【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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人界編

人界の観光②

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「俺、遥斗。君は?」
「ハクって呼んで。あだ名なの」
「へえ、珍しい呼び名だね」

 ハクと遥斗が自然と二人で前を歩いていくのに、俺は解せない思いでついていく。

 俺も行くとは言ったが、ハクと行くという意味であって、遥斗もついてくることを許可した覚えはない。
 それなのに、何を言っても帰る気配はなく、当たり前の顔をして今も遥斗はハクの隣を歩いている。

「で、どこに行くつもりだったの?」
「ええと、いろいろ周りたいんだけど―――」

 遥斗は既に完全に同行者の顔だし、ハクもなんの疑問もなく受け入れている。
 なし崩し的に同行を認めざるを得なくなり、どちらの事情も知る俺だけが、二人背を見ながら一人嘆息する事になった。

「―――ひとまず、近所の市役所に行ったあと、東京観光。都庁いったり国会議事堂行ったり裁判所行ったり。後学のために、いくつか行政とか司法の施設を見学しておきたいんだよね。あと一応市井も見せておきたいから繁華街にも行きたいかな。せっかくなら最後に東京タワーかスカイツリーくらい行ってもいいかもだけど、まあ、たった一日だし、周れる範囲で」

 ―――後学のために、行政司法施設と市井の見学!
 もうちょっと言い方考えてよ!

 俺は心の中で思わず叫ぶ。

 ハクの目的はわかった。ポケットに入っているのは妖界の左大臣だ。人界の政治の仕組みを実地で教えようという魂胆だろう。
 でも少なくとも、普通の女の子が休日に行くには違和感だ。しかも為政者側の物の見方をしているのが言葉の端々に滲み出ている。

 チラと遥斗を見ると、ポカンとした顔でハクを見ていた。

「何か変わってるね、ハクちゃんて。わざわざ休みの日に東京に出てまでそんなところに行くなんて……」
「そうかな。そんなに難しく考えないでよ。普通の東京観光だと思って」

 ハクはさらっと流すように遥斗に応じる。
 俺はここぞとばかりに遥斗の肩をぽんと叩いた。

「こういう子なんだよ。一緒に行ったところでつまんないだろ。ちゃんと別の日に相手してやるから、今日は帰れよ。なっ」

 さり気なく帰り道を遥斗に示してやる。しかし遥斗は思惑に反して首を横に振った。

「いいよ、俺もそういうの嫌いじゃないし」
「でも好き好んで行くところじゃないだろ。時間が勿体ないし、今日のところは帰ったほうがいいよ」
「奏太がそうまでして俺を帰らせようとすると余計に興味が湧いてくるんだよ」

 ニコリとキレイに笑う遥斗に、俺はうぐっと口を噤《つぐ》んだ。


 ハクに着いてまず最初に市役所に行ってみたが、俺や遥斗にとってはさして珍しい場所でもないし、別に何か用があるわけでもない。

 ハクは恐らく、翠雨に役所の機能を説明したいだけだろう。一緒に館内を周ったところで何もせずフラフラするという謎の行動を遥斗に見せるだけになる。
 できるだけ妙な行動をして遥斗に不信感を抱かせたくないので、

「ここで待ってるから、用を済ませて来なよ」

と入口でハクを送り出した。

 流石に市役所の中でトラブルに巻き込まれることはあるまい。
 何かあっても職員がいるし、一応は人界で大人になるまで生活していたのだ。

 問題があるとするなら、むしろこちら側。遥斗と二人きりの気まずい雰囲気をしのがなくてはならない。

「ねえ、あの子なんなの?」

 遥斗はハクの背を見送りながら、ぼそっと俺に問う。

「従姉だって言ってるだろ」
「ふうん、いとこね」

 なんだか含みのある言い方だ。

「なあ、せっかくだから、戸籍謄本とってきて見せてよ」

 遥斗はそう言うと、窓口の方を見遣る。

「身分証がないから無理。そもそも、まだ疑ってんの?」
「大学でボディーガードつけてあんな避け方されたら、なんかあるのかって気になるだろ」

 どうやら潤也の事を言っているらしい。

「お前がナイフなんか持ち出すからだろ。普通に考えたら警察沙汰だ」
「へえ、あいつには話したんだ。随分信頼してるんだね」
「長い付き合いなんだよ」

 俺がそう言うと、遥斗はハアと息を吐き出す。

「そういうの探りたくて辺境の町までわざわざ来たんだけどなぁ」

 辺境は余計だ。否定できないけど。

「まさか本人にばったり会うなんてついてないや。まあ、いとこちゃんに会えたからいいけど」
「……あのさ、お前、あんまりハクに近づくなよ」
「なんで? あの子にも何か隠したい事があるのかな?」
「……別になにもないけど……周囲がうるさいんだよ、あの子。あの見た目だし。変なことに巻き込まれたら困るんだ」

 俺は取ってつけたようにそう答える。
 でも嘘は言っていない。むしろ大真面目にそれが理由だ。ハクとその周囲が普通じゃないことは確かだけど。

「まあ、目立つだろうね。髪と目の色を除いても、あの容姿じゃ」

 遥斗はそう言いつつ、トンと壁にもたれかかりながら一箇所を顎でしゃくって示した。

「あれ、助けてあげたほうがいいんじゃない?」

 その方向を見やると、一人窓口付近をフラフラしていたはずが、明らかに職員ではない若い男に声をかけられているハクが目に入った。

 俺は慌てて立ち上がる。

「なんで市役所の中で……!」

 思わず悪態をつきつつ、遥斗を置いてハクに駆け寄る。

「ハク、大丈夫?」

 少しだけ声を張り上げて呼びかける。すると、男は俺をチラと見たあと、そそくさと逃げるように何処かへ去っていった。

「ありがとう、奏太。困ってるなら教えてあげるよってしつこくて」
「いや、いいけど……もう、一通り見たでしょ。さっさとここを出よう」

 俺はハクの腕を掴んで引く。
 まだ、町を出たわけでもないのにこの状態。先が思い遣られて、ハアと疲れた溜息が漏れ出た。


 東京まで新幹線に乗って一時間弱。
 駅のホームに着く前から、時折翠雨すいうが興味深そうにポケットから頭をのぞかせて周囲を伺い、それに気づいたハクにズボッとポケットに突っ込まれているのを繰り返していた。

 俺は遥斗にバレないかヒヤヒヤしながら、話しかけては注意をそらし、体の向きを不自然に変えては翠雨と遥斗の間に立ったりして気が気じゃない。

 それに、恐らくポケットに入った翠雨に説明する目的なのだろうが、ハクはおもむろにフラっと俺達から離れていき、一人でブツブツ言っては戻ってくることがある。

 どう見ても不審なその行動に、遥斗が俺とハクに探るような目を向けていた。

 まだ目的地についてもいないのに、ハクに着いてきたことも、遥斗を連れてきたことも、俺は既に後悔し始めていた。
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