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第四話「凝固」
「凝固」(4)
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石造りの階段を、エリーが駆け登ったあと……
場面は戻り、真っ暗闇の地下水路。
猛スピードで飛び交う蚊人間の群れの中を、エドは用心深く歩いた。
進路を閉ざす蚊人間の兵士へ、拳の宝石を展開して見せる。おお。蚊人間はおびえたように後退ったではないか。他の虫人も、遠巻きにエドを眺めるだけしかできない。
エドから放たれる不可解な呪力の正体を、蚊人間たちは知っていた。
特別な吸血鬼の魂……宝石の四騎士の核だ。
だがそんな代物を、なぜこんなからくり人形が所持している?
「わかってくれたようだね。ぼくは敵じゃない」
秘宝のきらめきに顔を縁取らせながら、エドは蚊人間の集団へささやいた。
「知ってるよ。きみたちのリーダー、女王様が苦しんでるんだよね。ここを通してくれさえすれば、解決してみせるよ」
奇妙な顫動音を鳴らし合って迷ったのち、蚊人間はためらいがちに道を開けた。
しばらく進むと、水の迷宮はどんどん通路幅と天井を広げていく。
やがて、エドがたどり着いたのは漆黒の大空洞だ。これまでと異なるそこは、ひときわ多くの蚊人間の軍隊に守られている。
その最奥に、エドはちらりと見た。
苦しげに地面にへたり込む輝きを。
それは他の蚊人間とは違う白い……すきとおった羽の生えた可憐な〝少女〟だった。
無論、少女は人間ではない。その額からちょこんと生えた触覚と、星のように美しい複眼が証拠だ。
しかし少女は、うずくまったまま苦しげに呼吸していた。か細い彼女の体にびっしり貼りつくのは、コウモリの形をした七色のアザだ。どう考えてもカレイドのしわざに違いない。吸血王の呪いは、少女を物理的にも魔力的にも真綿で首を絞めるように苛んでいる。
接近するエドに気づき、〝女王〟は顔をあげた。その視線は厭悪にあふれ、また疲労感たっぷりだ。
蝶々の舞い踊るような桃色の声音で、女王は人の言葉を介した。
「……なにものだ?」
丁重に一礼し、エドは名乗った。
「ぼくは凛々橋恵渡。悪い吸血鬼を退治する者さ」
「人間、ではないな。吸血鬼、のにおいもするが違う。わたしに何用か?」
「きみを助けにきた」
「よけいなお世話だ。疾く失せろ。おまえたち、なぜこんな怪しいやからを通した?」
母親に叱られて、蚊人間たちは羽ごとしゅんと落ち込んでいる。
「まあまあ。彼らもなんとか治したいのさ、きみの病を」
あたりをなだめて、エドは続けた。
「わかるよ、女王様。怒ってるんだよね。身も心も、呪力も痛いんだよね」
「さわるな!」
さしのべられたエドの手を、女王はガラス細工のような腕ではじいた。ただやはり、ふたたび力なく地面に膝をついてしまう。生命をむしばむカレイドの呪いに悪戦苦闘しながら、女王はいまいましげに愚痴った。
「きさまらのせいだ。きさまら類人猿の身勝手で、わたしの大切な子どもたちは嫌々戦わされている。あいつが、ホーリーがカレイドをそそのかしてからだ。それまで我々は、争いなど好まず平和に暮らしていたのに」
後頭部をおさえ、エドは悲しげに謝罪した。
「ごめんなさい。でもホーリーは未来からおとずれた敵で、ぼくらは現代で必死にその悪事を食い止めてるんだ。そこのところの区別はわかってくれるよね?」
「そんなことは知っている!」
女王はまた癇癪を起こした。
「わたしの前にも現れたからな、ホーリーは! わが子どもたちの力を、戦争に貸してほしいだと!? ハっ! そんなふざけた直談判は、即座に断ってやったわ! するとこんどはどうだ! かわりにカレイドを動かして、わたしに封印の呪いをかけるときた! くそ、どいつもこいつも!」
腹立ちまぎれに地面を叩く女王を、エドは身振り手振りで心配した。
「どうか落ち着いて。体に障るよ。そっか。思ったとおり封印なんだね、その水晶のアザは。ちょっとぼくに見せてみなよ」
「うるさい! 寄るな!」
「そう言わずに。これでも頑張って勉強したんだよ、いろんな封印の解き方を。きみの呪いを払うから、ちょっとばかり触れさせてもらえないかな?」
「おまえたち!」
女王に指図され、蚊人間たちはエドを羽交い締めにした。力任せに少年を退がらせる。
息も絶え絶えに、女王は言い放った。
「消えろ、機械人間。わたしはこれから自害する」
エドは顔を強張らせた。
「自害? なんで?」
「呪いに束縛されない子どもに、新たな女王の座をたくすためだ。ただし継承までの一定期間、わたしの子どもたちは制御を外れて混乱し、暴走する」
「そんな。それじゃ、なんの関係もない命までもが巻き添えに」
「知ったことか。巻き込まれて、吸血鬼も人間もまとめて滅んでしまえばいい」
拘束されたまま、エドは残念そうに肩を落とした。
「わかった、ぼくの負けだ。もう放していいよ、帰るから。だけど……」
立ちふさがる蚊人間の近衛兵をぬって、エドは女王へ訴えた。
「これだけは知っておいて、女王様。この瞬間にもぼくの恋人は、上の城で命がけで戦っている。カレイドと、その血の呪いに支配された罪なき人々のために。戦争のない未来のために。必死に運命にあらがってるんだ。では、きみたちは? きちんと平和を取り戻すために努力したのかい? 色々とあきらめてないかい?」
「く……」
押し黙ってしまった女王へ、エドは無表情にうなずいた。
「きょうはお目にかかれて光栄だったよ。ところで、ところでさ、女王様?」
気だるげに女王は聞き返した。
「なんだ?」
「さっきからずっと気になってたんだけど。頭に引っかかってるそれ、蜘蛛の巣?」
「え?」
光沢のある自分の髪に、女王はつられて触れた。昆虫の類とはいえ、やはり女性だ。清潔には余念がない。だが、なかなか異物の位置を特定できずに苦労している。
首を振って、エドは女王を指差した。
「ちがうちがう。もっと下。そこ、ちょっと横。ああもう、やきもきする。それを取るのを手伝ってから帰るよ。かまわないね?」
女王は、くやしげに歯噛みした。たしかに一般の蚊人間の手は、こういった細かい作業に向いていない。ましてや身だしなみ用の鏡は、離れた別室にある。
「ふん。わたしに触れる無礼を許してやる。さっさと取れ」
兵士の合間をくぐり抜けると、エドは女王の頬にそっと手をあてた。
あっという間に拳の宝石を展開するや、エドはちいさく舌をだしている。
「ごめんね、うそついて。きみはチリひとつない綺麗なままさ」
「!」
「マタドールシステム・タイプO、基準演算機構を擬人形式から鍵人形式へ変更……解除開始」
女王の細身がほのかに光を放つなり、虹色のアザは粒子と化して蒸散した。
エドの能力によって、カレイドの呪縛は消え去ったのだ。
唐突に呪力や体力が回復したことは、女王の顔色にみなぎった生気を見ればわかる。水晶コウモリの失せた手足をあぜんと確認する女王へ、エドはささやかにピースサインしてみせた。
「僭越ながら、邪悪なカレイドの封印は解かせてもらったよ」
やや照れたような、うらめしいような表情で女王はエドを睨みつけた。
「だましたな……」
「かさねがさね、ごめんなさい」
「しかし呪いが解けようが依然、おまえらはわたしの敵だ。わたしたちは、やられた仕打ちを決して忘れない」
軽く両手を天井へ向け、エドは肩をすくめた。
「そうだね。憎しみを消すまでの力はぼくにもないよ。でもさ。そろそろ呼び戻したほうがいいんじゃないの、城でむりやり働かされてるお子さんたち?」
女王は、思わせぶりな微苦笑を浮かべた。
「わたしたちは、受けた恩も忘れない」
ひとつ咳払いし、女王は大きく息を吸い込んだ。人間だったときの癖が抜けきらず、エドは反射的に指で両耳に栓をしている。
「帰ってこい! わたしのかわいい子どもたち!」
女王の金切り声は、地下世界から吸血城まで大きく駆け抜けた。
場面は戻り、真っ暗闇の地下水路。
猛スピードで飛び交う蚊人間の群れの中を、エドは用心深く歩いた。
進路を閉ざす蚊人間の兵士へ、拳の宝石を展開して見せる。おお。蚊人間はおびえたように後退ったではないか。他の虫人も、遠巻きにエドを眺めるだけしかできない。
エドから放たれる不可解な呪力の正体を、蚊人間たちは知っていた。
特別な吸血鬼の魂……宝石の四騎士の核だ。
だがそんな代物を、なぜこんなからくり人形が所持している?
「わかってくれたようだね。ぼくは敵じゃない」
秘宝のきらめきに顔を縁取らせながら、エドは蚊人間の集団へささやいた。
「知ってるよ。きみたちのリーダー、女王様が苦しんでるんだよね。ここを通してくれさえすれば、解決してみせるよ」
奇妙な顫動音を鳴らし合って迷ったのち、蚊人間はためらいがちに道を開けた。
しばらく進むと、水の迷宮はどんどん通路幅と天井を広げていく。
やがて、エドがたどり着いたのは漆黒の大空洞だ。これまでと異なるそこは、ひときわ多くの蚊人間の軍隊に守られている。
その最奥に、エドはちらりと見た。
苦しげに地面にへたり込む輝きを。
それは他の蚊人間とは違う白い……すきとおった羽の生えた可憐な〝少女〟だった。
無論、少女は人間ではない。その額からちょこんと生えた触覚と、星のように美しい複眼が証拠だ。
しかし少女は、うずくまったまま苦しげに呼吸していた。か細い彼女の体にびっしり貼りつくのは、コウモリの形をした七色のアザだ。どう考えてもカレイドのしわざに違いない。吸血王の呪いは、少女を物理的にも魔力的にも真綿で首を絞めるように苛んでいる。
接近するエドに気づき、〝女王〟は顔をあげた。その視線は厭悪にあふれ、また疲労感たっぷりだ。
蝶々の舞い踊るような桃色の声音で、女王は人の言葉を介した。
「……なにものだ?」
丁重に一礼し、エドは名乗った。
「ぼくは凛々橋恵渡。悪い吸血鬼を退治する者さ」
「人間、ではないな。吸血鬼、のにおいもするが違う。わたしに何用か?」
「きみを助けにきた」
「よけいなお世話だ。疾く失せろ。おまえたち、なぜこんな怪しいやからを通した?」
母親に叱られて、蚊人間たちは羽ごとしゅんと落ち込んでいる。
「まあまあ。彼らもなんとか治したいのさ、きみの病を」
あたりをなだめて、エドは続けた。
「わかるよ、女王様。怒ってるんだよね。身も心も、呪力も痛いんだよね」
「さわるな!」
さしのべられたエドの手を、女王はガラス細工のような腕ではじいた。ただやはり、ふたたび力なく地面に膝をついてしまう。生命をむしばむカレイドの呪いに悪戦苦闘しながら、女王はいまいましげに愚痴った。
「きさまらのせいだ。きさまら類人猿の身勝手で、わたしの大切な子どもたちは嫌々戦わされている。あいつが、ホーリーがカレイドをそそのかしてからだ。それまで我々は、争いなど好まず平和に暮らしていたのに」
後頭部をおさえ、エドは悲しげに謝罪した。
「ごめんなさい。でもホーリーは未来からおとずれた敵で、ぼくらは現代で必死にその悪事を食い止めてるんだ。そこのところの区別はわかってくれるよね?」
「そんなことは知っている!」
女王はまた癇癪を起こした。
「わたしの前にも現れたからな、ホーリーは! わが子どもたちの力を、戦争に貸してほしいだと!? ハっ! そんなふざけた直談判は、即座に断ってやったわ! するとこんどはどうだ! かわりにカレイドを動かして、わたしに封印の呪いをかけるときた! くそ、どいつもこいつも!」
腹立ちまぎれに地面を叩く女王を、エドは身振り手振りで心配した。
「どうか落ち着いて。体に障るよ。そっか。思ったとおり封印なんだね、その水晶のアザは。ちょっとぼくに見せてみなよ」
「うるさい! 寄るな!」
「そう言わずに。これでも頑張って勉強したんだよ、いろんな封印の解き方を。きみの呪いを払うから、ちょっとばかり触れさせてもらえないかな?」
「おまえたち!」
女王に指図され、蚊人間たちはエドを羽交い締めにした。力任せに少年を退がらせる。
息も絶え絶えに、女王は言い放った。
「消えろ、機械人間。わたしはこれから自害する」
エドは顔を強張らせた。
「自害? なんで?」
「呪いに束縛されない子どもに、新たな女王の座をたくすためだ。ただし継承までの一定期間、わたしの子どもたちは制御を外れて混乱し、暴走する」
「そんな。それじゃ、なんの関係もない命までもが巻き添えに」
「知ったことか。巻き込まれて、吸血鬼も人間もまとめて滅んでしまえばいい」
拘束されたまま、エドは残念そうに肩を落とした。
「わかった、ぼくの負けだ。もう放していいよ、帰るから。だけど……」
立ちふさがる蚊人間の近衛兵をぬって、エドは女王へ訴えた。
「これだけは知っておいて、女王様。この瞬間にもぼくの恋人は、上の城で命がけで戦っている。カレイドと、その血の呪いに支配された罪なき人々のために。戦争のない未来のために。必死に運命にあらがってるんだ。では、きみたちは? きちんと平和を取り戻すために努力したのかい? 色々とあきらめてないかい?」
「く……」
押し黙ってしまった女王へ、エドは無表情にうなずいた。
「きょうはお目にかかれて光栄だったよ。ところで、ところでさ、女王様?」
気だるげに女王は聞き返した。
「なんだ?」
「さっきからずっと気になってたんだけど。頭に引っかかってるそれ、蜘蛛の巣?」
「え?」
光沢のある自分の髪に、女王はつられて触れた。昆虫の類とはいえ、やはり女性だ。清潔には余念がない。だが、なかなか異物の位置を特定できずに苦労している。
首を振って、エドは女王を指差した。
「ちがうちがう。もっと下。そこ、ちょっと横。ああもう、やきもきする。それを取るのを手伝ってから帰るよ。かまわないね?」
女王は、くやしげに歯噛みした。たしかに一般の蚊人間の手は、こういった細かい作業に向いていない。ましてや身だしなみ用の鏡は、離れた別室にある。
「ふん。わたしに触れる無礼を許してやる。さっさと取れ」
兵士の合間をくぐり抜けると、エドは女王の頬にそっと手をあてた。
あっという間に拳の宝石を展開するや、エドはちいさく舌をだしている。
「ごめんね、うそついて。きみはチリひとつない綺麗なままさ」
「!」
「マタドールシステム・タイプO、基準演算機構を擬人形式から鍵人形式へ変更……解除開始」
女王の細身がほのかに光を放つなり、虹色のアザは粒子と化して蒸散した。
エドの能力によって、カレイドの呪縛は消え去ったのだ。
唐突に呪力や体力が回復したことは、女王の顔色にみなぎった生気を見ればわかる。水晶コウモリの失せた手足をあぜんと確認する女王へ、エドはささやかにピースサインしてみせた。
「僭越ながら、邪悪なカレイドの封印は解かせてもらったよ」
やや照れたような、うらめしいような表情で女王はエドを睨みつけた。
「だましたな……」
「かさねがさね、ごめんなさい」
「しかし呪いが解けようが依然、おまえらはわたしの敵だ。わたしたちは、やられた仕打ちを決して忘れない」
軽く両手を天井へ向け、エドは肩をすくめた。
「そうだね。憎しみを消すまでの力はぼくにもないよ。でもさ。そろそろ呼び戻したほうがいいんじゃないの、城でむりやり働かされてるお子さんたち?」
女王は、思わせぶりな微苦笑を浮かべた。
「わたしたちは、受けた恩も忘れない」
ひとつ咳払いし、女王は大きく息を吸い込んだ。人間だったときの癖が抜けきらず、エドは反射的に指で両耳に栓をしている。
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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