結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な高校生だったのに、人外たちに囲まれて世界を救うことになりました~

御崎菟翔

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妖界編

監視の蛙①

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 年が明け、あれから鬼界の入口があいたという報告もなく、あっという間に新学期が始まった。
 ただ、

「危険も多いだろうから、俺の連絡先を教えておく。お前のも教えろ。」

といわれ、尾定に安易に教えてしまった結果、毎週と言っていいほど土日のどちらかに呼び出され、妖界での薬草採集につきあわされることになってしまった。

 おかげで薬草には何となく詳しくなってきたが、代わりに妖界の陽の山近辺では、不本意ながら尾定の弟子が定着してしまった。

 もちろん、そればかりじゃない。
 友人関係も充実してると思う。
 特にキャンプの一件以来、一緒に行ったメンバーとは以前よりも仲が深まった気がしている。
 ただし、あの日何があったのかは暗黙の了解で、絢香には誰も話していない。
 大蝦蟇の花嫁にされかけたなんて、気を失っていた絢香には信じられないだろうし、信じたとしても気持ちが悪いだけだろう。
 ただ、潤也と聡には鬼界のことも、尾定のことも話し済みだ。妖がらみで同じ経験をしたぶん、話しやすいし愚痴も言いやすい。

「最近退屈だし、今度俺も連れて行ってくれよ」

 などと潤也が言い始める始末だ。
 やる気もあるみたいだし、弟子を欲しがってる尾定に紹介してやったら喜ぶかもしれない。
 ついでに、少し自分のターンを減らしてほしい。


 鬼界の綻びもないので、汐や亘と夜に出かける機会もない。
 ただ二人は時々本家に顔を出しているようで、尾定に連れ回されて帰ってきて、ヘトヘトの状態で本家で休憩している間に顔を合わせることが時々あった。

「奏太様と冒険できぬのはなかなか寂しいものですな。」

 と本気で思ってなさそうな顔で亘が言ったが、あの師走の鬼界騒ぎを思い出せば、そんな冒険なんて二度と経験したくない。

 そうやって、短く平穏な三学期が過ぎていった。


 さて、なんで長期休みが近づくとトラブルがやってくるのだろう。
 学生の本分を阻害しないように事件がやってくるなんて、誰かの企みにしか思えない。

「最近、家の近くに凄く蛙が出るの。まだこんなに寒いのにおかしいと思わない?」

 週末のある日。
 不意にそう溢した絢香に皆が眼を見張る。

「……それは、夜に?」
「え? うーん、朝も昼もいるよ。」

 昼間に妖は出てこられない。恐らくは普通の蛙だろう。
 ただ、こんな時期に出てくるというのが物凄く不自然だ。
 絢香以外の全員の目がこちらに向けられる。

「一回様子を見に行った方が良いんじゃないか?最悪、お前なら退治できるだろ。」

 潤也が意味ありげに言うと、絢香が目を輝かせた。

「奏太、蛙退治してくれるの? 本当に気持ち悪くて困ってるの! お願い、協力して!」

 ……いや、別に蛙が得意な訳ではないんだけど……

 それに、妖界の綻びは妖界側から補強されたと、以前汐が言っていた。だから、滅多なことでは開かないはずだ。
 可能性があるとすると、獺が守る結界の穴だが、絢香の家は、俺の家からそう遠くない。つまり、学校からは結構距離がある。
 一応汐に聞いてみようとは思うが、普通の蛙退治だとしたら、むしろ専門業者に任せたい。

「まあ、様子を見るだけなら、今日の放課後に行ってみようぜ。」

 聡は半信半疑といった様子だ。

「……まあ良いけど……普通の蛙退治なら、お前らも協力しろよ。」

 というと、全員が顔を引き攣らせた。


 放課後。
 昼下りの時間帯に絢香の家に五人で向かう。一応、各自、虫取り網と虫籠持参だ。

 庭に入ると、確かにピョコピョコと蛙が跳ねていた。更に、よく見ると玄関や窓にも貼り付いている。
 田んぼの多い田舎だ。真夏であれば、ちょっと蛙が多いな、位の感想だろう。
 ただ、どう考えても季節がおかしい。

「……一応捕まえるか。」

 聡が諦め混じりにそう言った。

 そこから先は、各々が蛙を取って取って取りまくった。
 と言っても、紗月と絢香は戦力外だ。
 きゃあきゃあ言っているだけなので、最終的には屋内に退避させた。

 男三人で集めること数十匹。
 これだけ集まるとさすがに気持ちが悪い。
 昼間だし無意味とは思いつつ、念の為、こっそり陽の気を注いでみたが、やっぱりなんの変化もなかった。
 問題のない普通の蛙は、絢香の家に戻ってこないよう、少し離れた場所に放つ。

 問題があったのはここからだった。
 日暮れに絢香の家に戻ってみると、庭に二匹の蛙が跳ねていた。

「なんだ、取り逃がしたか?」

 と言いながら、潤也が網をかざす。聡もそれに倣い、網を構えた。
 俺は、二人が捕まえた蛙を入れられるよう、籠を開けて準備を始める。

 ところが、直ぐに

「うわっ!」

という聡の鋭い叫び声が周囲に響いた。

「どうした!?」

 潤也が驚いたように声を出し二人で駆け寄ると、聡はその場で蹲り、落ちた虫網の中で蛙がピョコピョコ跳ねている。

「こいつ、網で捕まえて持ち上げた瞬間、何か吐き出したんだ。それが手に掛かったら、火傷したみたいに……」

 そう言いながら、ゆっくり押さえ込んでいた手を離す。
 そこには、以前鬼に爪で傷つけられたときに似た、青紫色に腫れ上がった皮膚があった。

 不意に、真下から、

「ケケケ。」

と嘲笑うような声が聞こえた。

「放置すれば、そのまま毒が全身に広がるぞ。人界に薬などないだろう。我らに手出ししようとするからだ。ざまあみろ。」

 声の主は、未だ網の中でぞもぞしている蛙だ。
 俺達はぎょっと目を見開く。

「潤也、もう一匹は!?」
「え……あ!」

 周囲を見回すと、潤也が追いかけていた方の蛙は、ぴょこんと跳ねて、茂みに消えていくところだった。

「いや、あいつは諦めよう。俺、尾定さんに連絡する。多分薬持ってるから。潤也、なんか瓶みたいなの絢香にもらってきて。虫籠じゃ危なそうだ。」

 潤也が頷いて絢香に瓶を貰いに行っている間、電話で尾定に事情を説明する。
 尾定は俺の話を聞くと、直ぐに本家に来てくれる事になった。
 毒を吐き出されても大丈夫なように、服でガードしながら蛙を捕まえて瓶に閉じ込め、男三人で本家に向かう。
 もうすぐ夜だ。紗月は家に返し、絢香には毒蛙に気をつけるよう言い含めた。


 移動中も、蛙は瓶の中でピョコピョコ跳ねる。

「やい、ここから出せ! お前ら、どうなっても知らないからな!」

などと喚いている。

「お前、目的は何だ。また絢香を花嫁にとか言い出すんじゃないだろうな。」

 瓶の中の蛙を見ながら言うと、蛙は小馬鹿にしたような顔で首を傾げる。蛙のくせに表情が豊かだ。

「はっ。あのバカ共と一緒にするな!
 お前だよ。お前、陽の気の使い手だろう。お前を見張るよう命令を受けたんだ!」

 潤也はそれを聞くと、不可解そうな表情を浮かべる。

「何で絢香の家で奏太を見張ることになるんだよ?」
「ふんっ。ソイツの居場所を知らぬから探していただけだ。夏に見かけたあの娘のところにいれば、そのうち見つかると思っていたのだ。案の定ではないか。」

 蛙は鼻を鳴らしながら、憎たらし気に言い放った。

 ……それにしても、目的が未だにさっぱりわからない。俺の居場所を探してた? しかも、誰かに見張れと命じられて?

「何で俺を探してたんだよ。何が目的で見張ろうとしてた?」
「知るか。陽の気の使い手が邪魔なんだろうよ。」

 ……まあ、陽の気を使うような奴、妖からしたら邪魔だと思われていても仕方がないけど……

「綻びを閉じられたくないってことか? でも、もう既に妖界側から閉じられてるはずだけど。」

 そう言ってみたものの、蛙はそれ以上は何も答える気はないらしく、フンっとそっぽを向く。

「答えろよ!」

 そう言いつつ瓶を振ってみたが、さっきまでピョコピョコ飛び跳ねてたクセに、蛙は瓶底にピタッと貼りついて蹲り、微動だにしなくなってしまった。

 俺はハアと小さく息を吐く。

「……ひとまず、本家に行って相談するか……」


 ただ、本家につくまでの間が大変だった。
 蛙に毒のような何かを吐きかけられた聡の様子が、徐々に変化してきたのだ。
 最初のうちは、痛みはあるのだろうが手首を押さえつつ普通に会話できていた。しかし、時間が進むに連れて、息が荒く腕全体を押さえるようになってきた。
 ハアハアと随分と辛そうで、顔も赤みを帯びてくる。妖の仕業でなければ、すぐにでも救急外来に飛び込んだほうが良いのでは、と思うような状態だ。
 あまりの様子にだんだん不安になってくる。

 二人で聡を支えるようにしてようやく本家に着くと、尾定がすでに準備をして待っていてくれた。
 聡の袖を捲ると、最初は手首が少し変色して腫れていただけだったのが、今や上腕まで青紫色に染まっている。

「これは、随分と強烈な毒だな。よくここまで我慢したものだ。」

 そう言うと、尾定は聡に蓮花の花弁を食ませ、毒消しの薬草を取り出した。聡はすでに息も絶え絶えの状態だ。
 潤也は、薬草が揉み崩しされ腕に貼り付けられていくのを、以前俺がそうだったように不信な目で見つめている。

「……あの……そんなので本当に大丈夫ですか?」
「お前、妖を知っているようだが、人界にはない妖の毒にやられて、人界の薬が効くと思うのか。」

 尾定は前回と同じ様に応える。

「大丈夫だよ。妖界の薬は本当によく効くから。」

 俺がそう言うと、潤也は口を噤んで、心配そうに聡を見た。

 結局、聡は経過観察のため、一晩本家に泊まることになった。
 聡を一人で残していくわけにもいかず俺も泊まることにすると、潤也も自分も泊まると言い出た。結局その日の夜は、三人揃って本家に宿泊することとなったのだった。
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