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閑話 母たちのお茶会

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「あら、なかなか感じのいいサロンじゃない。あの子にしては趣味よく館を整えたわね。」


 サン=トゥール侯爵夫人シュザンヌは、離れから本館へと戻りブリスに案内されたサロンに入ると、途端にその表情を和らげた。


「本当に、アンリ殿はあの子にご執心なのね。」


 後に続いて入って来たアリッサも、クラリスの好きな色合いで好みの雰囲気になっているサロンを見渡し穏やかに微笑む。
 二人が席につくと、メイドが運んできたティーワゴンを受け取り、ブリスが自らお茶をサーブし始めた。


「ふふ。なかなかの演技だったわよ、ブリス?貴方の言い回しのおかげで、あの子は私たちが何度も訪ねて来たと思ったでしょうし。」
「本当に、助かったわ。そんな面倒なことしていられないものね?」
「……恐れ入ります。」
「丸一日経った頃ね、とは思っていたけれど……。」
「当たったわね、シュザンヌ。」


 ブリスはそれを聞きながら、内心「やはりですか」と思いつつも、一切顔色を変えずにティーカップを置いていく。


 ──旦那様も大奥様の手にかかれば、まだまだということなのでしょうね。


「ありがとう、ブリス。また頃合いを見て呼ぶわ。下がっていいわよ。」
「はい。失礼致します。」


 音もなく扉が閉まると、母たち二人は、同時に大きなため息をいた。


「まったく手の焼ける子だわ。もう二十四にもなるのに、女心の一つもわからないなんて。」
「うちのクラリスの方がひどいわよ。あんなにあからさまにアンリ殿は溺愛してくれていたのに、少しも分かってなかったんだから……。」
「クラリスちゃん、身体大丈夫かしら?」
「あの子、身体は丈夫だから平気よ。……はぁ、あの子も大人になっちゃったのね……。」


 シュザンヌとアリッサは親友同士。
 お互い嫁いできてから仲を深め、特殊な婚約を結んだ子供たちを一緒に見守ってきた。


「それにしても、よくシャリエ卿は怒鳴り込んで来なかったわね。」
「そうね……、帰宅したら愛娘が連れて行かれていたなんて状況で、怒り狂っていたけれど……、貴方が私を初めてベッドに押し倒したのはいつだった?って聞いたら、一瞬で黙ったわ。」
「まぁ、やっぱりアリッサもその手で?うちも一緒よ。」


 優雅にカップを傾けるシュザンヌを見ながら、アリッサがくすりと笑う。


「貴族の男性なんて、髪色が濃い人ばかりだもの。婚約中にある程度のことまで済ませるのは暗黙の了解なのにね。」
「アンリがメガネをかけ始めた時は、まだクラリスちゃんがデビューしたばかりで若かったし、ちゃんと我慢してあげて偉いと思ったけど……。あの子、何事もやり過ぎなのよ。」
「ふふっ。確かに彼は極端ね。アンリ殿がクラリスをちゃんと社交界に出さないから、女性同士の会話を聞けなかったでしょ?だからあの子ったら、のことに疎いままで……。」


 貴族令嬢たちが表立って男性との交わりについて学ぶのは、結婚前に乳母や母親から初夜の作法を教えられる閨指南の時だけだ。
 だがそれも本当に形だけのもの。実際は社交界デビューから数年かけ、お茶会や夜会で婦人同士の会話を聞きながら、自分の身を守るため、将来子を産むための知識を自然と身に着けていく。
 クラリスはそういった会話を耳にする機会が極端に少なかったため、魔力が強い男性は性欲も強くなるという、年頃の女性たちにとって大切な知識すら知らなかったのだ。


「ごめんなさいね、アリッサ。アンリには何度も言ったんだけど。」
「ううん。シュザンヌは悪くないわ。なるようになるだろうと、ちゃんと娘を教育せずに放置してしまった私の責任よ。……でも流石に、初歩の初歩から分かってなかったとは思わなかったわ……。」


 頭痛をこらえるようにこめかみを押さえ、軽く頭を横に振るアリッサを見て、シュザンヌは苦笑いを浮かべる。


「まぁ、いいじゃない。全てが悪い方へ悪い方へと空回っていたけど、今回のことで丸く収まったんだから。」
「そうね。そう思うことにするわ。後はトマス卿に御礼のお酒でも贈れば後始末も終わりかしら。」
「あぁ!トマス先生のお好きなブランデーなら私が用意出来るわ。」
「いいの?じゃあ、お願いしようかしら。」
「これくらいお安い御用よ。クラリスちゃんの仮病を即見破って、一芝居打った貴女の忙しなさを思えば、私は何もしていないもの。」


 シュザンヌにそう言われ、いたずら好きな子供のようにまたくすりと笑ったアリッサ。
 彼女はクラリスがわざと魔法薬を飲み熱を出したことに始めから気付いており、気心の知れた間柄のトマス医師に娘の仮病に付き合ってもらえるように頼んでいたのだ。


「シャリエ卿とヴィクトルくんは本気で魔力熱だと思ってたんでしょ?」
「ええ。知っていたのはトマス卿とクラリス付きの侍女、それからシュザンヌだけよ。敵を欺くには、まず味方から……でしょ?」
「私に手紙が届いたのは、シャリエ卿からの使いが来るずっと前だったものね……。私、絶対にアリッサを敵に回さないわ。」
「ふふ、そうしてちょうだい。」


 二人はそれから、のんびりと子供たちの思い出話に花を咲かせ、お茶を楽しんだ。


「でも、クラリスちゃんも健気よね。アンリのために身を引こうとするなんてっ。」
「そう?」
「はぁぁ、早くお嫁に来て欲しいわ。あの可愛らしい声で『お義母様』って呼んでもらえるの楽しみにしてるのよ?」
「もう、シュザンヌまでそんなこと言って……。」
「上のベルナールにお嫁に来てくれたカミーユも癒やし系の美人さんでしょ?私、可愛いを連れて出かける夢が叶うわ。」
「そんなことを言ってる、貴女が一番可愛いわよ?」
「あら、そう?」

 
 さも当たり前のように返事をしたシュザンヌに「まったく……」と軽く笑ったアリッサが、不意に居住まいを正す。


「………あの子をお願いね、シュザンヌ。伯爵夫人として社交界で生き抜けるように、サン=トゥール家の女主人の作法をしっかり仕込んでちょうだいね。」
「……ええ……。」


 アリッサの頬に伝い落ちる、一筋の雫。
 シュザンヌはそれに気づかぬ振りをして、ゆっくりとティーカップに視線を落とした。


 そろそろ半刻──。
 最後の仕上げのために、母たちはそっと表情を引き締めたのだった……。









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