【第一部完】蜻蛉商会のヒトガミ様 ~死にたがりな神様は、過保護なあやかし従者たちに溺愛され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません〜

御崎菟翔

文字の大きさ
30 / 68
​第一部 3章 束の間の休息と、忍び寄る悪意 ―妖界滞在・拉致編―

第30話 突然の休日と、嵐の前の静けさ

しおりを挟む
 翌日、奏太は目を覚ましてハッと体を起こした。
 今まで、朝になると時間だと叩き起こされてきたのに、今日は誰にも起こされていない。部屋にいるのは、鬼界から連れてきた者たちだけ。
 
「つ、椿、今何時!?」
「昼前ですよ」

 そう言われた瞬間、背筋がゾワっと寒くなった。

「今日の予定は!? り、燐は……っ!?」
「何度起こしてもなかなか起きないので、奏太様にはもう付き合っていられないと」

 亘に言われて、今度はぶわっと嫌な汗が吹き出す。

「そ、そんなっ! なんで叩いてでも起こしてくれないんだよ!?」

 慌てて叫んだところで、亘は堪えきれなくなったように、クッと笑いをこぼした。

「……亘さん」

 椿は呆れ顔だ。縁もまた、仕方がなさそうに亘を見てから、視線を奏太に向けた。

「昨夜、随分お疲れのようだったので、燐鳳様が本日の御予定を全て中止にされたそうです。燐鳳様は、代わりに処理すべきことがある為、奏太様を任せると仰って出て行かれました」
「……休み?」
 
 奏太はボサボサの頭のまま、呆然とつぶやいた。

「本日はご自由にお過ごしください、と。今日はお好きな格好をなさっても大丈夫ですよ」

 咲楽も軽やかにそう付け加えた。

 奏太は、未だに笑いの収まらない亘をじろっと睨む。

「お前なぁ」
「ククッ、良かったではありませんか。寝て過ごすでも、買い物をするでも、温泉地に行くでも、ここは鬼界ではありませんから、ある程度、お好きに動かれても大丈夫でしょう。ようやく、自由の身です」

 亘に言われて、ようやく状況を理解した。鬼界では鬼から身を護る為に外出が制限されてきた。外を歩くときは護衛が徹底して周囲を護り、行き先も限定される。妖界に来てからは仕事を詰め込まれていたために、常に時間に追われて動いていた。
 
 それが、今になって突然、自由が舞い降りてきた状態だ。

「……そう言われると、この時間まで寝てたのが勿体なくなってくるな……」
「随分お疲れだったようですし、休息も重要なことですよ」

 椿が柔らかく微笑んだ。

「今日はこれから、どうなさいますか?」
「え? えぇっと……」

 突然時間ができても、何をしていいか思いつかない。ただ寝て過ごすのは勿体ない。今が昼前だとすれば、遠出もできないだろうし……

「……お墓参り、行こうかな」
「先帝陛下の、ですか?」
「うん。久々だし」

 椿に頷いて返すと、亘が首を傾げる。

「どちらに行かれるのです? 宮中の石碑か、陽の山か、はたまた人界か」

 先帝の墓は、いくつかの場所にある。
 
 そもそも、先帝は奏太と同じく人界の出身者だった。代々、奏太と同じ血筋の者から選ばれ妖界の帝位に就く。だから、人界にも墓所が存在している。

 妖界での正式な墓所は陽の気を発する『陽の山』と呼ばれる場所にあった。人界から帝位に就くためにやってきた者が最初に通るのが『陽の山』であるため、死後どちらにも行き来できるようにと、代々の帝の墓所がそこになっている。

 ただ、幻妖宮から陽の山は遠く、妖達は自由に界を渡れないため人界にもいけない。そのため、宮中に追悼を捧げる為の場所が用意されていた。

「今からなら、宮中の、かな。榊と花も用意しなきゃいけないし」
「買いに行ってきましょうか?」

 咲楽がパッと手を挙げたが、奏太は首を横に振った。

「花は自分で選ぶよ。好きだった色のやつ。亘、覚えてるだろ?」
「ええ、もちろんです」

 亘は懐かしむような顔で言う。
 亘はずっと昔、先帝が人界にいた頃の護衛役だった。奏太についたのはその後のこと。

 亘は、奏太とよりも、先帝との関係の方が、ずっと深かった。少なくとも、奏太はずっと、そう思いこんでいた。今となれば、奏太と過ごした時間の方が、何十倍も長いのだけれど。


 質素な着物に着替えて、京の街に出る前、燐鳳にも今日の行動予定を咲楽から伝えてもらった。

「今日一日、検非違使に警戒を強めておくよう、事前に通達を出してくださっていたようです。何事も無いとは思うけれど、お気をつけて、と」

 タタタっと小走りで追ってきた咲楽が、燐鳳からの伝言を持ってきた。

「相変わらず、抜かり無いことで」

 亘がボソッと言う。

「何か、お土産でも買って帰ろうかな。元の予定が中止になって皺寄せがいってるはずだろ?」
「そもそも、燐鳳殿が自分で入れた予定では?」
「はは、嫉妬すんなよ。お前にも、そのうち何か買ってやろうか?」

 奏太が亘の顔を覗き込むようにして言えば、ものすごく嫌そうな顔が返ってきた。

 下町をフラフラしながら歩いていくと、花売りに遭遇した。そこで、青と紫、白の花を買った。奏太が選んだものに亘が足していった形だ。榊は幻妖宮に戻ればあるらしいので、帰ってから入手する。

 そのまま帰るのも、ということで町の賑わいにキョロキョロしつつ少し散歩をしていると、屋台型の露店に透き通った黒から青紫色に変わる綺麗なとんぼ玉が並んでいるのが目に入った。
 フラリと立ち寄り眺めていると、椿がヒョコッと顔を出す。

「燐鳳殿に、ですか?」
「うーん……それっぽいかなと思って。こういうガラス玉とか水晶玉って、陽の気を込めやすいんだ。御守りの意味合いが強いから色はどうでも良いんだけど、なんとなく」

 奏太はそう言いつつ、小銭を何枚か取り出して購入する。

 手に握って内側に陽の気を注ぎ、再び手を開けば、とんぼ玉は内側から白い光で照らされ、鮮やかな色合いでキラキラと輝いていた。
 
 露店商が唖然としたままそれを凝視しているのに軽く笑って、奏太は袂にある小さな物入れにしまいこむ。咲楽がそれを羨ましそうな顔で見ていた。

 亘がなんだか少しだけ不機嫌になった気がして、奏太はポンと軽く背を叩く。

「今回は、金の力は入れてないだろ」
「…………まあ、そうですね」

 そう口では言っているけど、他にも何か言いたげな視線だ。けれど、奏太には全くよくわからない。

「……なんだよ?」
「いいえ、何も」

 亘はムスッとした顔で、そう答えた。

 
 深入りしても喧嘩になるだけなので、不機嫌の理由を追求することなく幻妖宮に戻る。

 帰還報告ついでに、せっかく買ったお土産を届けようと燐鳳のもとへ向かう。文官達が忙しなく出入りする部屋。燐鳳は書類仕事をしながら、視線も上げずに部下にテキパキと指示を飛ばしていた。

 奏太に気づいた者達は、順に立ち止まり頭を下げ、気を使って外に出ていこうとする。それを片手で止めて、奏太は燐鳳の前まで行った。

「はい、お土産」

 書類の上に、ポンととんぼ玉を置くと、突然目の前に現れた黒と青紫の玉に、燐鳳はピタリと動きを止めた。

「……奏太様? これは?」
「だから、お土産だって。仕事を調整してくれた分、大変だっただろ。ただのガラスだし日石と違って効果は薄いけど、陽の気も込めておいたから。御守りに」

 奏太がそう言うと、燐鳳はようやくそれを拾い上げた。ただ、表情は無のままだ。

「あー……、ごめん、気に入らなかった……? もっと、仕事に使えるものの方が良かったよな?」

 よくよく考えたら、燐鳳は高貴な家で生まれた貴族様だ。庶民の露店で売られていたとんぼ玉なんて、もらっても仕方がなかったかも……そう、頭を過る。

 しかし燐鳳は、それをそのまま大事そうに自分の手のひらの上に乗せてまじまじと見たあと、不意に、あまり見せたことが無いくらいに柔らかく表情を綻ばせた。

「いいえ。ありがとうございます。奏太様。大事にいたします」
「え、あ……あぁ、うん」

 まさか、そんなに喜んでもらえるとは思わず、お土産を渡した奏太の方が驚かされた気分だ。
 
 実際、同じ部屋に残され外に出るに出られないでいた文官達が、驚愕の表情で燐鳳を見ている。燐鳳が普段、どれほど下にも上にも厳しいか、文官達のその表情だけでよく分かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔
キャラ文芸
​【平凡な高校生 × 妖従者たちが紡ぐ、絆と成長の主従現代和風ファンタジー!】 ★第9回キャラ文芸大賞エントリー中! 「選ぶのはお前だ」 ――そう言われても、もう引き返せない。 ​ごく普通の高校生・奏太(そうた)は、夏休みのある日、本家から奇妙な呼び出しを受ける。 そこで待っていたのは、人の言葉を話す蝶・汐(うしお)と、大鷲・亘(わたり)。 彼らに告げられたのは、人界と異界を隔てる結界を修復する「守り手」という、一族に伝わる秘密の役目だった。 ​「嫌なら断ってもいい」と言われたものの、放置すれば友人が、家族が、町が危険に晒される。 なし崩し的に役目を引き受けた奏太は、夜な夜な大鷲の背に乗り、廃校や心霊スポットへ「出勤」することに! ​小生意気な妖たちに絡まれ、毒を吐く蛙と戦い、ついには異世界「妖界」での政変にまで巻き込まれていく奏太。 その過程で彼は、一族が隠し続けてきた「残酷な真実」と、従姉・結(ゆい)の悲しい運命を知ることになる―― ​これは、後に「秩序の神」と呼ばれる青年が、まだ「ただの人間」だった頃の、始まりの物語。 ​★新作『蜻蛉商会のヒトガミ様』 この物語から300年後……神様になった奏太の物語も公開中! https://www.alphapolis.co.jp/novel/174241108/158016858

幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」 幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。 迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。 ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。 これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。 しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。 奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。 現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。 異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー 様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。 その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。 幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。 それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます

内田ヨシキ
ファンタジー
「あの魔物の倒し方なら、30万円で売るよ!」  ――これは、現代日本にダンジョンが出現して間もない頃の物語。  カクヨムにて先行連載中です! (https://kakuyomu.jp/works/16818023211703153243)  異世界で名を馳せた英雄「一条 拓斗(いちじょう たくと)」は、現代日本に帰還したはいいが、異世界で鍛えた魔力も身体能力も失われていた。  残ったのは魔物退治の経験や、魔法に関する知識、異世界言語能力など現代日本で役に立たないものばかり。  一般人として生活するようになった拓斗だったが、持てる能力を一切活かせない日々は苦痛だった。  そんな折、現代日本に迷宮と魔物が出現。それらは拓斗が異世界で散々見てきたものだった。  そして3年後、ついに迷宮で活動する国家資格を手にした拓斗は、安定も平穏も捨てて、自分のすべてを活かせるはずの迷宮へ赴く。  異世界人「フィリア」との出会いをきっかけに、拓斗は自分の異世界経験が、他の初心者同然の冒険者にとって非常に有益なものであると気づく。  やがて拓斗はフィリアと共に、魔物の倒し方や、迷宮探索のコツ、魔法の使い方などを、時に直接売り、時に動画配信してお金に変えていく。  さらには迷宮探索に有用なアイテムや、冒険者の能力を可視化する「ステータスカード」を発明する。  そんな彼らの活動は、ダンジョン黎明期の日本において重要なものとなっていき、公的機関に発展していく――。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...