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第四話「凝固」
「凝固」(5)
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王室まで女王の勅令は届き、変化はたちどころに起こった。
絨毯の床に縛ったエリーから、蚊人間たちがさっと飛び離れたではないか。
「まずい!」
顔を引きつらせたのはカレイドだった。あわてて腕を振り払い、鋭利な水晶コウモリの群れを発射する。
「〝血呼返〟!」
「遅い! 血晶呪〝血速〟!」
虹色の刃が雨あられと切り裂いた場所に、エリーの姿はすでにない。
熱血の加速……文字どおりエリーがおのれの鼓動と血流を呪力で爆発的に高め、わずか数秒間だけ超人じみた反射神経を獲得する奥の手だ。ただしその反動は逆吸血鬼の血管すら破裂させ、内臓や筋肉等にかかる絶大な負担も時間切れ後の生命を危険にさらす。
ここまでしないとカレイドを倒すことはできない。この一撃にすべてを賭ける。
飛燕を思わせる跳躍で攻撃を回避したエリーは、さらに側壁を蹴ってカレイドへ襲いかかっていた。その影を追う沸騰した血煙、脳細胞の灼ききれる激痛。素早く変形したタイプ02と、眼帯の下からしぶいた血潮がエリーの右足に集束する。
瞬時にエリーの片足がまとったのは、燃えるような赤い長靴だ。
すさまじいエリーの飛び蹴りを、爪先の02から後炎のごとく吐かれる鮮血がなおも後押しした。それを食い止めるべくカレイドから迸った七色の呪力は、続けざまにエリーの体をかすめて深い裂傷を刻んでいる。
ひとすじの真紅の彗星と化し、エリーは壮絶な叫びを放った。
「血晶呪・一点集中! 〝血蹴〟ッッ!!」
全血液を総動員した渾身の蹴撃は、カレイドを貫くと同時にその血を一滴残らず吸い尽くし、勢いよく後方へ抜けた。着地したエリーの足場をこすって長々と急ブレーキの火花をあげたのは、02のとがった高踵だ。
沈黙……
なにげなく、カレイドは自分の手をながめた。滅びのときを迎えた彼の指先は、赤熱する灰と化して末端から徐々に散っていく。
「……そりゃそうだよね。結局のところ私たちは、人間の血がないと生きていけない。人類がいなくなれば、将棋倒しに吸血鬼の未来も終わる。最初からずっと、私は知ってて知らないフリをしてたのさ。ホーリーの戦争はやっぱり、ありとあらゆる命の芽を摘み取るつもりだ」
みぞおちに大穴をあけたまま、カレイドは儚げにエリーへ笑いかけた。
「運命はきみに託したよ、逆吸血鬼。私に代わって、どうかホーリーを……」
中身の消滅したシャツとスラックスだけが、むなしく夜風に舞った。
同時に、卒倒したアエネと、とらわれのハオンから、吸血鬼の咬傷は魔法のように消え去っている。いまごろは現実世界の組織の秘密基地等でも、呪いの被害者たちに同じ解毒はもたらされているはずだ。
活動の限界に達し、エリーは貧血気味にその場へひざまずいた。
「うぬもうぬなりに世界を気遣っておったのじゃな、カレイド。そして吸血鬼の残り時間を少しでも先延ばしせんがために、しかたなく悪魔のささやきに従った……たしかに引き受けたぞ、その本音に秘められた願い」
さびしそうに漂ってきた水晶コウモリの一羽を、エリーはやわらかく受け止めた。つぎに手を開いたときには、吸血王の呪力の残滓は夢のように消えている。
満身創痍のエリーの眼帯から、真っ赤な涙がつと頬に糸を引いた。
「さきに地獄の血の池に浸かって休んでおれ。一番湯はうぬに譲ろう」
ラベンダー色の朝焼けは、吸血城を逆光に染めつつあった。
絨毯の床に縛ったエリーから、蚊人間たちがさっと飛び離れたではないか。
「まずい!」
顔を引きつらせたのはカレイドだった。あわてて腕を振り払い、鋭利な水晶コウモリの群れを発射する。
「〝血呼返〟!」
「遅い! 血晶呪〝血速〟!」
虹色の刃が雨あられと切り裂いた場所に、エリーの姿はすでにない。
熱血の加速……文字どおりエリーがおのれの鼓動と血流を呪力で爆発的に高め、わずか数秒間だけ超人じみた反射神経を獲得する奥の手だ。ただしその反動は逆吸血鬼の血管すら破裂させ、内臓や筋肉等にかかる絶大な負担も時間切れ後の生命を危険にさらす。
ここまでしないとカレイドを倒すことはできない。この一撃にすべてを賭ける。
飛燕を思わせる跳躍で攻撃を回避したエリーは、さらに側壁を蹴ってカレイドへ襲いかかっていた。その影を追う沸騰した血煙、脳細胞の灼ききれる激痛。素早く変形したタイプ02と、眼帯の下からしぶいた血潮がエリーの右足に集束する。
瞬時にエリーの片足がまとったのは、燃えるような赤い長靴だ。
すさまじいエリーの飛び蹴りを、爪先の02から後炎のごとく吐かれる鮮血がなおも後押しした。それを食い止めるべくカレイドから迸った七色の呪力は、続けざまにエリーの体をかすめて深い裂傷を刻んでいる。
ひとすじの真紅の彗星と化し、エリーは壮絶な叫びを放った。
「血晶呪・一点集中! 〝血蹴〟ッッ!!」
全血液を総動員した渾身の蹴撃は、カレイドを貫くと同時にその血を一滴残らず吸い尽くし、勢いよく後方へ抜けた。着地したエリーの足場をこすって長々と急ブレーキの火花をあげたのは、02のとがった高踵だ。
沈黙……
なにげなく、カレイドは自分の手をながめた。滅びのときを迎えた彼の指先は、赤熱する灰と化して末端から徐々に散っていく。
「……そりゃそうだよね。結局のところ私たちは、人間の血がないと生きていけない。人類がいなくなれば、将棋倒しに吸血鬼の未来も終わる。最初からずっと、私は知ってて知らないフリをしてたのさ。ホーリーの戦争はやっぱり、ありとあらゆる命の芽を摘み取るつもりだ」
みぞおちに大穴をあけたまま、カレイドは儚げにエリーへ笑いかけた。
「運命はきみに託したよ、逆吸血鬼。私に代わって、どうかホーリーを……」
中身の消滅したシャツとスラックスだけが、むなしく夜風に舞った。
同時に、卒倒したアエネと、とらわれのハオンから、吸血鬼の咬傷は魔法のように消え去っている。いまごろは現実世界の組織の秘密基地等でも、呪いの被害者たちに同じ解毒はもたらされているはずだ。
活動の限界に達し、エリーは貧血気味にその場へひざまずいた。
「うぬもうぬなりに世界を気遣っておったのじゃな、カレイド。そして吸血鬼の残り時間を少しでも先延ばしせんがために、しかたなく悪魔のささやきに従った……たしかに引き受けたぞ、その本音に秘められた願い」
さびしそうに漂ってきた水晶コウモリの一羽を、エリーはやわらかく受け止めた。つぎに手を開いたときには、吸血王の呪力の残滓は夢のように消えている。
満身創痍のエリーの眼帯から、真っ赤な涙がつと頬に糸を引いた。
「さきに地獄の血の池に浸かって休んでおれ。一番湯はうぬに譲ろう」
ラベンダー色の朝焼けは、吸血城を逆光に染めつつあった。
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