夢占

水無月麻葉

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其の十

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 幼い頃に見たあの龍の夢のことを、いつしか聡子は、すっかり忘れていた。
 だが、ある日、夫の直垂を仕立てるため取り寄せた、金の箔押しを施した紺地の唐綾を眺めていたその時、急にあの、どこかに落とされていくような感覚が蘇った。
 そして、闇の中で目の合った少年の顔が、目の前の重忠そっくりだったことに、気づいてしまったのである。
 聡子の生んだ重忠の息子の六郎もまた、日に日に夫と瓜二つの顔になってきている。
 (ああ…あそこにあった顔たちは、やはりそういうことだったのだ…)
 宗時だけではない。
 伊東の祖父も、一万も筥王も、合戦と政争の中で命を落としていた。

 いつの間にか、聡子は静かに涙を流していた。
 「どうした、どこか痛むのか?」
 重忠が、気遣わしげに顔をのぞきこんでいる。
 「いいえ、ただ思い出しただけです」
 聡子は、前栽の陰で猫と戯れている六郎を眺めながら言葉を続けた。
 「私、ずっと以前に、あなたとあの子に会ったことがあるのです」
 「何を言っているのだ?」
 「…ずっと昔の話…童の頃に見た、戯れのような夢の話ですわ」
 たとえあの不思議な夢が、この世での運命(さだめ)を自分に知らせたものであったとしてもと、考える。
 (それでも、わたしはこの人とあの子を守るために生きていくのだ)
 聡子は、怪訝そうな表情の夫に体を預けて目を閉じた。
 嗅ぎ慣れた、沈香に馬と藁の混ざった匂いが鼻をかすめる。
 眼裏には、あの夢の中で見た、深い藍と輝く金の色彩が、鮮やかに広がっていた。

  元久二(1205)年、六月二十二日。
「異変あり。至急参上されたし」との報を受け、鎌倉に向かっていた畠山重忠は、なぜか謀反の疑いをかけられ、武蔵国の二俣川にて、北条義時を大将軍とする数万騎の大軍と対峙して、討死した。
 戦時は、常に五百騎以上は率いていたと言われる「謀反人」重忠の当時の手勢は、わずか百三十余騎。
 主従はすぐに合戦がはじまるとは考えていなかったらしく、甲冑すら着けていない状態だったという。
 彼が愛してやまなかったという嫡子、六郎重保は、先んじて鎌倉の由比ヶ浜で斬殺されていた。
 
 重忠の妻であった北条時政の娘は、自害したとも、再嫁して夫の名跡を継いだとも言われている。
 そもそも名前すら伝えられていない、この運命に翻弄された女人(にょにん)について、正確に記されたものは、ほとんど残っていない。
 ただ忘れ去られてしまったのか、それとも秘すべき理由があったのか。
 それすら、私たちには知る術もないのである。

 この後も北条家は、他の有力な武士たちを次々と粛清し、彼らの血肉を摂り入れるように、大きくなっていった。
 そして奇しくも、時政から数えて七代目の子孫に当たる高時の代に至るまで、この国の政を動かす第一の家として、あの三鱗の紋を燦然と輝かせたのである。
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