【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

文字の大きさ
138 / 297
人界編

里の出口③

しおりを挟む
 拓眞に渡された瓶のコルクを引き抜いた途端、甘ったるい嫌な臭気が一気に上がってくる。
 ハクの席から漂って来たものをもっとずっと濃く強くしたような匂いだ。

 それとともに、突然、呻きたくなる程の痛みが胸に走った。ギューと心臓を握りつぶされるような強い痛みがして、息がしにくくなる。

「……う……ぐっ……!」

 立って居られずしゃがみ込み、少しでも痛みを和らげたくて、胸を押さえる。
 手に持っていた瓶を取り落とすと、匂いがそのままブワッと上にあがって来て、荒い息と共にそれを思い切り吸い込んでしまい、辛さが一層増す。

「なん……だよ……これ……」

 戸惑いつつ苦痛に耐えていると、不意に、自分の前で大きく影が動いた。
 ダンッと思い切り岩壁に押し付けられ、拓眞が俺の体に半分伸し掛かる。更にそのまま、身動きの取れない状態で、乱暴に顎を掴まれた。
 拓眞は懐から、先程と同じ瓶を取り出す。中で赤黒い液体が揺れる。

「量があるわけじゃないんだ。無駄にするなよ」

 拓眞は囁くような声で言いながらコルクを引き抜く。瓶の口が俺の唇に押し付けられると、赤黒い液体を口の中に流し込まれた。

 甘い匂いと鉄っぽい味が口の中いっぱいに広がり、吐き気がする。吐き出したいのに、顎を力いっぱい掴まれ上を向かされているせいで吐き出せない。喉を通さないようにするので精一杯だ。
 それなのに、目の前が揺れてチラチラするほどの激痛が胸に走り、それすら難しくなってくる。
 さっきよりも痛みの強さが数倍増した感じだ。
 堪えられない程の胸の痛みに、意識が遠くなっていく。

 ……もう……無理……かも……

 そう諦めそうになった時だった。
 ふっと急に拓眞の手が緩んだ。

 俺は何事かと確かめる余裕もなく、身を捩って口の中に入れられた赤い液体を吐き出す。
 涙目になりながら、唾と共にできるだけ口の中に含まされた異物を出し切ると、少しだけ胸の痛みが落ち着いたような気がした。

 なんとか体を起こすと、何故か拓眞の体が俺の前に倒れていて、そこには別の影が立ちはだかっている。

 ただ、その影もまた、ぐらりと揺れて、その場に膝をついた。

 胸の痛みと混乱する意識の中で、その影が何者かをようやく理解すると、俺は目を見開いた。

「亘!!」

 呼びかけると、亘は俯き加減で苦しそうに、ふーっと深く息を吐き出してから、ザッと向きを変え、俺を背に庇うように刀を構える。

「近づく者があれば、陽の気を迷わず放てと申し上げたでしょう……誰を盾にされようと、貴方自身の武器を捨ててはなりません」

 俺に苦言を呈す亘の前には、武官が一人刀を構えて立っていた。刀からは血が滴り、亘の背には大きく切り裂かれた傷が出来ている。

「亘、背中が……!」
「……拓眞を始末したまでは良かったのですが……少ししくじりましたね……」

 軽口を叩くように言うが、傷の様子と、絶え絶えに発せられる言葉から、かなり状態が悪いことが分かる。

 それなのに、刀を血で濡らした武官の他に、もう一人がふわりと地面に着地して亘に向かって武器を構えた。

 周囲をみると、最初に空から落ちてきた武官、呻き立ち上がれない様子の拓眞の他に、もう一人が鳥の姿に変わり地面に倒れ伏している。

 椿の方は、一体の鬼の片手を落としたようだが、肩で息をしながら未だ二体と向き合っていた。

「奏太様、先程申し上げたことと同じです。壁を背に、向って来る者があれば、躊躇いなく陽の気で焼いてください。誰を盾にされても」
「でも……」

 そう言いかけて、口を噤む。

 晦を盾にされた事で、拓眞に捕まった。そこから俺を助けようとして、亘はこの大怪我を負ったのだ。

 ……でも、どうしても、うんとは言えない。あの場で晦ごと陽の気をぶつける勇気は、俺にはない。

 亘は小さく息を吐く。

「御自分の身を、誰よりも、何よりも、優先してください。必ず」

 亘はそれだけ言うと、目の前の武官が隙をつこうと思い切り振り下ろした刀を刀身で受け止めて押し返す。
 更に、グッと足を踏み込んで、思い切り刀を突き出した。亘の背から血が溢れ出る。
 俺は傷つきながら戦う姿に思わず目を背ける。
 すると、刀を合わせ激しく打ち合う二人を他所に、もう一人の武官が翼を広げて飛び上がったのが見えた。

 更に、手を突き出して俺達の方に向って構える。その仕草に、力比べで術を使っていた者達の姿が重なる。

「亘!」

 そう叫ぶと、亘もそちらの動きに気づいていたのか、俺の声とほぼ同時に、チッと舌打ちをした。更にバサリと翼を広げて飛び上がり、俺の真上に覆いかぶさるように着地する。

 同時に、バタバタバタと激しい雨が地面に打ち付けるような、雹が降った時のような音が周囲に鳴り響いた。

 亘の翼で視界が塞がれ何があったのかを把握できない。でも、

「亘さん!」

という椿の悲鳴が聞こえてきて、亘に何かがあったのだということは分かった。

 亘の顔がある場所を見上げると、キラキラしたガラスのような何かが無数に肩の辺りにあるのが見える。

「……亘?」

 そう名を呼ぶと、亘はニコリと笑った。

「どうせこの様にお護りするなら、奏太様ではなく、女子を護り尊敬されたかったですねぇ」

 いつもの調子でそう言う口元からツゥと血が伝う。

 目を見開いて、何とか周囲の状況を掴もうと見回すと、亘の翼と地面との隙間から、夥しい数の大きなガラスの破片の様な物が地面に突き刺さっているのが見えた。

 亘が俺をあの破片から守ろうとして盾になったのだと思いあたり、全身が粟立つ。

 戦いの最中に大量の血を流し、背を刀で切り裂かれ、体中に鋭利な破片が突き刺さり、それでもなお、亘は俺を守ろうとそこに立ち続けているのだ。

 喉のあたりが熱くなってくる。
 守られるだけの自分の弱さと無力さに嫌気がする。このままでは本当に、亘は俺を守って犠牲になってしまう。目の前で、常に隣にいた信頼する護衛役を失ってしまう。

「……もういい。亘」

 声が震える。もう、見ていられない。このまま俺のせいで傷ついていく姿を。命を削っていく姿を。

 それでも亘は平然と笑う。

「おや、普段なら憎まれ口しか返って来ないのに、まさか心配してくださるのですか?」

 心配するに決まってる。何でこんなになるまで戦うんだよ。何でこんなになってまで、無理に笑おうとするんだよ。

 いつになったら、この地獄の様な時間が終わるんだ。どうしたら今までのように気軽に憎まれ口を叩きあえる状態に戻れるんだろう。

 こんな状況なのに、いつものように笑い、俺を安心させようとする顔を見るのが、痛くて辛い。胸が苦しくて、この状況から抜け出したいと叫びだしたくなる。

 それでも、敵は待ってなんかくれない。

 無情にも、再び先程と同じ様にバタバタバタという大音量が周囲に響く。

 俺を護る亘の表情が歪む。歯を食いしばり声を噛み殺しているのが分かる。背に降りかかる痛みを堪えて、何とか踏みとどまっているのわかる。

 俺が居なければ逃げられるはずだ。俺が居なければ亘だって応戦できるはずなんだ。俺が……

「……亘、もういい! 俺のことは、もういいから!」

 そう声を上げても、亘は一歩もそこから動こうとしない。
 それどころか、ククっと、まるで俺をからかう時の様に

「何という顔をしているのです」

と笑う。

 でも、その声は小さく掠れ、ニッと笑うはずの口角は、ほんの僅かにしか上がっていない。
 瞳の光は、徐々に失われていき、無理やり作った表情も次第に無くなっていく。

「もういい! 頼むから! 亘!!」

 俺の前から居なくなるな。
 俺なんかを護って死ぬな。
 置いていくなよ。頼むから。

 翼の内側で護られたまま俺は縋る思いで亘の襟元を掴む。その拍子に亘の体がグラと揺れる。

 そのまま倒れ込み、ポトリと落ちたその体は、もう人の姿をしていなかった。
 柾の口の中に飛び込んだ時のような、ただ、普通の鷲の……

「亘!!!」

 傍らに膝を付き呼びかける。でも、亘の体はもうピクリとも動かない。震える手でそっと触れても、揺すっても。

「……何やってんだよ……起きろよ……」

 それはまるで、人形か剥製のようで、さっきまで俺にニコリと笑いかけていた者と同じとは思えない。

「……なあ、俺の側を離れるわけにはいかなくなったんだろ?」

 いつもの調子で笑いながら、からかうように言われたのは、ほんの数時間前の話だ。

「俺は、堂々として待ってれば良いんだろ? 汐が言ってたじゃんか。」

 汐だって、亘が居なくなったら困るだろ。いつもはあんなだけど、絶対に悲しむ。結ちゃんも亘も失って……汐だけが残されるなんて……

「それに、全部解決して戻ってこいって、命じただろ」

 拓眞の件を片付けて、正式な護衛役に戻ってくるって約束しただろ。
 承知しましたって、俺の我儘に溜め息をつきながら言ってただろ。

 知らず知らずの内に涙が溢れ頬を伝っていく。

「起きろよ、馬鹿。……起きろって……!」

 でも、そう叫んでも、亘はもう……


 不意に、近くでザッっと何者かが歩み寄る音がした。

 敵の攻撃はもう止んでいる。目的を達したとばかりに笑みを浮かべて、こちらへやって来ようとしている。

 ……何なんだよ。何で笑ってるんだよ。お前らに、亘が何をしたんだよ。俺達が、一体何を……

 俺は、ギリと奥歯を噛みしめる。

 そして、喪失感と怒りと絶望が入り混じったグチャグチャな感情のまま、俺はパンと手を打ち鳴らした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

異世界で農業を -異世界編-

半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。 そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...