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6 キスと影

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 自分の言葉を奪ったレオンハルトの唇の感触に、ビクッと体を強張らせたアンネリーゼ。
 だが彼はその反応すら愛おしそうに、軽く角度を変えては幾度も柔らかく小さな唇を啄む。
 
 彼から逃れなければと胸元へ伸ばされたはずのアンネリーゼの手は、いつもは強引なレオンハルトの優しく慈しむようなキスに、いつしか縋るように彼のシャツを掴んでいた。
 彼女の細い肩から、レオンハルトのジュストコールが滑り落ちる。

「あぁ……可愛い……、アン……」
「……っ、あ……」

 じっとりと甘い、バリトンの囁き。
 ふっとアンネリーゼの強張りがほどけ、小さな吐息がもれた。
 戸惑いながらも拒絶することなく、自分に触れられてうっとりとその微かな緩みを見せた、彼女の艶やかな色香……。
 そんなアンネリーゼの全てに、レオンハルトの我慢も限界だった。

 雄の欲望を見せて唇の小さな隙間から割り入れられた肉厚の舌が、隅々まで確かめようとするように、彼女の口内で愛撫をはじめる。
 初めて経験する、自身の内側から耳に届いているようなクチュリと響く水音。
 アンネリーゼは、ゾクリと走った甘美な痺れに体が震えたことが恥ずかしくて、思わず逃げ出したくなった。
 だが次第に、遠慮なく彼女の舌を絡め取り吸い上げては、自身の口内へいざなおうとするレオンハルトにいつもどおりの強引さを見つけ、彼女はそれが心地よくて堪らなくなっていく……。

(こんな、食べられちゃうみたいなキス……知らない……。どうしよう……熱い……)

「あ……、ん、……んぅ……」

(息……できない……)

 彼女の顔を上向かせていたレオンハルトの手が、耳をくすぐり黒髪に手ぐしを通したあと、華奢な背中を滑り落ちピッタリとアンネリーゼを抱き寄せた。
 身体全体で感じる彼の逞しさ。そして、どんどんと染み込んでくるアンバーの香り。
 アンネリーゼは頭の奥がジリジリと溶かされて熱でおかしくなったように、目の前が真っ白になってくる……。

 一方で、初心な少女のように愛らしい拙さをみせるアンネリーゼに歯止めがきかなくなり、夢中でキスを味わっていたレオンハルトは、自身のシャツを掴んでいた彼女の手からスルリと力が抜けたことで、ハッと我に返った。

「……レオン……の……バカ……」

 あまりにも深くキスをされ、呼吸が上手くできなかったアンネリーゼ。
 それもそのはず。周りに知られてはいないが、アハッツの王子とは白い結婚で、エルマーには直接手を握られたことすらなかったのだ。 
 そうとは知らないレオンハルトに夢中で求められて、王女として無意識ながらも常に感じていた緊張の糸が切れたことも重なったのだろう。
 アンネリーゼは彼の腕の中、くったりと気を失ってしまったのだった……。


「っ! アン!? ……嘘だろ、アン!」



 ◇◇◇




 壁の高い場所にある小さな明かり取りの窓だけが、かろうじて時の流れを教える牢獄。

 カビ臭い木製のベッドに腰をおろしただ俯いていた彼女は、コツコツと響く足音に怯えながらも、その鉄格子の向こうで立ち止まった気配にゆっくりと顔を上げた。

「あなたは……!? どうして、ここに……!?」

 牢番に銀貨でも握らせたのか、自身の従者を伴って現れたその人物は、目深に被っていたローブのフードを外し、ひどく冷たい視線をコリンナに投げつける。

 緩くうねる赤毛の髪とターコイズの瞳。質素な服を身に着けてはいるが、こんな薄汚れた場所には似つかわしくない佇まいだ。

「どうもこうもないでしょう? 何を勘違いしたのか知らないけれど、わたくしの命令に背いて勝手なことをしたのだから。本当に、救いようのないバカな父娘おやこね」

 どこまでも冷淡に……。怒りをあらわにするでもなく淡々とそう口にする彼女に、コリンナは顔を引きつらせヒュっと喉を鳴らす。

「わたくしは、ただ王太子を支配下に置けとそう言ったのよ? ……ねぇ、オイゲン男爵令嬢? ……あ、もう父親は処刑されたし、今はただのコリンナね」
「おゆ……お許しください! どうか、ご慈悲をっ!」

 コリンナは必死の形相で床に這いつくばり頭をこすりつけた。

「ええ、もちろん。わたくしは寛大ですもの。そう、慈悲を与えるために、わたくし自らここまで来たのよ?」

 その言葉にハッと顔を上げ、安堵と共に涙を流すコリンナ。
 だがそのは、彼女の思った救いではなかった。
 主に目配せされた従者の男が、牢の鍵を開け中へと入ってくる。
 まるで聖女のように微笑みながら、赤毛の令嬢はフードを被り直し踵を返した。

「そんな、どうかお許しを! レディ・ヘレーネ! どうか、ご慈悲を……っ! ……いや、やめて……お願い! 助けてぇ!」


 無情にも、コリンナの叫びは地下牢の厚い扉に阻まれ、誰にも気づかれることなく消えていったのだった。


「まったく。アンネリーゼ様に代わって妃の座に就こうなんて、身の程知らずもいいところだわ。そんなくだらないことのためにわたくしの術を使うなんて。あんな女を楽に死なせてあげたのよ? ……私の慈悲深さに感謝してほしいわ。そうでしょう?」
「はい」


 密やかに、ツェラーからヴォルバルトへと国境を越えていく馬車。
 そこに刻まれている紋章を見て、警備の騎士はすんなりと彼らを通してしまう。

「あの男は?」
「薬で眠ったままです」
「そう」

(予定は変わったけれど、上手く使えば役に立つでしょう……)

 もう一台の馬車の中で荷物と共に床に転がされたエルマーを乗せて、彼らは王都からほど近い、マイヤース侯爵領へと進んでいった……。











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