【第一部完】蜻蛉商会のヒトガミ様 ~死にたがりな神様は、過保護なあやかし従者たちに溺愛され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません〜

御崎菟翔

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​第一部 3章 束の間の休息と、忍び寄る悪意 ―妖界滞在・拉致編―

第31話 先帝の墓参りと、老臣の忠言

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 広い幻妖宮の敷地内にある、小さな山の上。そこに、大きな石碑があった。代々の帝へ祈りを捧げる為の場所。
 
 買った花を持って、木々に囲まれた静かなその場所に足を運ぶと、思いも寄らない先客がいた。老人とその従者が数名。

「……璃耀さん?」

 奏太が呼びかけると、老人は体を重たそうに動かし、昔と同じ目で奏太を見た。

「陛下、敬称はおやめくださいと、何度申し上げれば?」
 
 その口調は、燐鳳と同じものだ。

「引退したんだし、もういいんじゃないですかね」
 
 先帝に最も近かった側近の一人であり、燐鳳の育ての親。その隣に座り、奏太は先ほど買った花と榊を供える。
 
白月はくげつ様がお好きだった色ですね」
「ええ、璃耀さんの花も」

 先に置かれていた花は、種類は違えど、同じ色。

「璃耀さんも、墓参りですか?」
「貴方がこちらにいらっしゃると聞いたので。この歳では参内するのも骨が折れますし、かといって、貴方はこちらに御顔を見せに来てはくださらないでしょう?」

 璃耀の言い方に、奏太は少しだけ目を泳がす。
 燐鳳の育ての親だけあって、小言を始めると長くてくどい。避けて通っていたのは確かだ。

「私も、そう先は長くありませんからね。お伝えすべきことはお伝えしておかなくてはと」
「……そんなこと、言わないでください。もっと長生きしてもらわないと。燐鳳の為にも」
「十分、生きましたよ。あの方をお見送りしてから、これほどの時が経ってしまいました。あの方にお伴したかったのですが、貴方を任されてしまいましたからね」

 璃耀はそう言いながら、さっと側にいた従者に手を振った。下がれ、という意味を読み取り、従者達は静かに璃耀から離れて行く。

 奏太も自分に付き従う者たちを振り返る。亘達もまた、何かがあれば駆けつけられるくらいの距離まで下がった。

「……なら、ハクの為にも、もっと長く生きてください。俺は、あちらには行けませんから、璃耀さんにはこっちで面倒みてもらわないと」

 全員が十分に離れたのを確認して、奏太は言う。

 先帝、白月の忠実なる臣下であったこの老人が、白月のためだけに生きてきた事を奏太は知っている。
 どこに行こうとも、この世が滅びようとも、彼女のそばにいるのだと、どこまでもお伴するのだと、ずっと、そう言っていた。

 だから、白月に託された奏太を、妖界でできるだけ長く支えようとしてくれていたし、自分が居なくなったあとも支えられるようにと、次代である燐鳳を厳しく育て上げて側につけてくれた。

 『十分、生きた』
 それは、本人からすれば、本当にその言葉の通りなのだろう。
 実際、璃耀は妖の寿命よりも随分長く生きてくれている。

「白月様は、今際の際まで、貴方の行く末を御心配なさっていました。柊士様もそうであったと伺っています。今は、私もあの方々の気持ちがよく分かります」
「まるで、すぐにでも死んじゃうような言い方、しないでもらえませんか」

 奏太が言うと、璃耀は真っ直ぐに、まるで全てを見透かすような目で奏太を見つめた。

「貴方は、未来に希望を持てていますか? あの方々がお亡くなりになった時のように、生き永らえる意味を問い続けているのではありませんか?」 
「はは、そんな風に見えます?」

 思わず、から笑いが出た。
 
「貴方の御心が、ほんの少しの事で脆く崩れてしまいそうで、置いて去るのが不安になります。今、この時も」

 まっすぐな璃耀の眼差しを見ていられずに、奏太は目を逸らす。しかし、それでも璃耀はじっと奏太を見つめたままだ。
 
「貴方に初めてお会いしてから三百年。壮健な若者であったはずなのに、いつの間にか、近しい者を失うたびにヒビが入り続けていくガラス細工を見ているような、そんな心地に変わってしまっていました」
「そんな風に見えてでも、璃耀さんが長生きしてくれるなら、俺はそれでも良いですけどね」

 わざと軽く聞こえるように言う。しかし、璃耀の瞳は、奏太を逃そうとはしない。
 
「奏太様」
「…………」
 
 本当に、燐鳳とよく似ている。 
 奏太は小さく息を吐いた。

「……どうしろって言うんですか? いくら何を言ったって、結局、皆、置いていくじゃないですか。心配だ、置いていけない、そう言いながら。柊ちゃんも、ハクも、……璃耀さんだって、そうでしょう?」

 そんな事を言ったって仕方がないことは分かっている。けれど……

「その通りです。生き物とは、そういうものですから」
「……まるで、俺達が生きてないみたいな言い方ですね」
「生死がある、それが、生き物が生き物たる所以。その理から外れたのです。貴方はそろそろ、その事実を受け入れるべきです。いつまでも、人のままではいられないと」
 
 否定してほしかったわけじゃない。璃耀の言っていることは、ただの事実。けれど、真っ直ぐにそう言われると、重たい何かが胸の中に滑り落ちたような気持ちになる。

「先代の眷属ならばまだしも、他の者は、誰も言えないでしょう。それだけ、今の貴方は不安定に見えるのです。残ったものに必死にしがみつき、一つでも失くせば、貴方自身を手放してしまいそうで」

 璃耀の言葉に、喉が詰まる。
 きっと、その通りなのだろうと、奏太自身も思うから。 
 
「これからも、同じ事は起こり続けます。生き物に生死があり、貴方が永遠に生き続ける限り。けれど、貴方が崩れることは、誰も望みません。それが許される御立場ではありませんから」
「…………璃耀さんは、俺に、あの時のことを後悔させたいんですか?」

 声が、震える。

「いいえ。貴方の置かれた状況を真っ直ぐに自覚し、歩み続けていただきたいだけです。私が望むのは、先立っていったあの方々が望んだことと変わりません」

 璃耀はそう言うと、スゥッと石碑を見上げた。

「あの方々が、この幻妖宮と人界の故郷を貴方の居場所として残そうとされたのは、どれほどそこに生きる者が移り変わっても、その場所自体を貴方の支えになさりたかったからです。あの方々の想いが貴方と共に在り続けるように、と」
「……いつまでも、なんて、ただの幻想です」

 いつまでもそこが奏太の故郷で居場所だと言ってくれた従兄いとこの言葉。バカ正直に受けとって、人界で長く過ごした時期があった。けれど、場所だけあっても、情を移した者達は、皆、居なくなっていく。
 
 ただ、身を切られるように辛い思いをしただけ。
 あれ程、柊士の言葉を守るのではなかったと、後悔したことはない。

 しかし、璃耀は首を横に振る。

「御自分から距離を置かず、深く関わることを恐れないことです。そうすれば、顔ぶれは変わっても、必ずそこに貴方を支える者が居ることでしょう。どれほど失って、どれほど傷ついても、御自分の心を守れる支えを増やし続ければ、少なくとも、孤独な未来はやってきません」

 それは、どこか聞き覚えのある言葉。

『……鬼界に引きこもって、閉ざされた場所で孤独に生きてほしくない。だから今のうちに、寂しくなった時にいつでも帰れる居場所を作っておくの』

 先帝は、生前、奏太の行く末を案じてそう言っていたと聞いた。
 
 柊士と共に自分を支えてくれていた、もう一人の、従姉いとこ

「……なんで……今になって……ハクと同じことを…………」
 
 奏太が握る拳の上に、ポタリと、涙が落ちた。

「私が生き続けた意味は、白月様の願いを叶えて差し上げるため、ですから。しかしこのままでは、幻妖宮を貴方の居場所とし続ける、というお約束を果たせそうにありません」

 璃耀はじっと、石碑を見つめたままだ。その目がこちらを向かないのをいいことに、奏太は涙を、グシッと腕で拭った。
 
「……奏太様、燐鳳はお役に立っていますか?」
「燐鳳、ですか?」
「滅多に弱音は吐きませんし、そのような事を吐かぬよう育てたつもりですが、それでも、彼奴なりに、思うところがあるようで」

 璃耀の声には、心配の色がほんの少しだけのぞく。
 
「俺がなかなか帰ってこないせいで、随分苦労をかけたみたいです」

 奏太が自分から白状すると、璃耀はフッと笑った。

「苦労など、いくらでもかければ良いのですよ。それよりも、付き従う者にとって一番苦しいのは、何もさせていただけぬことです」
「うっ……」

 心当たりがありすぎて、思わず声に出た。

「私の代で、ここを貴方の居場所にしきれぬのなら、その役割を燐鳳に持たせましょう。できることならば、彼奴を貴方の未来にお伴させてやってください」
「…………それは、どういう意味で言ってるんですか?」

 奏太は怪訝に眉根を寄せる。言葉の取り方によっては、燐鳳の生き方を左右する話だ。

「ご想像の通りでしょう。燐鳳を、貴方の眷属に」
「…………本気で言ってるんですか? 雉里の後継者でしょう?」
「燐鳳は、白月様とのお約束を果たし貴方にお仕えさせる為だけに育てました。雉里の家など、どうとでもなりましょう。私にとっては家門など、白月様にお仕えする為のただの道具でしかありませんし」

 物凄いことを言っているように聞こえるが、璃耀は確かにそういう男だったと思い直す。先帝のためなら何だってする、何でも利用し犠牲にする。そして、共にいる為ならば、何でも簡単に捨て去ってしまえる。奏太もまた、利用された口だ。

「さすがに、燐の意思くらい、確認してきてからにしてくださいよ。眷属にだなんて、簡単に口にして良いことじゃありませんから」

 奏太は冗談だったことにして流そうとしたが、璃耀は首を横に振る。
 
「彼奴は、自ら望むでしょう。私があの方に対してそうであったように、燐鳳は貴方の為だけに生きています。ですから、貴方のお気持ちが許すなら彼奴をお連れください。貴方の心を繋ぎ止め、貴方自身を保つ一助となるはずです」
「やめてください。できるわけがないでしょう。眷属にするということは、普通の生を奪って縛るということです。普通に生きて、普通に死ぬ権利を取り上げて……」
 
 奏太はチラと、遠く不安そうな顔でこちらを見ている亘と椿に視線を向ける。二人を見た途端、言葉を続けられなくなってしまった。
  
「何が幸せかを決めるのは、貴方ではありません。貴方の眷属達が何を思っているか、燐鳳が何を思っているか、よくよく聞いてみるのが良いでしょう」
「……それでも、簡単に決めて良いことじゃありません」
「簡単に、と思っているのは、貴方だけかもしれませんよ。選ぶ事のできなかった貴方と違い、あの者達は、それだけの覚悟を持って選んだでしょうから」

 そうかもしれない。それでも……
 
「その時はそうでも、気持ちは変わります。今はそうでも、これからどうなるかは分かりません」
「貴方は、御自分の眷属を信用していないのですか?」
「そういうわけじゃ……っ!!」

 奏太は思わず、声を荒げた。
 しかし、すぐに亘達の目が気になって、深く息を吸って吐き出す。
 
「私は、白月様と共にいられるならば、他には何もいらないと、心の底から思っていました。しかし、あの方は最後の最後まで、本当の意味でそれを理解してはいらっしゃらなかった。共に最期を迎え、その先へお供したかったのに、貴方の世話を任せていかれたくらいですから」

 璃耀はそう言うと、ほんの少しだけ、笑いをこぼした。

「……俺、お荷物でしたかね」
「ええ、そうですね」

 璃耀はからかうように言う。
 
「貴方も、他の者たちの本当の望みなど理解することはできないかもしれない。けれど、知る努力をし、彼らの言葉をそのまま受け入れ信じることで、変わることもあるでしょう」

 璃耀は随分と簡単に言う。けれど……
 
「…………聞くのが……怖いんです。この三百年、一人、また一人と死んでいく度に、どんどん怖くなっていく。本来なら、そろそろ寿命が来る者もいます。周囲はどんどん死んでいくのに、置いていかれるんです。自分の生に改めて疑問を持つ者も出てくるでしょう。何のために生きてるのかと……」

 終わりを望むなら、解放してやればいい。単純に、相手を思うのならそうなのだろう。それでも、手放したくない。何があっても。だから、聞けない。聞くのが、怖い。奏太を奏太として成り立たせている者たちを、もう、失いたくない。
 
「眷属は、不老であっても不死ではないと聞きました。耐えられなくば、自ら命を絶ちましょう」
「やめてください!! …………そんなの…………俺が…………耐えられない…………あいつらまで、居なくなってしまったら…………俺は、もう…………」

 絞り出すようにそう言うと、璃耀は小さく息を吐いた。 
 
「思い込みで、視界を遮ってはなりません。疑心暗鬼のままでは、いずれ大きな歪になりましょう。そうなれば、取り返しのつかない事態を引き起こしかねませんよ」
「……けど……」

 奏太が言えば、璃耀はフウと、小さく息を吐いた。

「貴方には、あの方々が貴方の為に守ろうとした居場所がある。貴方の周囲には、貴方を支えることを望む者たちがいる。痛みに耐えかね、それらから目を逸らし、貴方自身を見失わぬ事を祈ります」

 璃耀はそう言いながら、スッと立ち上がった。それに合わせて、従者達が駆けてくる。

 ずっと不安そうな顔でこちらを見ていた亘や椿達も。
 
「あとは、貴方の選択次第です。あの時とは違い、今は、貴方自身で選べるのですから」

 まるで、突き放すような言い方。
 
 けれど、ここで縋って泣き言を言ったところで、解決することなど何もない。きっと、そういうことなのだろう。

 璃耀らしい、そう思った。

「どうか、壮健であってください。奏太様。私が、心置きなくあの方の元へ旅立てるように。身体だけでなく、心もまた」

 璃耀はほんの少しだけこちらを見てから歩き出した。
 
「……璃耀さん」

 奏太は、老いた後ろ姿に呼びかける。すっと背筋が伸び凛としていたあの頃の面影は、遠に薄れてしまっている。
 
「……どうか、生きてください。少しでも……一分でも、一秒でも、永く」

 そう呼びかけたけれど、璃耀は奏太の方を振り返らない。
 
「……お願い、ですから……」

 奏太のその掠れた声は、璃耀に届く前に、サアっと吹いた風にかき消された。
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