【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

文字の大きさ
98 / 297
人界編

妖界での療養①

しおりを挟む
 目を覚ましてすぐに聞こえてきたのは、元気な子どもの声と、それを窘める大人の声だった。

「あ、起きた! 起きたよ、ハク姉ちゃん!」
「こら、康太。白月様とお呼びしなさい!」

 ぼんやりとした意識の中そんな声を聞きながら、俺は見覚えのない天井を眺める。少なくとも、自宅や本家ではない。多分病院とも違う。

 ……ここは一体何処なのだろう。

 そう思っていると、聞き覚えのある声が耳に届いた。

「フフ。いいよ、毛助さん。毛助さん達は、家族みたいなものだから」

 その声と共に、薄銀色の長い髪が視界に映り、美しい少女の顔が真上から覗いた。

「大丈夫? 奏太」
「……ハク……?」

 そう声に出すと、ハクはニコリと笑う。

「うん。ここ、妖界の温泉だよ。山羊七さんのところの」
「……妖界?」
「柊士がね、奏太が全然目を覚まさないから受け入れて欲しいって」

 ハクはそう言いつつ眉尻を下げた。

「ビックリしたよ。意識を失った状態で運び込まれてきたって聞いて。私も知らせを受けてここに」

 ハクはそっと俺の頬や額に手を当てる。ヒンヤリとした細く華奢な指先と掌の感触が気持ちいい。

「うん。熱も下がったみたい」

 ハクはホッと息を吐いて、俺の傍らに座りなおした。
 しっかり状況を確認したくて体を起こそうと力を入れる。しかし、上手く力が入らない。一体どういうことかと目を瞬く。

「体、動かないでしょ。陽の気を使いすぎるとそうなるの。奏太の場合、風邪か何かで熱が凄く出てたし、どちらの意味でも消耗が激しかったんだと思う。薬を飲めば、良くなるよ」

 そう言われて、俺はようやく、自分が何故意識を失うハメになったのかを思い出した。

「う、汐は!?」
「大丈夫。ここにいるよ」

 ハクは自分の背後に目を向けてから、スッと場所をあける。そこには、うつむき加減の汐が、何時もと変わらぬ様子で俺から少し離れて座していた。
 そして、ススと俺の側まで進み出てくる。

「……汐、良かった……」

 俺は、汐が無事に生きていてくれた事にホッと息吐き出した。しかし汐は僅かに表情を曇らせる。

「良くありません。あの山で何があったのか、伺いました。もし、このまま御目覚めにならなかったらと……」
「でも、二人揃って生きて帰って来れたんだ。良かったよ、本当に」

 あの時、もう少し柊士達の到着が遅れていたら、俺も汐もきっと今頃、神社の下の結界石の周りに埋められていたに違いない。

 改めて危ない状況だったのだと思うと背筋が寒くなる。
 すると、汐は不意にスッとその場に手を付いて深く頭を下げた。

「案内役が至らぬばかりに、申し訳御座いません」

 俺はそれに眉を顰める。
 その言葉を聞くのは二回目だ。前回は同じ事を瑶が言い、瑶と汐の二人が榮の前に膝をつかされていた。こんなの、何度も見たい光景ではない。

「……それ、また何か榮に言われたの? それとも瑶?」

 しかし、汐は頭をあげずに、

「父も榮様も関係ありません。私の意思です。御側に辿り着く前に捕らえられ、奏太様が戦っている間、何も出来ませんでした。結果、案内役が命を助けて頂く事に……」

と言った。
 でも、汐が故意に何かをした訳では無いし、あの時の汐には本当にどうしようもなかったことだと思う。それに俺自身、自分の身を守るためにも必要な行動だったのだ。謝られるようなことじゃない。

「いいよ、そんなの。俺だってあそこで動かなければ生き埋めにされてたわけだし。結果、助けてくれたのは柊ちゃんや淕達だろ」
「しかし……」

 汐は全然譲る様子がない。
 俺はハアと息を吐いた。

「むしろ、亘にしっかり汐を守ってもらいたかったくらいだよ。一緒にいたんじゃないの?」
「……亘は……」

 汐はそこまで言うと、口にすべきかどうか迷うように口籠る。しかし、ハクがその様子を見かねたように、その言葉を引き継いだ。

「亘の方が酷い状態だったの。本当に大きな怪我で……あと一歩遅れてたら死んでたかもって、尾定さんが」
「……は!? 何でそんなことに。まさか、あの女の子が……」

 俺がそう声を上げると、汐はゆっくりと首を横に振る。

「あの日奏太様の元へ向かう途中で、我らは鬼に襲われる仲間に遭遇したのです。亘は私に先に奏太様の元へ向かうよう告げてから、それを助けに……」
「鬼? それで、亘は今……」
「一命を取り留め、今は眠っています。尾定殿が側に。温泉のおかげもあり、安静にしていれば大丈夫だろうと」
「……そっか」

 命が助かったのなら良かった。俺は心のなかで胸を撫で下ろす。
 まさか亘がそんなに目にあっているとは思いもしなかった。汐を守ってほしかった、なんて言ったけど、亘はそれ以上に大変な状態だったのだ。

「鬼の方は大丈夫なの?」
「柾……晦と朔の兄が亘を見つけた時には、近くに鬼の姿は無かったそうです。あったのは、鬼に襲われていた喬という者の亡骸と、亘の姿だけ。そして、その時、亘は虫の息だったと……」

 鬼の姿が無かったということは、鬼は妖を一人殺し亘を瀕死に追い込んだ上で逃げた、という事だ。
 亘だって、守り手の護衛役に選ばれるくらいに強いのだ。それ以上に力のある鬼が逃げたのだとすると、かなり危険なのではないだろうか。

「見つかったの? それに、鬼界への綻びは?」
「どちらもまだ……ただ、里の武官をあげて探しています」

 何だか目覚めたばかりなのに、どっと疲れが襲ってくるような話だ。一つ解決したと思ったのに、また別の問題が持ち上がるなんて。
 そう思っていると、ハクがトントンと汐の肩を叩いた。

「汐、ひとまずそのくらいに。奏太は薬を飲んでゆっくり休まなきゃ。御役目の話は、奏太が元気になってからにしなよ。あっちには柊士だっているんだから」

 ハクは、ね? とニコリと笑う。
 それから後ろを振り返って、ハクの後ろで様子を伺っていた、羊の親子に目を向けた。

「康太、紅翅を呼んできてくれる? それから、尾定さんにも声をかけてあげて」
「うん!」

 康太と呼ばれた子羊は、ハクの言葉に元気に返事をすると、パタパタと足音を立てて部屋を出ていった。

 それを見送っていると、不意に、部屋の隅から

「白月様、そろそろ」

という低い男の声が響く。
 今の今まで気づかなかったが、璃耀がハクの後方で控えていたらしい。

「うん。奏太、私も奏太が人界に帰るまではここにいるから、何かあったら毛助さんか康太に声をかけてね」

 ハクがそう言うと、先程まで子羊と一緒にいた大人の羊の方が俺に向かって頭を下げた。

「え、でも、ハクだって忙しいだろ。わざわざ……」

 それに、ハクは困ったような表情を浮かべた。

「ホントは温泉ついでに休日にしようと思ってたんだけど、結局、こっちで仕事はさせられるから……」

 そう言うと、ニコリと有無を言わせぬ笑みを浮かべる璃耀を振り返って口籠った。そして、ハアと息を吐き出す。

「一日に一回、陰の気を抜きに来るよ。こっちのことは気にしないで、ゆっくりしていって」

 最後にそう言い残すと、ハクはスッと立ち上がり、璃耀を連れて部屋を出ていった。


「奏太様と亘の大事だと、慌てて駆けつけてくださったそうです。柊士様も、なかなかお目覚めにならぬ奏太様をとても心配しておいででした」

 パタンと閉まる扉を見届けると、汐はポツリとそう言った。

「二人にちゃんと御礼を言わないと」
「今はごゆっくりお休みください。奏太様が早くお元気になることが、御二方の一番のお望みでしょうから」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

異世界で農業を -異世界編-

半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。 そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...