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其の七
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夜叉王が金色の龍の夢を見、政子が父の許しも得ず流人の頼朝のもとに走ったあの夜から数えて約三年ののちの、治承四(1180)年八月。
源頼朝は「平氏追討」を命じた以仁王の令旨を受け、三島大社の祭礼に浮き足立つ人々に紛れるように、舅の北条時政以下数十騎を遣わし、韮山の平家目代山木判官兼隆を討ち取った。
その後、相模の石橋山にて平家方の大軍と対峙し、惨敗した。
頼みにしていた三浦の援軍は、丸子川の増水に足止めを食らった後、由比ヶ浜で敵方に捕まったため、頼朝のもとには来られなかったのである。
北条宗時は、伊豆の早河で、実の祖父伊東祐親の軍勢と相対し、討ち死にした。
総大将の頼朝、安達盛長、北条時政と義時父子など、主だった者は行方知れずとなり、伊豆山権現に匿われた、幼い娘(大姫)を連れた政子、弟妹を守る定子の間に「最早これまで」という覚悟と諦めが漂い始めたころ
「兵衛佐殿(頼朝)、お館さま(時政)、小四郎殿(義時)、安房にてご無事」
の朗報が、石橋山以来、時政たちと行を共にしていた小弥太よりもたらされた。
完膚なきまでに打ちのめされた石橋山の戦いは、それでも、平家への宣戦布告となり、東国中の武士に大きな印象を与えた。
共に挙兵した相模の土肥実平、由比ヶ浜の戦いから何とか逃げおおせた三浦義澄だけではなく、潜伏先の安房の上総、千葉、安西などの豪族などが加わり、源氏の白旗を掲げた頼朝軍に参じる兵の数は日に日に膨らみ続け、平家目代や平家方の豪族を討ち果たしながら、あの惨めな敗北から二月足らずのうちに、かつて頼朝が夢物語のように語っていたとおり、鎌倉にたどり着いていた。
鎌倉入りの先陣の武将は畠山重忠。
鮮やかな赤糸縅(おどし)の大鎧に身を包んだ、十七歳の若武者である。
由比ヶ浜の戦いでは、大番役で留守の父に代わって平家方として出陣、三浦の軍勢を敗走させ、三浦の本拠地衣笠城を攻め滅ぼし、かの三浦義明を自害に追いやった張本人だ。
頼朝の鎌倉入りのわずか数日前に、一族郎党と共に源氏軍に帰伏、許されたうえでの大抜擢であった。
その際彼は、先祖が八幡太郎義家から賜ったとされる白旗を持参して、その堂々とした若武者ぶりもあいまって、大いに頼朝の気に入ったのだという。
この重忠を始め、次々と頼朝のもとに帰伏した武士たちは、一様に「源家累代の家人」を名乗ってはいたが、北条、土肥と三浦などごくわずかな者を除いては、世の中の様子をうかがい、どちらにつくか決めたに過ぎない。
後の世に、この戦(いくさ)の勝因として、源頼朝という人物の力量や、北条時政、義時親子の権謀術数などが挙げられることがあるが、この時代、戦の勝敗を分ける大きな原因は「流れ」である。
世の中の変化を欲していたこの国の流れに導かれた、と言ってもいいかも知れない。
この時点で、長年、伊豆の片隅で蟄居していた頼朝や、小豪族の時政の力など、勝敗を分ける条件としては、きわめて弱い。
ましてや初陣を迎えたばかりの少年義時の力など、あってないようなものである。
その五日後。
政子、大姫らとともに、夜叉王姉妹、弟の五郎も鎌倉に着いた。
「よう無事だった。よかった。よかった」
涙を流さんばかりに喜び、平素、喜怒哀楽の表情に乏しい義時まで、みなの顔を見て安堵したように笑っていた。
しかし、その中に、やはり宗時の姿がないのを見た五郎が
「大兄上に会いたい」
と言って声を上げて泣き出した。
つられて文殊が泣き出し、定子と玉虫も、流れる涙を小袖の袂で拭いながら、嗚咽を漏らしている。
政子はじっと何かに耐えるように、大姫の手を握って立っていた。
(ほんとうに、大兄上はもう、どこにもいないのだ)
姉と弟の姿を眺めながら、夜叉王はぼんやりと、なぜだろうと考えた。
「佐殿も、佐殿も、小四郎兄上も、小弥太もみんな無事なのに、なぜ大兄上だけ亡くなったのですか」
みながはっとして、一斉に夜叉王を見た。
頼朝と時政は、困惑して顔を見合わせている。
「兄上は、このような敗け戦では妹弟(いもうとおとうと)が心配だ、捨て置けぬと、伊豆山に向かったのです…万が一の時は、お前が嫡男として父を援け、家を背負うのだと…」
しばらくして口を開いた、義時の、少年らしい甲高さを残しているその声は、震えていた。
(大兄上は、わたしたちのことなど捨て置いて、父上や小四郎兄上と一緒に逃げてしまえばよかったのだ)
宗時が討たれたという早河のあたりは、夜叉王もよく知っている場所だ。
兄が死んだという日は、前日の嵐ほどではないにしろ、雨が降り続いていた。
自分たちのために、わずか数騎で引き返してきたらしい宗時たちの、馬のすすむ道はぬかるみ、弓や太刀を持つ手は雨で滑り、まともに戦うことなどできなかったかも知れない。
食べる物はあったのだろうか。
空腹で疲れ果てた挙句、祖父の軍勢の、何某とかいう武士に討たれたのかも知れない。
(大兄上さま、苦しかったかしらん、痛かったかしらん)
宗時は、夜叉王たちの前ではいつも笑っていて、断末魔の死に顔など、想像もできない。
祖父の祐親も、夜叉王たちにはいつも優しかった。
でも、今は兄を殺した憎い仇なのだ。
でも、どうだろう。
兄が殺されなければ、兄は祖父を殺していただろうか。
考えただけで、頭がおかしくなりそうだ。
(みんな、なんのためにいくさなどしているのだろう)
いつしか、夜叉王の頬はとめどなく溢れる涙で濡れていた。
悲しかったわけではない。
今までそこにあったものが、あたかも当然のように、踏みにじられていることへの怒りの涙だった。
源頼朝は「平氏追討」を命じた以仁王の令旨を受け、三島大社の祭礼に浮き足立つ人々に紛れるように、舅の北条時政以下数十騎を遣わし、韮山の平家目代山木判官兼隆を討ち取った。
その後、相模の石橋山にて平家方の大軍と対峙し、惨敗した。
頼みにしていた三浦の援軍は、丸子川の増水に足止めを食らった後、由比ヶ浜で敵方に捕まったため、頼朝のもとには来られなかったのである。
北条宗時は、伊豆の早河で、実の祖父伊東祐親の軍勢と相対し、討ち死にした。
総大将の頼朝、安達盛長、北条時政と義時父子など、主だった者は行方知れずとなり、伊豆山権現に匿われた、幼い娘(大姫)を連れた政子、弟妹を守る定子の間に「最早これまで」という覚悟と諦めが漂い始めたころ
「兵衛佐殿(頼朝)、お館さま(時政)、小四郎殿(義時)、安房にてご無事」
の朗報が、石橋山以来、時政たちと行を共にしていた小弥太よりもたらされた。
完膚なきまでに打ちのめされた石橋山の戦いは、それでも、平家への宣戦布告となり、東国中の武士に大きな印象を与えた。
共に挙兵した相模の土肥実平、由比ヶ浜の戦いから何とか逃げおおせた三浦義澄だけではなく、潜伏先の安房の上総、千葉、安西などの豪族などが加わり、源氏の白旗を掲げた頼朝軍に参じる兵の数は日に日に膨らみ続け、平家目代や平家方の豪族を討ち果たしながら、あの惨めな敗北から二月足らずのうちに、かつて頼朝が夢物語のように語っていたとおり、鎌倉にたどり着いていた。
鎌倉入りの先陣の武将は畠山重忠。
鮮やかな赤糸縅(おどし)の大鎧に身を包んだ、十七歳の若武者である。
由比ヶ浜の戦いでは、大番役で留守の父に代わって平家方として出陣、三浦の軍勢を敗走させ、三浦の本拠地衣笠城を攻め滅ぼし、かの三浦義明を自害に追いやった張本人だ。
頼朝の鎌倉入りのわずか数日前に、一族郎党と共に源氏軍に帰伏、許されたうえでの大抜擢であった。
その際彼は、先祖が八幡太郎義家から賜ったとされる白旗を持参して、その堂々とした若武者ぶりもあいまって、大いに頼朝の気に入ったのだという。
この重忠を始め、次々と頼朝のもとに帰伏した武士たちは、一様に「源家累代の家人」を名乗ってはいたが、北条、土肥と三浦などごくわずかな者を除いては、世の中の様子をうかがい、どちらにつくか決めたに過ぎない。
後の世に、この戦(いくさ)の勝因として、源頼朝という人物の力量や、北条時政、義時親子の権謀術数などが挙げられることがあるが、この時代、戦の勝敗を分ける大きな原因は「流れ」である。
世の中の変化を欲していたこの国の流れに導かれた、と言ってもいいかも知れない。
この時点で、長年、伊豆の片隅で蟄居していた頼朝や、小豪族の時政の力など、勝敗を分ける条件としては、きわめて弱い。
ましてや初陣を迎えたばかりの少年義時の力など、あってないようなものである。
その五日後。
政子、大姫らとともに、夜叉王姉妹、弟の五郎も鎌倉に着いた。
「よう無事だった。よかった。よかった」
涙を流さんばかりに喜び、平素、喜怒哀楽の表情に乏しい義時まで、みなの顔を見て安堵したように笑っていた。
しかし、その中に、やはり宗時の姿がないのを見た五郎が
「大兄上に会いたい」
と言って声を上げて泣き出した。
つられて文殊が泣き出し、定子と玉虫も、流れる涙を小袖の袂で拭いながら、嗚咽を漏らしている。
政子はじっと何かに耐えるように、大姫の手を握って立っていた。
(ほんとうに、大兄上はもう、どこにもいないのだ)
姉と弟の姿を眺めながら、夜叉王はぼんやりと、なぜだろうと考えた。
「佐殿も、佐殿も、小四郎兄上も、小弥太もみんな無事なのに、なぜ大兄上だけ亡くなったのですか」
みながはっとして、一斉に夜叉王を見た。
頼朝と時政は、困惑して顔を見合わせている。
「兄上は、このような敗け戦では妹弟(いもうとおとうと)が心配だ、捨て置けぬと、伊豆山に向かったのです…万が一の時は、お前が嫡男として父を援け、家を背負うのだと…」
しばらくして口を開いた、義時の、少年らしい甲高さを残しているその声は、震えていた。
(大兄上は、わたしたちのことなど捨て置いて、父上や小四郎兄上と一緒に逃げてしまえばよかったのだ)
宗時が討たれたという早河のあたりは、夜叉王もよく知っている場所だ。
兄が死んだという日は、前日の嵐ほどではないにしろ、雨が降り続いていた。
自分たちのために、わずか数騎で引き返してきたらしい宗時たちの、馬のすすむ道はぬかるみ、弓や太刀を持つ手は雨で滑り、まともに戦うことなどできなかったかも知れない。
食べる物はあったのだろうか。
空腹で疲れ果てた挙句、祖父の軍勢の、何某とかいう武士に討たれたのかも知れない。
(大兄上さま、苦しかったかしらん、痛かったかしらん)
宗時は、夜叉王たちの前ではいつも笑っていて、断末魔の死に顔など、想像もできない。
祖父の祐親も、夜叉王たちにはいつも優しかった。
でも、今は兄を殺した憎い仇なのだ。
でも、どうだろう。
兄が殺されなければ、兄は祖父を殺していただろうか。
考えただけで、頭がおかしくなりそうだ。
(みんな、なんのためにいくさなどしているのだろう)
いつしか、夜叉王の頬はとめどなく溢れる涙で濡れていた。
悲しかったわけではない。
今までそこにあったものが、あたかも当然のように、踏みにじられていることへの怒りの涙だった。
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