捨てられ勇者は深淵より微笑む ――知略と復讐の異世界契約録

うなぎ

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「深淵に棲む声」

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石畳の上で膝を抱えていた智也の胃が、音を立てて鳴いた。

日が沈むと、サリオス王国の下町〈エルメス街区〉は、まるで別世界のように冷え込む。かつて英雄が歩いたというその名も、今では貧民と流れ者が蠢く裏路地の象徴となっていた。

(くそ……腹減った……。追放された“勇者”って、こんなもんなのかよ……)

ふらふらと歩いていた彼の目の前で、突然一つの木扉が音を立てて開いた。

「おや、随分と死にそうな顔をしてるじゃないかねぇ」

しゃがれた声に振り向くと、そこには黒ずんだローブを着た老婆が立っていた。白濁した瞳が、じっと智也を見据える。

「……誰?」

「ただの廃品回収屋さ。だが……見えるんだよ、あんたには“何か”がある」

老婆は智也の右手を取り、ぼろ布の中から小さな水晶球を取り出した。淡く光るそれが、まるで智也に反応するかのように震えた。

「……!?」

「やっぱりだ。あんた、“深淵”の印を持ってるねぇ……普通の鑑定じゃ、見えないものだよ」

智也は目を見開いた。先日、王城で“何もない”と断言された自分の中に、何かがあるというのか。

「教えてやろうか。“深淵の契約”ってやつを」

「深淵……?」

「この世界の底に潜む、禁忌の力さ。神にも等しい力を宿すが、代償もそれ相応。持ち主の感情に呼応して、形を変える呪いの契約」

「……そんなもん、どうして俺が……」

老婆はにやりと笑う。

「あんた、思ったろ。“見返してやりたい”って。“ざまぁみろ”って。そういう怒りや憎しみこそが、その契約を目覚めさせる燃料さ」

「……どうすれば、使える?」

智也の声は静かだった。

「“考える”ことだよ。魔法も剣もいらない。お前さんの武器は頭だ。下手に力を振りかざせば、すぐ破滅する。だけど“どう使うか”を見極めれば、この国を壊すこともできる」

(知略……情報……手駒……)

智也の目が鋭く細まる。

「俺にできるのか……?」

「やれるさ。……いや、やるしかないんだろう?」

老婆は薄笑いを浮かべて、智也にボロ布の小包を渡した。

「まずはこれを持っていきな。中には“始まりの道具”がある。考え方次第で毒にも薬にもなる。さぁ……どう使う?」

包みの中には――小さな黒い指輪と、焼け焦げた羊皮紙の断片。それだけだった。

「……何これ?」

「知恵と呪いの試練だよ。“使えない”と見捨てられた者が、どう世界を壊していくか。あんたなら、見せてくれるだろ?」

* * *

夜が更け、智也は安宿の片隅で黒い指輪を指に嵌めた。冷たい感触のあと、脳内に言葉が流れ込んでくる。

『深淵の契約:状態・未開放』
『現在契約階層:第一階 影の観察者』
『能力:対象の“行動”を記録・解析する権限を取得しました』

智也は呆然と、天井を見上げた。

(……これは)

(監視と解析……使い方によっては、誰が嘘を吐いているかも、誰が裏切り者かも見抜ける……)

その時、ふと脳裏に浮かんだのは――あの玉座で、笑っていた王子の顔だった。

「まずは“情報”だ。城の裏を探る手を打とう……見てろよ、王子様。あんたの足元から、全部崩してやる」

この夜、“知恵を武器にする復讐者”が、最初の一歩を踏み出した。
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