、羽音。
じわじわと、目に見えない殺気は闇に満ちていく。
足取りは止めぬまま、エリーは腰の武器にそっと手をはわせた。面持ちに緊張を混じらせるエドへ、ひめやかに耳打ちする。
「囲まれた、な」
「らしいね」
音もなく、エドはあさっての方角を指差した。暗がりに伸びるのは、古びてレンガもがたがたの階段だ。
「そこを登って、エリー」
「これが吸血城の地下へ通じるという?」
「そうだ。ここで二手に分かれよう」
眼帯がないほうの瞳を細め、エリーは聞き直した。
「まさかエド、ひとりでこの場を食い止めるつもりか? 勝てるのかえ?」
「いや、勝ち負けの話じゃない」
「策があるんじゃな?」
「まあね」
堂々たる金切り声が、地下に轟いたのはそのときだった。
いっせいに暗黒に灯ったのは、数えきれない昆虫の複眼だ。それまで水路の天井に逆しまに取りついて同化していた蚊人間たちが、上位にいる何者かの合図を受けたらしい。
エリーとエドめがけ、虫人の群れは黒い驟雨と化して降り注いだ。上下左右に飛びかう羽ばたきの狂騒の中、エドはエリーの背を押している。
「はやく行って。ハオンくんたちが手遅れになる前に」
「わ、わかった!」
まだ動きにためらいを残すエリーへ、エドは背中で宣言した。
「ぼくは〝説得〟してみせる。〝女王様〟を。さ、急いで」
「かならず生きて会おうぞ、エド!」
心機一転、エリーは足場の悪い階段を一足飛びに駆け上がった。
数秒後……
水路と城の地下をへだてる鉄扉を、エリーは勢いよく蹴破っている。弾かれたように振り返ったのは、そこを守る精悍な吸血鬼四名だ。
ここから外敵が侵入する可能性を、彼らは主人のカレイドからあらかじめ聞かされていた。それぞれ壁に預けた武器をひったくり、怒声をあげてエリーへ飛びかかる。
「おいでなすったな!」
風をえぐって閃いた長剣の輝きを、エリーは柔軟に身を低めてかわした。同時に彼女の手の中で、抜き放たれたタイプ02も西洋剣の骨格へと変形する。ずらした眼帯から素早く武器に生き血を与え、吸血鬼のひとりに肉薄。突き込まれたエリーの赤剣は、獲物の胸に刺さって背中まで抜けた。
その一瞬の停滞を逃さず、エリーの背後から襲いかかったのは別の吸血鬼だ。怪力で振り入れられた長槍は、岩人間の装甲すらたやすく貫通する。
改良型の武器に、エリーは力をこめた。瞳から追加の血を02に授け、呪文を叫ぶ。
「血晶呪・血刀……〝両剣〟!」
不意打ちした吸血鬼は、腹を貫かれて壁に縫い止められた。02の柄頭から反対側に生じたもう一筋の刃が、両剣と化してうしろの敵手を射抜いたのだ。だがそのときには、なおも左右から吸血鬼の戦斧と金棒がエリーを挟み撃ちにしている。
片目から大量の血涙を流しつつ、エリーは怒号した。
「血刀〝四方剣〟!」
こんどは02の鍔から、さらに左右へ血の剣が伸びたではないか。赤い十字架の姿をとった血刃を風車のごとく高速回転させ、あたりの吸血鬼どもをまとめて薙ぎ払う。
そろって胴体と下半身を切り離され、四匹の吸血鬼はなかよく床に転がった。それでも驚異的な吸血鬼の生命力は、彼らに口々に泣き言をこぼさせている。
「い、痛えェ~」「マジかホ……」「強えおェ」「お、お母ちゃ~ん……」
東西南北の剣光を鋭く02に格納するや、エリーはふたたび駆け出した。
他にいくらでも水源はあるため、古い地下道は忘れ去られてずいぶん前から手入れされていない。エリーとエドが慎重にすすむ石造りの歩道も、苔や蜘蛛の巣であふれ返っている。静々とせせらぐのは、かたわらを流れる川だけだ。
これだけ長いこと放置されれば、知らぬうちになにかが住み着いていても不思議はない。
ふたりの歩く広大な地下水路に、明かりはなかった。だがエリーは吸血鬼の類としてとうぜん夜目がきく。アンドロイドのエドにも、最新鋭のセンサーがそなわっているため問題はない。一般人にとっての暗闇は、ふたりにとっては昼間も同然だ。
なんだろう。ときおり、ふたりが感じるかすかな気配は。
いつの間にか水面から浮かび上がった影は、また沈んで静かな波紋だけを残した。水路の曲がり角から顔をのぞかせては、謎の影はすぐに引っ込んで正体をつかませない。
そこかしこに気配、気配、気配。不気味な羽音、羽音、羽音。
じわじわと、目に見えない殺気は闇に満ちていく。
足取りは止めぬまま、エリーは腰の武器にそっと手をはわせた。面持ちに緊張を混じらせるエドへ、ひめやかに耳打ちする。
「囲まれた、な」
「らしいね」
音もなく、エドはあさっての方角を指差した。暗がりに伸びるのは、古びてレンガもがたがたの階段だ。
「そこを登って、エリー」
「これが吸血城の地下へ通じるという?」
「そうだ。ここで二手に分かれよう」
眼帯がないほうの瞳を細め、エリーは聞き直した。
「まさかエド、ひとりでこの場を食い止めるつもりか? 勝てるのかえ?」
「いや、勝ち負けの話じゃない」
「策があるんじゃな?」
「まあね」
堂々たる金切り声が、地下に轟いたのはそのときだった。
いっせいに暗黒に灯ったのは、数えきれない昆虫の複眼だ。それまで水路の天井に逆しまに取りついて同化していた蚊人間たちが、上位にいる何者かの合図を受けたらしい。
エリーとエドめがけ、虫人の群れは黒い驟雨と化して降り注いだ。上下左右に飛びかう羽ばたきの狂騒の中、エドはエリーの背を押している。
「はやく行って。ハオンくんたちが手遅れになる前に」
「わ、わかった!」
まだ動きにためらいを残すエリーへ、エドは背中で宣言した。
「ぼくは〝説得〟してみせる。〝女王様〟を。さ、急いで」
「かならず生きて会おうぞ、エド!」
心機一転、エリーは足場の悪い階段を一足飛びに駆け上がった。
数秒後……
水路と城の地下をへだてる鉄扉を、エリーは勢いよく蹴破っている。弾かれたように振り返ったのは、そこを守る精悍な吸血鬼四名だ。
ここから外敵が侵入する可能性を、彼らは主人のカレイドからあらかじめ聞かされていた。それぞれ壁に預けた武器をひったくり、怒声をあげてエリーへ飛びかかる。
「おいでなすったな!」
風をえぐって閃いた長剣の輝きを、エリーは柔軟に身を低めてかわした。同時に彼女の手の中で、抜き放たれたタイプ02も西洋剣の骨格へと変形する。ずらした眼帯から素早く武器に生き血を与え、吸血鬼のひとりに肉薄。突き込まれたエリーの赤剣は、獲物の胸に刺さって背中まで抜けた。
その一瞬の停滞を逃さず、エリーの背後から襲いかかったのは別の吸血鬼だ。怪力で振り入れられた長槍は、岩人間の装甲すらたやすく貫通する。
改良型の武器に、エリーは力をこめた。瞳から追加の血を02に授け、呪文を叫ぶ。
「血晶呪・血刀……〝両剣〟!」
不意打ちした吸血鬼は、腹を貫かれて壁に縫い止められた。02の柄頭から反対側に生じたもう一筋の刃が、両剣と化してうしろの敵手を射抜いたのだ。だがそのときには、なおも左右から吸血鬼の戦斧と金棒がエリーを挟み撃ちにしている。
片目から大量の血涙を流しつつ、エリーは怒号した。
「血刀〝四方剣〟!」
こんどは02の鍔から、さらに左右へ血の剣が伸びたではないか。赤い十字架の姿をとった血刃を風車のごとく高速回転させ、あたりの吸血鬼どもをまとめて薙ぎ払う。
そろって胴体と下半身を切り離され、四匹の吸血鬼はなかよく床に転がった。それでも驚異的な吸血鬼の生命力は、彼らに口々に泣き言をこぼさせている。
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