21 / 297
妖界編
妖界の帝②
しおりを挟む
烏天狗の領地に辿り着き、大鷲のお兄さんを降りて早々、ハクに小走りで駆け寄ってくる人物がいた。
黒い髪の青年で、凄く美麗な顔つきだ。身なりや所作からも、かなり地位の高い者だということは、妖界のことを何も知らない俺でも、何となくわかる。
「何故、翠雨様がこちらに……」
璃耀が苦々し気な表情を浮かべている。
黒髪の貴人は翠雨と言うらしい。
どうやら、大鷲のお兄さんが言っていた通り、ハクを心配してやってきたのだろう。
ということは、事情聴取に要注意人物が一人増えたということだ。
「白月様。ご無事で本当に良かった。」
「……心配かけてごめんね。でも、仕事は大丈夫?」
ハクは翠雨と思われる貴人の後ろに控える人物に目を向ける。
「白月様の無事を御自身の目で確かめるまで仕事など手に着かぬと仰るので。」
「……ごめんね、蝣仁。」
困ったような表情を浮かべる翠雨の側近に、ハクは小さく息を吐きながらそう言った。
それから、翠雨に目を戻す。
「私は大丈夫だから、京と宮中を守っていてくれると助かるんだけど……私もすぐに戻るし。」
「すぐに戻られるのならば、それまでは私もお供いたします。私の居ないときに限って問題ごとに巻き込まれるのでは、落ち着いて仕事もできません。」
翠雨はそう言うと、チラッと璃耀の方に目を向けた。
「蔵人頭殿がもう少ししっかりしてくれさえすれば、このような心配をせずに済むのでしょうが。」
……これだけの衆人環視の元、こんなあからさまに嫌味を言うなんて……
こんな者相手に、俺は、事情聴取を受けなければならないのだろうか……
胃がチクチクと痛む。
そう思っていると、璃耀は能面のような顔のまま口元にだけ笑みを浮かべた。
「組織再編時に、もう少し翠雨様がしっかり各人の確認をしてくださっていたら、起こらなかった問題かもしれませんよ。」
璃耀の表情と声音にゾワっとする。
……翠雨様って、ハクの次に偉いんだよね……? そんなことを言っていいのだろうか……
しかし、翠雨はそれに平然と応じる。
「そのようなこと、私の立場で出来るわけがなかろう。白月様に近づく者の精査くらい、其方ができずにどうする。」
「御自分の配下の確認くらいできずにどうします。」
何だかヒートアップしていきそうでヒヤヒヤする。
誰か止めたほうが良いのでは、と周囲を見渡すと、ハクも皆も、困ったような、呆れたような顔で二人を見ていた。
すぐ近くで、ぼそっと
「またか……」
と小さく呟く宇柳の声が聞こえる。
「……あの、止めなくていいんですか?」
小声で宇柳に聞くと、
「白月様に次ぐ地位に居る御二方だ。止められると思うか?」
と困ったように返された。
「……宇柳さん、事情聴取、大丈夫ですかね……?」
繰り広げられる言葉の応酬を眺めながらそう言ってみたが、宇柳からは曖昧な唸り声しか返ってこなかった。
「白月。」
唐突に別方向から低い声が響いてきて、驚いて振り返ると、烏天狗に囲まれた壮齢の男が俺達の横を通り過ぎ、ハクに歩み寄ろうとしているのが目に入った。
翠雨と璃耀はピタリと口論をやめて、一歩ハクの後ろに下がる。
「首領。こちらの領地にご迷惑をおかけし、申し訳ありません。」
「いや。状況は聞いた。こちらにも不手際のあったことだ。お詫び申し上げる。」
この人が、烏天狗の首領か……
ハクに比べると、随分と威厳がある。
そんなことをぼんやりと考えながら、ふと烏天狗の首領の周囲に目を向けると、以前宇柳と共に居た夜凌の姿が見えた。
向こうもこちらに気づいたのか、驚いたような表情を浮かべる。
ペコリと軽く会釈すると、夜凌もそれに応じてくれた。
「これから事情を知る者に話聞くのだと聞いた。私も同席させてもらいたい。」
首領がそう言うと、璃耀がハクの後ろで首を横に振る。
「少々込み入った話になるやもしれません。少しの間だけで結構です。まずは、白月様に親しい者だけで話させていただけませんか。」
「私が同席することに何か不都合があると申すか。」
璃耀はチラとハクに目を向ける。同じように首領がハクに目を向けると、ハクは小さく首を振る。
「不都合はありません。ただ、少しだけ、気持ちの整理をする時間をください……」
と呟くように言った。
烏天狗の領地の中心部は、大きな崖にたくさんの洞窟が空いた不思議な作りになっていた。
洞窟の一つひとつが住居や施設になっているようで、多くの烏天狗が穴から出たり入ったりしている。
何処だったかは覚えていないが、海外のどこかにこれに似た場所があったような気がする。
俺達は、来たときと同じように、大鷲のお兄さんの背に載せてもらって飛び上がり、崖の上部にある穴に通された。
洞窟の中とは思えないくらい、中は綺麗に整えられていて、美しい絵の描かれた襖が並んでいる。
その奥に、開け放たれた畳敷きの部屋があった。
「どうぞ、こちらをご使用ください。我らは入口近くで警備をいたします。お声掛け頂きましたら、首領をお連れいたします。」
案内してくれた烏天狗は、そう言うと、パタリと襖を閉じて去っていった。
部屋に残されたのは、ハク、翠雨、蝣仁と呼ばれていた翠雨の側近、璃耀、蒼穹、宇柳、和麻に、和麻の予想通り、蒼穹の腹心という藤嵩。更にハクの護衛に凪と桔梗という女性二人がついていた。
ちなみに凪と桔梗の二人は、ハクが戻った時に抱きつかんばかりの勢いで涙目で迎え入れていたので、相当な忠臣なのだろうと勝手に思っている。
ハクを上座に、凪と桔梗が左右背後に控え、それ以外がハクの前、左右に座っていく中、事情を聞かれる、宇柳、和麻、そして俺は、真ん中に揃って座らされた。
宇柳は青い顔をしているし、和麻に至ってはそれ以上に蒼白だ。このまま倒れるのではと心配になる。
かく言う俺も、ずっと胃が痛い。
「もう少し人数を絞っても良いくらいですが……」
璃耀はチラッと翠雨を見て言ったが、翠雨は璃耀を見向きもしない。璃耀はハアと一つ息を吐く。
「宇柳らが白月様と出てきた時に、白月様のご様子がいつもと異なっていたのです。状況整理は烏天狗が居たほうが良いのですが、捕らえられている間に白月様に起こったことを把握しておきたいのです。」
「そこの少年は?」
翠雨が怪訝な表情でこちらを見る。地位の高い者にそんな視線を向けられて身を縮めていると、隣にいた和麻が蒼白な顔のまま、意を決したように声を上げてくれた。
「発言をお許し頂けますか。翠雨様。」
翠雨が頷くと、和麻はチラと俺の方を見たあとに言葉を続ける。
「この少年は白月様と共に捕らえられておりました。地面から牢に入ったのですが、あの……私の本来の姿が恐ろしかったようで、白月様がその……大層怯えていらっしゃって……」
和麻は眉尻を下げ、言いにくそうにハクを見る。
「……ごめんね、和麻……味方だと思わなくて……」
……いや、あれは、味方だと思わなかったから怯えていたわけではないのだろうけど……
和麻もそれはわかっているようで、困ったような笑みをハクに返す。何だか凄くいたたまれない気持ちになる。
「あの……それで、この少年は私から白月様を守ろうとしていたのです。あの場から逃げ出す際にも手を貸してくれました。白月様への害意は恐らくございません。」
自分も上位者に対して緊張しているだろうに、こんな風に守ろうとしてくれる大人がいるのはとても心強い。
俺が和麻に尊敬の念を抱いていると、翠雨が検分するような目をこちらに向けた。
最初の璃耀と同じような目だ。
「其方は何故捕らえられていた?」
翠雨に問われ、コクリとつばを飲み込む。
「……あの……よくわかりません……でも、俺、人界で結界の綻びを閉じる役割を与えられてて、もしかしたらその関係かもと……」
柊士や本家が関係しているんだとすれば、間違ったことは言っていないだろう。
「……結界を閉じる役割? 白月様を捕らえた理由もそれか?」
翠雨が顎に手を当てると、和麻はゆっくり首を横に振る。
「……いえ、もう少し深い理由があるように見受けられました。」
和麻の返答に、璃耀が眉を顰める。
「深い理由とは?」
和麻は一度、眉尻を下げてハクに目を向けた。
当のハクは顔を強張らせている。できたら口に出してほしくないと、そう願っているのかもしれない。
しかし、璃耀はハクの顔を確認した上で尚、
「答えよ。」
と先を促す。
和麻は気遣うような視線をハクに向けたあと、躊躇いがちに口を開いた。
「……敵方のうち、一人が白月様を結と呼び、連れ戻すのだと……結を返せと、申していました。」
「結? それに、返せとは……一体何者だ?」
蒼穹が眉根を寄せて尋ねると、今度は宇柳が口を開く。
「……何者かはわかりませんが、陽の気の使い手であることは確認ができています。実際に陽の気を浴びせられかけたので……」
それに翠雨が唸り声を上げる。
「人界の者ということか?」
「わかりません。ただ、陽の気を使えるとすれば恐らく……何れにせよ、あの者は、白月様を執拗に取り戻そうとしているようでした。」
宇柳も和麻と同じように、気遣うようにハクを見やる。それに釣られるように、皆の視線がハクに向いた。
「白月様にお心あたりは?」
璃耀の言葉に、ハクが俯く。
「……わからない。」
「お心あたりが無いのではなく、わからないのですか?」
ハクはそれに小さく頷く。
「では、結というのは?」
今度は、小さく首を横に振った。
その手が、膝の上でギュッと握られている。
本人は答えたくないし、思い出したくないのだ。
これ以上追求するのはあまりにも可哀想だ。
「あ、あの……ハク……月様は思い出したくないと言っていたんです。これ以上は……」
勇気を出してそう言うと、璃耀は厳しい目をこちらに向ける。
「敵を取り逃した以上、攫った者が白月様に執着しているのならば、何者で何が目的なのかを特定せねばならぬ。再び白月様が拐かされるようなことは防がねばならぬのだ。」
「……でも……」
ハクは、俯いたまま口を噤んで動かない。
でも、人界に居たときのことを思い出そうとすると、胸が苦しくなると言っていたのだ。
何がそうさせるのかはわからないけど、あんまり無理やり聞き出すようなことはしないほうがいいと思う。
「……ハク。あのさ、俺が知ってることをこの人達に話して良いなら、俺が説明するから、ハクは少し席を外してたら? ……その、なんか辛そうだし……胸が苦しくなるって……不快になるって言ってたでしょ?」
すると、白月の護衛をしていた女性の一人が不意に屈んで、ハクの肩を包むように両手を置いた。
「白月様、そういたしましょう。随分お辛そうです。少し、お休みしましょう。」
「凪。」
璃耀は咎めるような声を出す。
しかし、凪は眉尻を下げて、ゆっくり首を横に振った。
「璃耀様。お気持ちはわかりますが、これほどお辛そうなご様子は見ていられません。どうか、少しお時間をください。……さあ、白月様。」
凪は、そう言うと、ハクに席を立つように促す。
しかし、ハクは先程と同じようにその場に俯いて座したまま動こうとしない。
「……奏太は、結が誰か知ってるって言ったよね。」
不意に、ハクが口を開く。
「うん……言ったけど……」
そう答えると、ハクは握りしめていた手をそっと開いて見つめたあと、覚悟を決めたように、俺の方に目を向けた。
「……このまま説明して。私も聞きたい。」
凪は気遣うような視線をハクに向ける。
「白月様、しかし……」
「このままモヤモヤを抱えていられないの。聞いたら少しはスッキリするかもしれない。」
……本当にそうだろうか。
俺も大したことを知っているわけじゃない。余計にモヤモヤを募らせるだけになるかもしれない。
それに、あれ程まで、結のことに拒否反応を示していたのに、本当に大丈夫なのだろうか……
「……大丈夫なの?」
そう問いかけると、ハクは心中を押し殺すように、小さく笑顔を作ってこちらにむけた。
「うん。大丈夫じゃなくなったら、席を外すよ。奏太の知ってること、聞かせて。」
黒い髪の青年で、凄く美麗な顔つきだ。身なりや所作からも、かなり地位の高い者だということは、妖界のことを何も知らない俺でも、何となくわかる。
「何故、翠雨様がこちらに……」
璃耀が苦々し気な表情を浮かべている。
黒髪の貴人は翠雨と言うらしい。
どうやら、大鷲のお兄さんが言っていた通り、ハクを心配してやってきたのだろう。
ということは、事情聴取に要注意人物が一人増えたということだ。
「白月様。ご無事で本当に良かった。」
「……心配かけてごめんね。でも、仕事は大丈夫?」
ハクは翠雨と思われる貴人の後ろに控える人物に目を向ける。
「白月様の無事を御自身の目で確かめるまで仕事など手に着かぬと仰るので。」
「……ごめんね、蝣仁。」
困ったような表情を浮かべる翠雨の側近に、ハクは小さく息を吐きながらそう言った。
それから、翠雨に目を戻す。
「私は大丈夫だから、京と宮中を守っていてくれると助かるんだけど……私もすぐに戻るし。」
「すぐに戻られるのならば、それまでは私もお供いたします。私の居ないときに限って問題ごとに巻き込まれるのでは、落ち着いて仕事もできません。」
翠雨はそう言うと、チラッと璃耀の方に目を向けた。
「蔵人頭殿がもう少ししっかりしてくれさえすれば、このような心配をせずに済むのでしょうが。」
……これだけの衆人環視の元、こんなあからさまに嫌味を言うなんて……
こんな者相手に、俺は、事情聴取を受けなければならないのだろうか……
胃がチクチクと痛む。
そう思っていると、璃耀は能面のような顔のまま口元にだけ笑みを浮かべた。
「組織再編時に、もう少し翠雨様がしっかり各人の確認をしてくださっていたら、起こらなかった問題かもしれませんよ。」
璃耀の表情と声音にゾワっとする。
……翠雨様って、ハクの次に偉いんだよね……? そんなことを言っていいのだろうか……
しかし、翠雨はそれに平然と応じる。
「そのようなこと、私の立場で出来るわけがなかろう。白月様に近づく者の精査くらい、其方ができずにどうする。」
「御自分の配下の確認くらいできずにどうします。」
何だかヒートアップしていきそうでヒヤヒヤする。
誰か止めたほうが良いのでは、と周囲を見渡すと、ハクも皆も、困ったような、呆れたような顔で二人を見ていた。
すぐ近くで、ぼそっと
「またか……」
と小さく呟く宇柳の声が聞こえる。
「……あの、止めなくていいんですか?」
小声で宇柳に聞くと、
「白月様に次ぐ地位に居る御二方だ。止められると思うか?」
と困ったように返された。
「……宇柳さん、事情聴取、大丈夫ですかね……?」
繰り広げられる言葉の応酬を眺めながらそう言ってみたが、宇柳からは曖昧な唸り声しか返ってこなかった。
「白月。」
唐突に別方向から低い声が響いてきて、驚いて振り返ると、烏天狗に囲まれた壮齢の男が俺達の横を通り過ぎ、ハクに歩み寄ろうとしているのが目に入った。
翠雨と璃耀はピタリと口論をやめて、一歩ハクの後ろに下がる。
「首領。こちらの領地にご迷惑をおかけし、申し訳ありません。」
「いや。状況は聞いた。こちらにも不手際のあったことだ。お詫び申し上げる。」
この人が、烏天狗の首領か……
ハクに比べると、随分と威厳がある。
そんなことをぼんやりと考えながら、ふと烏天狗の首領の周囲に目を向けると、以前宇柳と共に居た夜凌の姿が見えた。
向こうもこちらに気づいたのか、驚いたような表情を浮かべる。
ペコリと軽く会釈すると、夜凌もそれに応じてくれた。
「これから事情を知る者に話聞くのだと聞いた。私も同席させてもらいたい。」
首領がそう言うと、璃耀がハクの後ろで首を横に振る。
「少々込み入った話になるやもしれません。少しの間だけで結構です。まずは、白月様に親しい者だけで話させていただけませんか。」
「私が同席することに何か不都合があると申すか。」
璃耀はチラとハクに目を向ける。同じように首領がハクに目を向けると、ハクは小さく首を振る。
「不都合はありません。ただ、少しだけ、気持ちの整理をする時間をください……」
と呟くように言った。
烏天狗の領地の中心部は、大きな崖にたくさんの洞窟が空いた不思議な作りになっていた。
洞窟の一つひとつが住居や施設になっているようで、多くの烏天狗が穴から出たり入ったりしている。
何処だったかは覚えていないが、海外のどこかにこれに似た場所があったような気がする。
俺達は、来たときと同じように、大鷲のお兄さんの背に載せてもらって飛び上がり、崖の上部にある穴に通された。
洞窟の中とは思えないくらい、中は綺麗に整えられていて、美しい絵の描かれた襖が並んでいる。
その奥に、開け放たれた畳敷きの部屋があった。
「どうぞ、こちらをご使用ください。我らは入口近くで警備をいたします。お声掛け頂きましたら、首領をお連れいたします。」
案内してくれた烏天狗は、そう言うと、パタリと襖を閉じて去っていった。
部屋に残されたのは、ハク、翠雨、蝣仁と呼ばれていた翠雨の側近、璃耀、蒼穹、宇柳、和麻に、和麻の予想通り、蒼穹の腹心という藤嵩。更にハクの護衛に凪と桔梗という女性二人がついていた。
ちなみに凪と桔梗の二人は、ハクが戻った時に抱きつかんばかりの勢いで涙目で迎え入れていたので、相当な忠臣なのだろうと勝手に思っている。
ハクを上座に、凪と桔梗が左右背後に控え、それ以外がハクの前、左右に座っていく中、事情を聞かれる、宇柳、和麻、そして俺は、真ん中に揃って座らされた。
宇柳は青い顔をしているし、和麻に至ってはそれ以上に蒼白だ。このまま倒れるのではと心配になる。
かく言う俺も、ずっと胃が痛い。
「もう少し人数を絞っても良いくらいですが……」
璃耀はチラッと翠雨を見て言ったが、翠雨は璃耀を見向きもしない。璃耀はハアと一つ息を吐く。
「宇柳らが白月様と出てきた時に、白月様のご様子がいつもと異なっていたのです。状況整理は烏天狗が居たほうが良いのですが、捕らえられている間に白月様に起こったことを把握しておきたいのです。」
「そこの少年は?」
翠雨が怪訝な表情でこちらを見る。地位の高い者にそんな視線を向けられて身を縮めていると、隣にいた和麻が蒼白な顔のまま、意を決したように声を上げてくれた。
「発言をお許し頂けますか。翠雨様。」
翠雨が頷くと、和麻はチラと俺の方を見たあとに言葉を続ける。
「この少年は白月様と共に捕らえられておりました。地面から牢に入ったのですが、あの……私の本来の姿が恐ろしかったようで、白月様がその……大層怯えていらっしゃって……」
和麻は眉尻を下げ、言いにくそうにハクを見る。
「……ごめんね、和麻……味方だと思わなくて……」
……いや、あれは、味方だと思わなかったから怯えていたわけではないのだろうけど……
和麻もそれはわかっているようで、困ったような笑みをハクに返す。何だか凄くいたたまれない気持ちになる。
「あの……それで、この少年は私から白月様を守ろうとしていたのです。あの場から逃げ出す際にも手を貸してくれました。白月様への害意は恐らくございません。」
自分も上位者に対して緊張しているだろうに、こんな風に守ろうとしてくれる大人がいるのはとても心強い。
俺が和麻に尊敬の念を抱いていると、翠雨が検分するような目をこちらに向けた。
最初の璃耀と同じような目だ。
「其方は何故捕らえられていた?」
翠雨に問われ、コクリとつばを飲み込む。
「……あの……よくわかりません……でも、俺、人界で結界の綻びを閉じる役割を与えられてて、もしかしたらその関係かもと……」
柊士や本家が関係しているんだとすれば、間違ったことは言っていないだろう。
「……結界を閉じる役割? 白月様を捕らえた理由もそれか?」
翠雨が顎に手を当てると、和麻はゆっくり首を横に振る。
「……いえ、もう少し深い理由があるように見受けられました。」
和麻の返答に、璃耀が眉を顰める。
「深い理由とは?」
和麻は一度、眉尻を下げてハクに目を向けた。
当のハクは顔を強張らせている。できたら口に出してほしくないと、そう願っているのかもしれない。
しかし、璃耀はハクの顔を確認した上で尚、
「答えよ。」
と先を促す。
和麻は気遣うような視線をハクに向けたあと、躊躇いがちに口を開いた。
「……敵方のうち、一人が白月様を結と呼び、連れ戻すのだと……結を返せと、申していました。」
「結? それに、返せとは……一体何者だ?」
蒼穹が眉根を寄せて尋ねると、今度は宇柳が口を開く。
「……何者かはわかりませんが、陽の気の使い手であることは確認ができています。実際に陽の気を浴びせられかけたので……」
それに翠雨が唸り声を上げる。
「人界の者ということか?」
「わかりません。ただ、陽の気を使えるとすれば恐らく……何れにせよ、あの者は、白月様を執拗に取り戻そうとしているようでした。」
宇柳も和麻と同じように、気遣うようにハクを見やる。それに釣られるように、皆の視線がハクに向いた。
「白月様にお心あたりは?」
璃耀の言葉に、ハクが俯く。
「……わからない。」
「お心あたりが無いのではなく、わからないのですか?」
ハクはそれに小さく頷く。
「では、結というのは?」
今度は、小さく首を横に振った。
その手が、膝の上でギュッと握られている。
本人は答えたくないし、思い出したくないのだ。
これ以上追求するのはあまりにも可哀想だ。
「あ、あの……ハク……月様は思い出したくないと言っていたんです。これ以上は……」
勇気を出してそう言うと、璃耀は厳しい目をこちらに向ける。
「敵を取り逃した以上、攫った者が白月様に執着しているのならば、何者で何が目的なのかを特定せねばならぬ。再び白月様が拐かされるようなことは防がねばならぬのだ。」
「……でも……」
ハクは、俯いたまま口を噤んで動かない。
でも、人界に居たときのことを思い出そうとすると、胸が苦しくなると言っていたのだ。
何がそうさせるのかはわからないけど、あんまり無理やり聞き出すようなことはしないほうがいいと思う。
「……ハク。あのさ、俺が知ってることをこの人達に話して良いなら、俺が説明するから、ハクは少し席を外してたら? ……その、なんか辛そうだし……胸が苦しくなるって……不快になるって言ってたでしょ?」
すると、白月の護衛をしていた女性の一人が不意に屈んで、ハクの肩を包むように両手を置いた。
「白月様、そういたしましょう。随分お辛そうです。少し、お休みしましょう。」
「凪。」
璃耀は咎めるような声を出す。
しかし、凪は眉尻を下げて、ゆっくり首を横に振った。
「璃耀様。お気持ちはわかりますが、これほどお辛そうなご様子は見ていられません。どうか、少しお時間をください。……さあ、白月様。」
凪は、そう言うと、ハクに席を立つように促す。
しかし、ハクは先程と同じようにその場に俯いて座したまま動こうとしない。
「……奏太は、結が誰か知ってるって言ったよね。」
不意に、ハクが口を開く。
「うん……言ったけど……」
そう答えると、ハクは握りしめていた手をそっと開いて見つめたあと、覚悟を決めたように、俺の方に目を向けた。
「……このまま説明して。私も聞きたい。」
凪は気遣うような視線をハクに向ける。
「白月様、しかし……」
「このままモヤモヤを抱えていられないの。聞いたら少しはスッキリするかもしれない。」
……本当にそうだろうか。
俺も大したことを知っているわけじゃない。余計にモヤモヤを募らせるだけになるかもしれない。
それに、あれ程まで、結のことに拒否反応を示していたのに、本当に大丈夫なのだろうか……
「……大丈夫なの?」
そう問いかけると、ハクは心中を押し殺すように、小さく笑顔を作ってこちらにむけた。
「うん。大丈夫じゃなくなったら、席を外すよ。奏太の知ってること、聞かせて。」
0
あなたにおすすめの小説
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜
美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊
ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め…
※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
異世界で農業を -異世界編-
半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。
そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる