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妖界編
閑話 ―side.璃耀 : 白月の迎え②―
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獺は、白月と璃耀の話を目を丸くしながら聞いていた。
「あの方が守った朝廷に仕えるのですか……?」
そんな提案をされると思っていなかったのか、呆然とそう呟く。
そんな提案を白月がすると思わなかったのは璃耀も同様なのだが、受け止め方は全くの逆だ。
「私なんぞが、宜しいのですか……?」
獺が期待と不安が入り混じった表情でそう言うと、白月は璃耀にチラッと目を向けて睨むように牽制したあと
「もちろん。」
とニコリと獺に笑いかけた。
「白月様。一体、なんの役をお与えになるおつもりですか。そもそも人の姿になれなければ、京にも入れませんよ。」
璃耀がそう言うと、獺は首を傾げたあと、その場でくるんと回って見せる。瞬く間に、そこには粗末な着物に身を包んだ背の高い赤茶の髪の女が姿を現した。
……人になれるのか……
思惑が外れて苦い思いが湧き上がる。
逆に白月は、
「女の子だったんだ!」
と何だか嬉しそうだ。
「それなら、桐の下についてもらうのが良いんじゃないかな?」
「御側に置くおつもりですか!?」
「……ダメ?」
桐とは、白月の世話係だ。
白月の身の回りの世話をする者の中に、得体のしれない獺を迎え入れるなど、到底許容できない。
……この御方は、帝位に就く前とは状況が違うと何度言えば理解してくれるのだろうか……もう少し自衛の術と意識を持ってもらわねば、こちらの身がもたない。
「白月様の側近くに普段からお仕えする者は、近衛も含め検非違使に身辺調査を完璧にさせ、私と翠雨様が許可した者しか就けぬようにしているのです。少なくとも今の状況では許可は出せませんし、翠雨様も応とは仰らないはずです。」
「……じゃあ、何だったらいいの?」
膨れ面の主上に、璃耀はハアと息を吐く。
……この場で問答を繰り返して自分の側近くに召し抱えると言い張られるよりは、いったん身柄をこちらで預かって棚上げする方がいいだろう。
「……仕方がありません。ひとまず、私がお預かりします。」
面倒だが、後で浩あたりに適正を見定めさせて、どこに身柄を置くかを考えるしかなさそうだ……
獺の処遇がいったん決まったところで、様子を伺っていた宇柳がこちらへ来て膝をつく。
「璃耀様、かなり深く刻んであるようで、あれを崩すには専用の道具がないと厳しいのでは、と。」
「では、其方らに任せる。軍の責任の下、早急に処理せよ。」
「承知いたしました。」
指示を出すと、宇柳は手早くこちらへ残る者と、京へ共に戻る者を捌いていく。
「では、戻りましょう。白月様。」
そう声をかけると、白月はコクリと頷いた。
さて、結局、完全に夜が明けてしまった。
ようやく幻妖宮の門を潜ると、そこでは心配そうにソワソワする翠雨が待ち構えていて、白月が凪から降りるやいなや、パタパタと駆け寄ってくる。
「白月様。」
「心配かけてごめんね、カミちゃん。」
「……帰ってきて下さって、本当に良かった……」
翠雨は白月の手を取り、心底ほっとしたように俯き息を吐きだす。
「うん。ごめん。」
「もう誰にも言わず抜け出すようなことは……」
「うん。もうしない。約束するよ。」
翠雨は小さく微笑み、スッと握った白月の手を離す。
「それでその……そのお荷物は一体……」
翠雨は白月の後ろで奇妙な形の袋を持つ桔梗に目をむける。
白月が自分で背負って行こうとしたので、無理やり降ろさせ、桔梗に持たせたのだ。
中に何が入っているかは璃耀も知らない。
「妖界に来てから、あればいいのにって思ったものを詰め込んできたの。見本があれば作れるかなって。」
どうやら自分が使うだけではなく、人界の便利なものをこちらで作らせる気らしい。
それで妖界が豊かになるならば歓迎すべきことなのだろうが、向こうしばらく忙しくなりそうで頭痛がする。
「そうでしたか。良いものが出来て、京に早く広まると良いですね。」
翠雨は完全に他人事だ。全てこちらにやらせる気なのだろう。
……さっさと適当な寮をあてがって押し付けねば、通常業務が回らぬな……
さて一体どこに押し付けようか、と考えていると、翠雨は安心した表情でニコリと笑う。
「さあ、お疲れになったでしょう。お部屋でゆっくりお休みください。凪、桔梗、白月様を頼むぞ。」
「はい。参りましょう。白月様。」
翠雨は白月を凪と桔梗に任せて見送ると、ふう、とひとつ息を吐きだす。
しかし白月の姿が見えなくなると一転、イライラしたように璃耀に目を向けた。
「朝までに帰ると言っただろう。待ちかねたぞ。」
「ええ、ですから朝に帰ったではありませんか。」
「朝までに、というからには夜明け前に帰ってこい。どれ程ここで待ったと思っている。」
「お部屋でお待ちになっていれば宜しかったでしょう。」
「あのような形で出ていかれたのに、部屋でじっとしていられるわけがなかろう。それから、そこの者は一体何だ?」
翠雨はそう言うと、宮中に似合わぬ粗末な着物のままキョロキョロともの珍しそうに周囲を見回す獺を顎で示す。
「……白月様が拾って来られたのです。」
「拾った?」
「恐らく危険はないとは思いますが、調査させた上で宮中に置きます。」
「あれを宮中にか?」
翠雨は訝しげに獺を見やる。
「白月様がお望みなのです。異論があるのならば、翠雨様が白月様を説得してください。私の話は聞いてくださらなかったので。」
璃耀がそう言うと、翠雨は眉根を寄せたあと、ハアと息を吐いた。
「其方の話も聞かぬのに、私の話を聞いてくださるとは思えぬ。其方の責任の下、しっかり管理しておけよ。」
……これも丸投げする気らしい。
獺に関しては自分が預かると言った以上どうにかするつもりではあるが、どうにも仕事が積み上がっていく。
「それにしても、こちらで物を作らせ、妖界を豊かにしていこうとお考えになっていることが分かって安心した。」
「……御自分が便利になればと思っているだけで、そこまで深くは考えていらっしゃらないと思いますが。」
「それでも、少なくとも人界に戻ろうなどとは考えていらっしゃらないということだろう。」
……確かに、路頭に迷いそうになった者を抱え込み、ここでの暮らしを便利にしようと思っているということは、そう捉えて良いのだろう。
「頼むから、もう見失わないでくれよ、蔵人頭殿。」
翠雨はそう言うと、ぽんと璃耀の肩を叩き踵を返して戻っていった。
璃耀は蒼穹に結界の穴についての指示を出し浩に獺を押し付けると、白月の様子を確認するために主の部屋へ向かう。
凪か桔梗に部屋へ戻ったあとの様子を聞ければそれで良いと考えていたのだが、白月の部屋に差し掛かる前に、桐の叫ぶような声が響いてきた。
「白月様! いくらお部屋の中でも、そのような格好ではいけません!」
内容から考えるに緊急事態では無さそうだが、確かめないわけにはいかない。
「白月様、どうなさいましたか?」
部屋の扉の前に移動して膝をつき声をかけると、バッと勢いよく扉が開く。
そこには、太ももが露わになるほどに短い、袴のような履物に、袖の殆ど無い衣を纏った白月が立っていた。
驚きに目を見張っていると、白月は頬を膨らませ璃耀を見下ろす。
「璃耀も桐に言ってよ! 部屋の中でくらい楽な格好で寝たいの!」
「白月様! そのような姿でお部屋の外に出てはなりません! ましてや殿方の前に出るなど、とんでもございません!」
桐は慌てたように白月を部屋に引き戻そうとしている。
部屋を警護していた近衛達も目を大きく見開いたあと、戸惑うようにキョドキョドと視線を彷徨わせている。
璃耀は今日何度目か分からない溜息を、ハァー、と深く吐き出してから立ち上がり、桐ごと白月を部屋に押し込む。
出来たら自分もさっさと休みたいのだが、まだまだ処理しなければならないことが残っている。
ようやく戻られた主上と世話係が言い争うのを、璃耀は途方に暮れながら眺めた。
「あの方が守った朝廷に仕えるのですか……?」
そんな提案をされると思っていなかったのか、呆然とそう呟く。
そんな提案を白月がすると思わなかったのは璃耀も同様なのだが、受け止め方は全くの逆だ。
「私なんぞが、宜しいのですか……?」
獺が期待と不安が入り混じった表情でそう言うと、白月は璃耀にチラッと目を向けて睨むように牽制したあと
「もちろん。」
とニコリと獺に笑いかけた。
「白月様。一体、なんの役をお与えになるおつもりですか。そもそも人の姿になれなければ、京にも入れませんよ。」
璃耀がそう言うと、獺は首を傾げたあと、その場でくるんと回って見せる。瞬く間に、そこには粗末な着物に身を包んだ背の高い赤茶の髪の女が姿を現した。
……人になれるのか……
思惑が外れて苦い思いが湧き上がる。
逆に白月は、
「女の子だったんだ!」
と何だか嬉しそうだ。
「それなら、桐の下についてもらうのが良いんじゃないかな?」
「御側に置くおつもりですか!?」
「……ダメ?」
桐とは、白月の世話係だ。
白月の身の回りの世話をする者の中に、得体のしれない獺を迎え入れるなど、到底許容できない。
……この御方は、帝位に就く前とは状況が違うと何度言えば理解してくれるのだろうか……もう少し自衛の術と意識を持ってもらわねば、こちらの身がもたない。
「白月様の側近くに普段からお仕えする者は、近衛も含め検非違使に身辺調査を完璧にさせ、私と翠雨様が許可した者しか就けぬようにしているのです。少なくとも今の状況では許可は出せませんし、翠雨様も応とは仰らないはずです。」
「……じゃあ、何だったらいいの?」
膨れ面の主上に、璃耀はハアと息を吐く。
……この場で問答を繰り返して自分の側近くに召し抱えると言い張られるよりは、いったん身柄をこちらで預かって棚上げする方がいいだろう。
「……仕方がありません。ひとまず、私がお預かりします。」
面倒だが、後で浩あたりに適正を見定めさせて、どこに身柄を置くかを考えるしかなさそうだ……
獺の処遇がいったん決まったところで、様子を伺っていた宇柳がこちらへ来て膝をつく。
「璃耀様、かなり深く刻んであるようで、あれを崩すには専用の道具がないと厳しいのでは、と。」
「では、其方らに任せる。軍の責任の下、早急に処理せよ。」
「承知いたしました。」
指示を出すと、宇柳は手早くこちらへ残る者と、京へ共に戻る者を捌いていく。
「では、戻りましょう。白月様。」
そう声をかけると、白月はコクリと頷いた。
さて、結局、完全に夜が明けてしまった。
ようやく幻妖宮の門を潜ると、そこでは心配そうにソワソワする翠雨が待ち構えていて、白月が凪から降りるやいなや、パタパタと駆け寄ってくる。
「白月様。」
「心配かけてごめんね、カミちゃん。」
「……帰ってきて下さって、本当に良かった……」
翠雨は白月の手を取り、心底ほっとしたように俯き息を吐きだす。
「うん。ごめん。」
「もう誰にも言わず抜け出すようなことは……」
「うん。もうしない。約束するよ。」
翠雨は小さく微笑み、スッと握った白月の手を離す。
「それでその……そのお荷物は一体……」
翠雨は白月の後ろで奇妙な形の袋を持つ桔梗に目をむける。
白月が自分で背負って行こうとしたので、無理やり降ろさせ、桔梗に持たせたのだ。
中に何が入っているかは璃耀も知らない。
「妖界に来てから、あればいいのにって思ったものを詰め込んできたの。見本があれば作れるかなって。」
どうやら自分が使うだけではなく、人界の便利なものをこちらで作らせる気らしい。
それで妖界が豊かになるならば歓迎すべきことなのだろうが、向こうしばらく忙しくなりそうで頭痛がする。
「そうでしたか。良いものが出来て、京に早く広まると良いですね。」
翠雨は完全に他人事だ。全てこちらにやらせる気なのだろう。
……さっさと適当な寮をあてがって押し付けねば、通常業務が回らぬな……
さて一体どこに押し付けようか、と考えていると、翠雨は安心した表情でニコリと笑う。
「さあ、お疲れになったでしょう。お部屋でゆっくりお休みください。凪、桔梗、白月様を頼むぞ。」
「はい。参りましょう。白月様。」
翠雨は白月を凪と桔梗に任せて見送ると、ふう、とひとつ息を吐きだす。
しかし白月の姿が見えなくなると一転、イライラしたように璃耀に目を向けた。
「朝までに帰ると言っただろう。待ちかねたぞ。」
「ええ、ですから朝に帰ったではありませんか。」
「朝までに、というからには夜明け前に帰ってこい。どれ程ここで待ったと思っている。」
「お部屋でお待ちになっていれば宜しかったでしょう。」
「あのような形で出ていかれたのに、部屋でじっとしていられるわけがなかろう。それから、そこの者は一体何だ?」
翠雨はそう言うと、宮中に似合わぬ粗末な着物のままキョロキョロともの珍しそうに周囲を見回す獺を顎で示す。
「……白月様が拾って来られたのです。」
「拾った?」
「恐らく危険はないとは思いますが、調査させた上で宮中に置きます。」
「あれを宮中にか?」
翠雨は訝しげに獺を見やる。
「白月様がお望みなのです。異論があるのならば、翠雨様が白月様を説得してください。私の話は聞いてくださらなかったので。」
璃耀がそう言うと、翠雨は眉根を寄せたあと、ハアと息を吐いた。
「其方の話も聞かぬのに、私の話を聞いてくださるとは思えぬ。其方の責任の下、しっかり管理しておけよ。」
……これも丸投げする気らしい。
獺に関しては自分が預かると言った以上どうにかするつもりではあるが、どうにも仕事が積み上がっていく。
「それにしても、こちらで物を作らせ、妖界を豊かにしていこうとお考えになっていることが分かって安心した。」
「……御自分が便利になればと思っているだけで、そこまで深くは考えていらっしゃらないと思いますが。」
「それでも、少なくとも人界に戻ろうなどとは考えていらっしゃらないということだろう。」
……確かに、路頭に迷いそうになった者を抱え込み、ここでの暮らしを便利にしようと思っているということは、そう捉えて良いのだろう。
「頼むから、もう見失わないでくれよ、蔵人頭殿。」
翠雨はそう言うと、ぽんと璃耀の肩を叩き踵を返して戻っていった。
璃耀は蒼穹に結界の穴についての指示を出し浩に獺を押し付けると、白月の様子を確認するために主の部屋へ向かう。
凪か桔梗に部屋へ戻ったあとの様子を聞ければそれで良いと考えていたのだが、白月の部屋に差し掛かる前に、桐の叫ぶような声が響いてきた。
「白月様! いくらお部屋の中でも、そのような格好ではいけません!」
内容から考えるに緊急事態では無さそうだが、確かめないわけにはいかない。
「白月様、どうなさいましたか?」
部屋の扉の前に移動して膝をつき声をかけると、バッと勢いよく扉が開く。
そこには、太ももが露わになるほどに短い、袴のような履物に、袖の殆ど無い衣を纏った白月が立っていた。
驚きに目を見張っていると、白月は頬を膨らませ璃耀を見下ろす。
「璃耀も桐に言ってよ! 部屋の中でくらい楽な格好で寝たいの!」
「白月様! そのような姿でお部屋の外に出てはなりません! ましてや殿方の前に出るなど、とんでもございません!」
桐は慌てたように白月を部屋に引き戻そうとしている。
部屋を警護していた近衛達も目を大きく見開いたあと、戸惑うようにキョドキョドと視線を彷徨わせている。
璃耀は今日何度目か分からない溜息を、ハァー、と深く吐き出してから立ち上がり、桐ごと白月を部屋に押し込む。
出来たら自分もさっさと休みたいのだが、まだまだ処理しなければならないことが残っている。
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