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第17話

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 その日の夜──。
 たった数日一緒に夕食をとらなかっただけなのに、何だかとても久しぶりに感じてしまった二人。

 ジュリアが公爵家で暮らし始めてもうすぐ半年になろうとしている。
 お飾りの妻になるつもりでこの屋敷にやって来たジュリアが、まるでそこにたどり着くためだったと……すべてが必然だったのだと思えるほどに、自然とウィリアムに心惹かれ恋をした。

 きっと、彼女が抱えてしまった前世の記憶のせいだけではなかったのだろう。
 お互い愛を伝え合いながらもどこか手探りで、距離を測りながら側にいた時間。
 二人はもどかしさと心地よさ。幸せと苦しさのはざまを足元が覚束ないまま進んでいるようだった。


 やっとそれぞれが思いきって距離を詰め、地に足がついた今、ジュリアとウィリアムの間には誰にも邪魔出来ない甘さが満ちて、しっかりと想いと想いが結ばれていた……。



「ねぇ、ジュリー?食事の後だけど、もう少しだけ付き合ってくれない?」
「ええ、もちろん。それはさっきとは違うワインなの?」
「そう。これも白ワインなんだけどね、ディナーの時の物より甘めですごく軽いんだ。あまり酒を飲まないジュリーでも飲みやすいと思うよ。」


 ダイニングを出て居間パーラーのカウチに落ち着いた二人は、珍しく一緒にグラスを傾けている。


「ん、本当ね。すごく飲みやすい。」
「気に入った?」
「ええ。」
「ノエルが薦めてくれたんだ。流石タイタス商会にいただけあって、情報量がすごいね、彼は。」


 今はレジーもメアリも下がっていて二人きり。
 グラスをテーブルに置きゆったりと自分の肩口に頭を預けてくれたジュリアの髪にキスを落として、ウィリアムは力を抜くように軽く嘆息してからまた話し始めた。


「実は、昨日、ノエルにまで声を荒げてしまったんだ……。」
「えっ?彼が何か……?」
「いや、ノエルは倒れたジュリアを部屋まで連れてきてくれただけなんだけどね……私以外の男がジュリーを抱いていると思ったら、カッとしてしまって……。」
「……………。」
「ジュリア?もしかして、引いた?」


 無言になったジュリアが気になり、彼が背もたれから体を離して顔を覗き込むと、そこにはあからさまに照れて頬を染める彼女がいた。


「ジュリア?ほっぺが赤いよ?」
「……こ、これは、ちょっと酔ったから……。」
「そう?」


 ウィリアムに指摘され慌てて否定したものの、語尾を上げた彼の再度の問いに、彼女は観念して上目遣いでエバーグリーンの優しい瞳を見つめる。


「……正直に言うとね……、ビル、私、今嬉しいって思っちゃったの。これ、普通は引くところよね?違う?」
「さぁ、どうなのかな?」
「だって、だって……ビルが嫉妬してくれて嬉しいなんて……。私が……。」
「それは、ジュリーは私が大好きだってことだよね?」
「っ、もうっ、絶対からかってる!」


 自分の言葉に被せて図星な心の内を言い当てられ、ジュリアは彼の胸をポカポカと叩いた。


「ハハハッ、なんで怒るの?私は当たり前の事実を言っただけだよ?」


 ジュリアの華奢な手首を取って引き寄せ、腕の中に捕まえたウィリアムは満足げにこめかみへと口づける。
 その甘やかしすら不満なようでちょっぴり頬を膨らませた様子を見て、彼女の中の幼さを自分の前でもさらけ出してくれたことに堪らなくなり、ウィリアムは柔く一度唇を喰んでから、溶かすようにキスを深めた。
 ワインの香りが残るキスに酔いしれて、ジュリアは逞しい背中へと腕をまわす。それは彼がたった一人の愛するひとなのだと懸命に伝えているようだった。


「キス、上手になったね。」
「………うん。」
「あぁ……黙って君の側から離れるなんて選択をしなくて、本当によかった……。」
「そうよ……。もし今朝話をしないままでいて、貴方が知らないうちに出発していたらって考えたら、私……。」
「ジュリア。大丈夫。もう絶対、君を一人残してどこかに行こうなんてバカなことは考えない。そんなこと決してしないから。」
「うん……。絶対よ?ビル……。」


 彼女が伝えた『夢』の話……。
 それはあくまでも夢として、ジュリアを苦しめた『悪夢』として二人は共有した。

 彼女は魂の輪廻、そしてサトルの存在も包み隠さず話しはしたのだ。
 決してそれをウィリアムが信じなかった訳ではなかったけれど、この事実……前世が実在のことだとは、ジュリアにさえ断言など出来ない……。
 それに、転生が現実だと認めてしまうことにも、どこかで怖さを感じていた。

 その上で、彼女の中に梨奈の人生の記憶と、それに付随し切り離すことの出来ない感情が確かに残ってしまっているのだと、ジュリアは正直に話したのだ。


 彼女を苦しめた『一人にしないで』は、抗えない力で別れを突きつけられた梨奈と智の想いだった。
 それがわかった今、無意味に怯えることはなくなったけれど、それでも、ある日突然愛する人がいなくなってしまうことを想像するだけで、ジュリアは息が出来なくなりそうだった。


 一方で、自らの嫉妬心に歯止めが効かなくなりそうだったウィリアムは、自分を落ち着かせるためにジュリアからしばらく離れようとしていた。
 ちょうど軍からとある要請を受け、彼女に黙って出発するつもりでいたのだ。
 ウィリアムはその準備のためだと自分に言い訳をしながら、ジュリアを避けていたのだった。


 それぞれのかけ違えた想いにギリギリで気付けたものの、既に返事を送ってしまっていて予定を変更するわけにもいかず、ウィリアムは明日の朝に屋敷を発つ。
 急なことに戸惑ったジュリアだったが、きちんと彼が話してくれたおかげで、少しの寂しさだけで送り出すことが出来そうだった。










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