205 / 297
鬼界編
鬼界の穴③
しおりを挟む
立ち上がった妖界の武官達と、その空気に当てられ警戒の表情を浮かべた人界の面々を、璃耀はぐるりと見回す。
「そういえば、日向の御当主様は体調を崩されていらっしゃるとか」
「……それが何か? 主が出られずとも、日向家前当主も雀野の当主もおります。然程お待たせせず結論は出るかと」
守り手様を鬼界へ向かわせるなど通るはずもありませんが、と淕は小さく付け加えた。璃耀はそれに、微笑を浮かべる。
「いえ、そうではありません。今頃、翠雨様が此度の御礼と御見舞に、御本家へ御伺いしている頃かと思いまして」
「……柊士様の見舞いに、翠雨様が?」
意外なことを言われたとばかりに淕は怪訝そうな目を向けた。柊士の一番の護衛役である淕も知らなかった話。御礼や見舞いにしても妙なタイミングだ。兵を送り出しているまさにそのタイミングに、翠雨自らこちらにやって来るなんて。
「立場の上下に殊更厳しい方ですから、病床の柊士様にご迷惑をおかけしていないと良いのですが。最初の大君の血を引かない前御当主や、妖界の四貴族家より立場の低い雀野が相手では荷が勝つでしょう」
「柊士様の御身体の具合を考えれば、如何に柴川の御当主様といえども御相手は難しいかと」
「そうかもしれませんね。しかし、翠雨様自らお越しになるのです。理由付けなどどうともなりましょう。あの方は強引に話を通してしまうことだけは御得意ですから」
「……理由付け……?」
ただ翠雨の本家への突然の来訪を知らせるだけの言葉ではない。翠雨の行動には別の理由がある、そう聞こえた。
言葉の裏が読めずに問うと、璃耀はおもむろに懐に入れた鈴を鳴らぬように取り出してこちらに見せる。
出発前、行動のたびに鳴らして翠雨への合図にすると言っていた鈴だ。
「貴方が説得に応じればよし、逆にこちらの申し出を拒まれるようであればその旨を知らせる鈴を鳴らす。事前にそう取り決めて参りました。翠雨様はとても気の短い御方です。交渉不成立の知らせを聞いて、柊士様の御前で何事も起こさぬと良いのですが」
芝居めいて心配の言葉を述べる璃耀に、淕が悲鳴のような声を上げた。
「まさか、柊士様を質に取るおつもりですか……!?」
「……は? 柊ちゃんを質にって……」
「権力を振りかざせば柊士様への面会を取り付けられる。奏太様の御返事如何で柊士様の身柄などどうにでもできると、こちらを脅しているのです。今までのやり取りから妖界の者達への警戒は薄れているはず。あちらはこのようなことになっているとは思いもしないでしょうから」
低く唸るような亘の言葉に、璃耀は殊更に笑みを深めた。
「守り手様の御命を預かろうというのです。同等かそれ以上の方を引き合いに出さねば、貴方がたは動いてくださらぬでしょう?」
俺は大きく目を見開き息を呑んだ。ハクを助ける為に、妖界の者達は柊士の命を天秤にかけたのだ。俺を動かす為だけに。
「淕、すぐに柊ちゃんのところに……!」
「おや、行かせるとお思いですか? その為に外から結界まで張らせたのに」
……そうだ、鬼を出さない為に妖界から派遣したと言われて――
「……あれは鬼を出さないためじゃなく、俺たちを出さない為に……?」
「人界からも結界要員を付けられなくて助かりました。万が一そうなっていたとしても、別の手段を取りましたが」
すべてが仕組まれ、璃耀達の思惑通りに動かされていることにゾッとする。
「奏太様が動かれぬのであれば、人界の妖と戦になろうとも柊士様の身柄を押さえます。こちらも同様、力尽くで貴方を奪いましょう。あの方を救うには、必ずどちらかが必要ですから」
この場に淕、亘、柾が揃っているとはいえ、妖界側も精鋭。それに圧倒的にこちらの数が少ない。ハクの捜索は妖界の軍団がメインで動き、人界の妖はあくまで有志のみだからだ。一方で本家には今、里の三指に入る実力者達が全員いない。何より、戦いになれば油断している分危険が大きい。何れにしても戦いを仕掛けられればこちらが不利な状況だ。
「互いのためにその身を差し出すか、それとも互いを差し出し合うか、どちらを選んでも結構です」
「……御二方が抵抗すれば? 奏太様と柊士様を失えば、白月様をお救いできない。それどころか結界の維持すら難しくなるはずです」
巽の言葉に、璃耀は何でも無い事のように言葉を続ける。
「あちらでも、こちらでも、抵抗するならば守り手様方の生死の保証はいたしません。死なば諸共。あの方が被る禍事と共に、御二方共、人界と妖界を道連れに心中してください」
「……妖界がどうなっても良い、と?」
「私は、あの方が居ない場所になど用はありませんから」
冗談を言っているようには聞こえない。璃耀は至極真面目に言っているのだ。ハクが死を選ぶなら自分もお伴するとサラリと言い放った以前の姿が重なり背筋がゾッとした。
「勿論、柊士様を弑することも、人界を戦場にすることもせずに済む道もあります。方法はお分かりでしょう? 余計な血を流さぬに越したことはありませんから」
ゴクリ、とつばを飲み込む。方法は一つ。俺が、今、ここで、鬼界に行くと決めることだ。
「人界は、奏太様と柊士様、どちらを取るのですか? それとも、御二方同時に失いますか?」
沈黙が広がる。誰も何も言わない。
ザッ
不意に、耳に砂を蹴るような音が聞こえた。
音のした方に目を向ければ、淕が両膝を地面につき、俺に向かって深く頭を下げていた。
「あとから咎めを受けることを承知でお願い申し上げます。奏太様、どうか里を……人界をお救いください」
淕の言動に喉の奥が詰まったようになる。
「戦になれば、どれほどを巻き込むかわかりません。柊士様を中心にまわり始めた里も、あの方がいなければどの様になるかわかりません。人界の為には守り手様を御二方同時に失う事は真っ先に避けねばならぬことです」
淕は地面に頭を擦り付けるような勢いで必死に言い募る。
「恐らく、戻りこの事態を知れば柊士様のお怒りに触れるでしょう。都合の良いことを申し上げているのも承知の上です。……それでも、あの方を失うわけには参りません」
苦しそうに吐き出された最後の言葉に、ズキリと胸が痛んだ。
わかってる。柊士の命もハクの命も、俺に比べれば遥かに重い。人界の為にも、妖界の為にも、二人共失えない。俺が覚悟を決めるしかない。
……でも……それでも、お前の命の方が軽いと言われているようで……
俺の一歩後ろから、ギリッという大きな歯軋りが聞こえた。
「……よくも、そのようなことを……」
スラッと刀が抜かれ、鞘が乱暴に捨てられる。
「亘!」
慌てて止めたけど、亘は俺を無視して一歩出た。
「己の主のために、我が主に犠牲になれと? 何度同じことを繰り返させる?」
「やめろ、亘!」
乱暴に腕を取り引き寄せようとしたけど、亘は気にも止めずにもう一歩を踏み出す。その目は、つい先日に見た凍りつくような色を映し出し、その上に激しい怒気を孕んでいる。
「……奏太様には申し訳ないとは思っている。けれど、結様を救うことにも繋がるのだ。お前にも利のある話だろう」
「ふざけるな!!!」
地が鳴るのではと思うような怒声。
「奏太様の命と天秤にかけるな! あの方を失ったことはこの方には関係ない! 賭すべきものを間違えるな!!」
今、天秤にかけられているのは、ハクと柊士と俺。かつての主の未来と日向当主の命、人界の平和がかかっていて尚、それでも俺を護るべき者としてくれていることに、胸の奥が熱くなる。しかし――
「亘さん、待ってください」
俺の後ろにいた巽が亘と淕の間に進み出て、二人を交互に見たあと、亘と俺に困ったような笑みを向けた。
「淕さんの言うことはもっともです。人界から守り手様を同時に失うわけにはいきません」
「巽!!!」
「やめろ、亘!」
亘が激昂して乱暴に巽に掴みかかる腕にしがみつきながら、自分の心が一気に冷えきっていくのがわかった。
自分の側近くにいてくれた者も、淕と同じ意見。亘は俺を守ろうとしてくれている。でも、普通に考えれば淕の選択が正しいのだという証明のようにも思えた。
「もういい、わかったから。だから、やめろ!」
そう言いながら何とか亘の手を離させると、巽はこちらを見て諦めたように静かに首を横に振った。そして、俺たちの前を通って璃耀の前に膝をつく。
俺を引き渡すと、そう伝えるつもりだろうか。亘を押さえながら裁きを待つように、巽の言葉を待つ。
しかしその口から出たのは、予想だにしない言葉だった。
「璃耀様、我らが柊士様を差し出します。場合によっては妖界側に加勢いたします。ですからどうか、我らにしばし猶予をくださいませんか?」
「……え?」
「巽っ!?」
淕が驚いたように、バッと勢いよく頭をあげた。
巽が一体何を言い出したのか、うまく理解できない。唖然としたまま巽を見つめていると、巽は仕方がなさそうな顔で淕に向かって苦笑した。
「僕だって、奏太様の護衛役なんですよ、淕さん。主の命が一番大事に決まってるじゃないですか」
声を失い愕然とした様子の淕に、椿がフフッと小さく笑う。
「淕さんが柊士様を守りたいと思うのと同じです。我らが主の命が、誰よりも何よりも重たいに決まっています」
椿が、亘の手の届かぬ範囲、俺の後方を守るように武器を構えた。
「白月様をお救いしたい、奏太様は絶対に失いたくない。ならば、最後の御一人に動いて頂くしかありませんね」
俺の前、亘の横に汐が並ぶ。
「……汐まで………お前達、何をしているか分かっているのか? 日向家の当主は柊士様だ。あの方がいなければ……」
「十分、分かってます。でも、僕らの主は奏太様なんで」
巽も立ち上がり、俺を守れるような位置につく。
「悪い、巽。お前を見くびった」
「この前のと合わせて、貸し二つですね」
巽は亘にいたずらっぽい笑みでそう返した。
四人の行動に、周囲が騒然となる。
「奏太様の代わりに御当主を差し出すつもりか」
「どちらを差し出すことになっても里は立ち行かぬ」
「いや、柊士様にこちらに残っていただくべきだ」
「妖界との戦など、ありえぬ」
「ならば、このまま奏太様に――」
淕が、亘達を厳しい視線でみまわした。
「……それが、お前達の答えか?」
「主を守る別の答えがあるのなら、教えてくれ」
亘の返答に、淕は一度、きつく目を閉じる。それから、ゆっくり立ち上がり、刀を抜いた。
それに合わせるように、里から連れてきた者たちの何人かが武器をかまえる。残った者たちは戸惑う様に両者を見ていた。
「柾、お前はどうする?」
「どちらにも付かん。鬼界に行ければそれで良い」
「なら、手出しするなよ」
亘の言葉に、柾は腕を組んでフンと鼻を鳴らした。
ついさっきまで仲間だった者たちが、互いに睨み合い武器を構えている。
……話が進んでいくのは、俺が、黙っているからだ。
妖界陣は成り行きを見守るように、一歩引いたところで様子を見ている。対立しているのは、里の仲間同士だ。
「……やめろ」
声が震える。
「大丈夫ですよ、奏太様。絶対に貴方を渡したりいたしません」
椿がこちらを振り返りながら、いつもの微笑みを向ける。
「はい、僕だって武官ですから、奏太様を守って散るくらいは覚悟の上です」
巽が、いつもの軽口を叩くような言い方でニコリと笑う。
「また案内役を下に見るような言い方をして」
汐が呆れた様な口調でヒラリと蝶の姿に変わり、俺の肩にピタリととまった。
「私達は、決してお側を離れません」
カチャリと、亘の刀が音を立てる。
「貴方の側で貴方をお護りすると言ったでしょう」
覚悟を決めたような亘の声に、俺はぎゅっと強く目を瞑った。
「そういえば、日向の御当主様は体調を崩されていらっしゃるとか」
「……それが何か? 主が出られずとも、日向家前当主も雀野の当主もおります。然程お待たせせず結論は出るかと」
守り手様を鬼界へ向かわせるなど通るはずもありませんが、と淕は小さく付け加えた。璃耀はそれに、微笑を浮かべる。
「いえ、そうではありません。今頃、翠雨様が此度の御礼と御見舞に、御本家へ御伺いしている頃かと思いまして」
「……柊士様の見舞いに、翠雨様が?」
意外なことを言われたとばかりに淕は怪訝そうな目を向けた。柊士の一番の護衛役である淕も知らなかった話。御礼や見舞いにしても妙なタイミングだ。兵を送り出しているまさにそのタイミングに、翠雨自らこちらにやって来るなんて。
「立場の上下に殊更厳しい方ですから、病床の柊士様にご迷惑をおかけしていないと良いのですが。最初の大君の血を引かない前御当主や、妖界の四貴族家より立場の低い雀野が相手では荷が勝つでしょう」
「柊士様の御身体の具合を考えれば、如何に柴川の御当主様といえども御相手は難しいかと」
「そうかもしれませんね。しかし、翠雨様自らお越しになるのです。理由付けなどどうともなりましょう。あの方は強引に話を通してしまうことだけは御得意ですから」
「……理由付け……?」
ただ翠雨の本家への突然の来訪を知らせるだけの言葉ではない。翠雨の行動には別の理由がある、そう聞こえた。
言葉の裏が読めずに問うと、璃耀はおもむろに懐に入れた鈴を鳴らぬように取り出してこちらに見せる。
出発前、行動のたびに鳴らして翠雨への合図にすると言っていた鈴だ。
「貴方が説得に応じればよし、逆にこちらの申し出を拒まれるようであればその旨を知らせる鈴を鳴らす。事前にそう取り決めて参りました。翠雨様はとても気の短い御方です。交渉不成立の知らせを聞いて、柊士様の御前で何事も起こさぬと良いのですが」
芝居めいて心配の言葉を述べる璃耀に、淕が悲鳴のような声を上げた。
「まさか、柊士様を質に取るおつもりですか……!?」
「……は? 柊ちゃんを質にって……」
「権力を振りかざせば柊士様への面会を取り付けられる。奏太様の御返事如何で柊士様の身柄などどうにでもできると、こちらを脅しているのです。今までのやり取りから妖界の者達への警戒は薄れているはず。あちらはこのようなことになっているとは思いもしないでしょうから」
低く唸るような亘の言葉に、璃耀は殊更に笑みを深めた。
「守り手様の御命を預かろうというのです。同等かそれ以上の方を引き合いに出さねば、貴方がたは動いてくださらぬでしょう?」
俺は大きく目を見開き息を呑んだ。ハクを助ける為に、妖界の者達は柊士の命を天秤にかけたのだ。俺を動かす為だけに。
「淕、すぐに柊ちゃんのところに……!」
「おや、行かせるとお思いですか? その為に外から結界まで張らせたのに」
……そうだ、鬼を出さない為に妖界から派遣したと言われて――
「……あれは鬼を出さないためじゃなく、俺たちを出さない為に……?」
「人界からも結界要員を付けられなくて助かりました。万が一そうなっていたとしても、別の手段を取りましたが」
すべてが仕組まれ、璃耀達の思惑通りに動かされていることにゾッとする。
「奏太様が動かれぬのであれば、人界の妖と戦になろうとも柊士様の身柄を押さえます。こちらも同様、力尽くで貴方を奪いましょう。あの方を救うには、必ずどちらかが必要ですから」
この場に淕、亘、柾が揃っているとはいえ、妖界側も精鋭。それに圧倒的にこちらの数が少ない。ハクの捜索は妖界の軍団がメインで動き、人界の妖はあくまで有志のみだからだ。一方で本家には今、里の三指に入る実力者達が全員いない。何より、戦いになれば油断している分危険が大きい。何れにしても戦いを仕掛けられればこちらが不利な状況だ。
「互いのためにその身を差し出すか、それとも互いを差し出し合うか、どちらを選んでも結構です」
「……御二方が抵抗すれば? 奏太様と柊士様を失えば、白月様をお救いできない。それどころか結界の維持すら難しくなるはずです」
巽の言葉に、璃耀は何でも無い事のように言葉を続ける。
「あちらでも、こちらでも、抵抗するならば守り手様方の生死の保証はいたしません。死なば諸共。あの方が被る禍事と共に、御二方共、人界と妖界を道連れに心中してください」
「……妖界がどうなっても良い、と?」
「私は、あの方が居ない場所になど用はありませんから」
冗談を言っているようには聞こえない。璃耀は至極真面目に言っているのだ。ハクが死を選ぶなら自分もお伴するとサラリと言い放った以前の姿が重なり背筋がゾッとした。
「勿論、柊士様を弑することも、人界を戦場にすることもせずに済む道もあります。方法はお分かりでしょう? 余計な血を流さぬに越したことはありませんから」
ゴクリ、とつばを飲み込む。方法は一つ。俺が、今、ここで、鬼界に行くと決めることだ。
「人界は、奏太様と柊士様、どちらを取るのですか? それとも、御二方同時に失いますか?」
沈黙が広がる。誰も何も言わない。
ザッ
不意に、耳に砂を蹴るような音が聞こえた。
音のした方に目を向ければ、淕が両膝を地面につき、俺に向かって深く頭を下げていた。
「あとから咎めを受けることを承知でお願い申し上げます。奏太様、どうか里を……人界をお救いください」
淕の言動に喉の奥が詰まったようになる。
「戦になれば、どれほどを巻き込むかわかりません。柊士様を中心にまわり始めた里も、あの方がいなければどの様になるかわかりません。人界の為には守り手様を御二方同時に失う事は真っ先に避けねばならぬことです」
淕は地面に頭を擦り付けるような勢いで必死に言い募る。
「恐らく、戻りこの事態を知れば柊士様のお怒りに触れるでしょう。都合の良いことを申し上げているのも承知の上です。……それでも、あの方を失うわけには参りません」
苦しそうに吐き出された最後の言葉に、ズキリと胸が痛んだ。
わかってる。柊士の命もハクの命も、俺に比べれば遥かに重い。人界の為にも、妖界の為にも、二人共失えない。俺が覚悟を決めるしかない。
……でも……それでも、お前の命の方が軽いと言われているようで……
俺の一歩後ろから、ギリッという大きな歯軋りが聞こえた。
「……よくも、そのようなことを……」
スラッと刀が抜かれ、鞘が乱暴に捨てられる。
「亘!」
慌てて止めたけど、亘は俺を無視して一歩出た。
「己の主のために、我が主に犠牲になれと? 何度同じことを繰り返させる?」
「やめろ、亘!」
乱暴に腕を取り引き寄せようとしたけど、亘は気にも止めずにもう一歩を踏み出す。その目は、つい先日に見た凍りつくような色を映し出し、その上に激しい怒気を孕んでいる。
「……奏太様には申し訳ないとは思っている。けれど、結様を救うことにも繋がるのだ。お前にも利のある話だろう」
「ふざけるな!!!」
地が鳴るのではと思うような怒声。
「奏太様の命と天秤にかけるな! あの方を失ったことはこの方には関係ない! 賭すべきものを間違えるな!!」
今、天秤にかけられているのは、ハクと柊士と俺。かつての主の未来と日向当主の命、人界の平和がかかっていて尚、それでも俺を護るべき者としてくれていることに、胸の奥が熱くなる。しかし――
「亘さん、待ってください」
俺の後ろにいた巽が亘と淕の間に進み出て、二人を交互に見たあと、亘と俺に困ったような笑みを向けた。
「淕さんの言うことはもっともです。人界から守り手様を同時に失うわけにはいきません」
「巽!!!」
「やめろ、亘!」
亘が激昂して乱暴に巽に掴みかかる腕にしがみつきながら、自分の心が一気に冷えきっていくのがわかった。
自分の側近くにいてくれた者も、淕と同じ意見。亘は俺を守ろうとしてくれている。でも、普通に考えれば淕の選択が正しいのだという証明のようにも思えた。
「もういい、わかったから。だから、やめろ!」
そう言いながら何とか亘の手を離させると、巽はこちらを見て諦めたように静かに首を横に振った。そして、俺たちの前を通って璃耀の前に膝をつく。
俺を引き渡すと、そう伝えるつもりだろうか。亘を押さえながら裁きを待つように、巽の言葉を待つ。
しかしその口から出たのは、予想だにしない言葉だった。
「璃耀様、我らが柊士様を差し出します。場合によっては妖界側に加勢いたします。ですからどうか、我らにしばし猶予をくださいませんか?」
「……え?」
「巽っ!?」
淕が驚いたように、バッと勢いよく頭をあげた。
巽が一体何を言い出したのか、うまく理解できない。唖然としたまま巽を見つめていると、巽は仕方がなさそうな顔で淕に向かって苦笑した。
「僕だって、奏太様の護衛役なんですよ、淕さん。主の命が一番大事に決まってるじゃないですか」
声を失い愕然とした様子の淕に、椿がフフッと小さく笑う。
「淕さんが柊士様を守りたいと思うのと同じです。我らが主の命が、誰よりも何よりも重たいに決まっています」
椿が、亘の手の届かぬ範囲、俺の後方を守るように武器を構えた。
「白月様をお救いしたい、奏太様は絶対に失いたくない。ならば、最後の御一人に動いて頂くしかありませんね」
俺の前、亘の横に汐が並ぶ。
「……汐まで………お前達、何をしているか分かっているのか? 日向家の当主は柊士様だ。あの方がいなければ……」
「十分、分かってます。でも、僕らの主は奏太様なんで」
巽も立ち上がり、俺を守れるような位置につく。
「悪い、巽。お前を見くびった」
「この前のと合わせて、貸し二つですね」
巽は亘にいたずらっぽい笑みでそう返した。
四人の行動に、周囲が騒然となる。
「奏太様の代わりに御当主を差し出すつもりか」
「どちらを差し出すことになっても里は立ち行かぬ」
「いや、柊士様にこちらに残っていただくべきだ」
「妖界との戦など、ありえぬ」
「ならば、このまま奏太様に――」
淕が、亘達を厳しい視線でみまわした。
「……それが、お前達の答えか?」
「主を守る別の答えがあるのなら、教えてくれ」
亘の返答に、淕は一度、きつく目を閉じる。それから、ゆっくり立ち上がり、刀を抜いた。
それに合わせるように、里から連れてきた者たちの何人かが武器をかまえる。残った者たちは戸惑う様に両者を見ていた。
「柾、お前はどうする?」
「どちらにも付かん。鬼界に行ければそれで良い」
「なら、手出しするなよ」
亘の言葉に、柾は腕を組んでフンと鼻を鳴らした。
ついさっきまで仲間だった者たちが、互いに睨み合い武器を構えている。
……話が進んでいくのは、俺が、黙っているからだ。
妖界陣は成り行きを見守るように、一歩引いたところで様子を見ている。対立しているのは、里の仲間同士だ。
「……やめろ」
声が震える。
「大丈夫ですよ、奏太様。絶対に貴方を渡したりいたしません」
椿がこちらを振り返りながら、いつもの微笑みを向ける。
「はい、僕だって武官ですから、奏太様を守って散るくらいは覚悟の上です」
巽が、いつもの軽口を叩くような言い方でニコリと笑う。
「また案内役を下に見るような言い方をして」
汐が呆れた様な口調でヒラリと蝶の姿に変わり、俺の肩にピタリととまった。
「私達は、決してお側を離れません」
カチャリと、亘の刀が音を立てる。
「貴方の側で貴方をお護りすると言ったでしょう」
覚悟を決めたような亘の声に、俺はぎゅっと強く目を瞑った。
0
あなたにおすすめの小説
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜
美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊
ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め…
※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
異世界で農業を -異世界編-
半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。
そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる