将軍の宝玉

なか

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番外編 綴り

   二階建ての柔らかな色の壁の家。両隣に比べたら大きい。よく手入れされたその家の窓辺や玄関ポーチには色とりどりの花が咲き誇っていた。

   門の前で馬車を降りて、その門をくぐる。そのまま玄関の呼鈴に鳴らした旦那様は、勝手知ったる様子で扉を開けてしまう。
   誰も出迎えていないのに勝手に入っていいものか、ハラハラしながら、その背中に付いて行く。

   人の御宅にお邪魔するのは、初めてで緊張してしまう。
   玄関ホールで待っていると、奥から子供の声が聞こえてくる。パタパタと軽いふたつの足音と共に現れたのは、手を繋いだ淡いピンクのワンピースを着た、そっくりな2人の女の子。

「しょーぐんさまーいらっしゃいませーー!」

   こちらの姿を捉えて、離れた場所で足を止めると、声を揃えてぴょこんと頭を下げて挨拶をしてくれる。ぴったり揃った様子が可愛らしい。
   子供は大体近づいてこないし、大体泣かれるらしいが、この子達は別格で、旦那様のことが怖くないらしい。行きの馬車の中で聞いた通り、ニコニコしている。

「久しぶりだな」

「おじちゃんこんにちはー」

「こんにちは、はじめまして」

   そのキラキラした目が挨拶をしたこちらに向く。私で止まる視線。途端、ぴしりと固まってしまった。
   どうしたのだろう?初め会うからびっくりしたのだろうか?

   そう思って、怖がらせないようにぎこちなくだけど、もうちょっと笑顔をつくってみた。小さい子と接したことなんてないから、どうしたらいいかわからない。

   固まったままの2人に食い入るように見つめられること、しばし。

「お、」

「お?」

「王子様だー!!本物の王子様だー!
おかあさーん!!絵本から王子様が出てきたーー!」

   口々に奥に向かってそう叫んで、小さな嵐のように、あっという間に廊下を走って戻っていってしまった。唖然として動けないままの私の手を、旦那様がくつくつ笑って握り返してくれる。

「こら!お前たちご挨拶と案内もできないのか」

   奥からレイノルドの声と、きゃぁきゃあ楽しそうな声が聞こえる。

「行きましょうか」

   苦笑した旦那様に手を引かれて、廊下を歩く。どうやらここで待ってなくてもいいらしい。
   奥から2人の女の子をそれぞれ両腕に抱っこしたレイノルドが現れる。左右の肩に捕まって、キラキラした目でじっとこちらを見ている。

「すみませんね、躾がなってなくて。こちらにどうぞ。ちょうどチビがぐずっちゃってね。ナリスが出迎えられなかったんだ」

「ああ、ジャマする」

   居間に通されると、素朴で温かみのある部屋だった。子供たちのおもちゃが置いてある。新鮮な感じだ。

「シェリルノーラ様、一般庶民のうちなんて初めてでしょう?狭いとこですけど、遠慮なく、寛いで下さい。今お茶を出しますね」

   勧められたソファに旦那様と並んで腰掛けると、その向かいのソファに2人の子をレイノルドが下ろす。

「大きな声を出したり、騒いだりしない約束覚えてるか?いい子にしてられる?」

   優しく諭され、揃っていい返事を返した双子の頭をそれぞれ撫でて、奥に戻って行った背中を見送るが、どうしていいか分からない。
   2人はキラキラした目でじっとこっちをみてくる。目元はレイノルド似なんだな。しかし、これからどうしたらよいのだろう。
   困ったまま黙っていると、すぐにドアが開いて、こげ茶色の髪の優しそうな女性が現れた。

「ようこそおいで下さいました。主人がいつもお世話になっております。妻のナリスです」

柔らかな笑顔を浮かべる女性は挨拶をすると、一緒についてきたレイノルドも笑顔で彼女の肩を抱く。

「うちの自慢の奥さんです」

「シェリルノーラ・ワーグナーズです。先日はお見舞いありがとうございました。今日は招待いただきありがとうございます」

慌てて挨拶をすると、にっこりと笑顔で返される。

「まあまあ、招待だなんて。散らかってますけど、どうぞよかったら気楽にしてくださいね。お礼の品もあんなにいいものたくさん頂いて。逆に申し訳なくて。
   今日はクッキーを娘たちと焼いたんですよ。たくさん食べてくださいね」

 緊張している私に対して、距離を置きすぎることもなく親し気に話してくれるのが新鮮で、隣を仰ぎ見る。視線に気づいて、安心させるように軽く頷いてくれる。
   その表情だけで、肩に入っていた力が少し抜ける。その様子をみていたナリスがふふふと声をもらす。

「仲がおよろしいんですね。そんなワーグナーズ将軍のお顔、初めてみましたわ。素敵な方を伴侶にお迎えになられたんですね」

 お礼を言って頷く旦那様に、恥ずかしくなって少し赤くなっているうちにテーブルにお茶の準備が整う。
 おいしい紅茶や素朴な味のクッキーを楽しみながら、先日お礼に送った絵本や、今日手土産にお持ちした茶葉の話から、双子の日頃の出来事や今はお昼寝している先日生まれた男の子の成長など、たわいないおしゃべりで時間を過ごす。

   話下手な私でも、明るいナリスの話し方や、レイノルドのおかげで楽しく話をすることができた。旦那様はあまりしゃべらず、私を見守るように3人の話を聞いていた。
 
 双子たちは大人の話に飽きたのか、クッキーを食べた後は  少し離れたところで紙に落書きを始めてしまった。
   そっとその手元に視線をやると、絵なのか記号か文字なのか、ちょっと私には判別つかない。

   時々内緒話をしては、くすくす笑っている。その2人の目がこちらを見て、笑顔で手招きされる。

「王子様、こっちきて」
「こっちでこれみて、王子様」

   近寄って見てみても、何がかいてあるか分からない。

「なんて読むんですか?」

   降参して聞いてみる。

「王子様って書いたの。綴りあってる?王子様」

なんと、文字だったのか。

「王子様の綴りはこうですよ」

   どこがどう合ってるか分からないため、余白にペンを借りて書いてみせる。
   文字は小さい頃から寝込んだせいか、病が快方に向かってからようやく学ぶことができ、必死に覚えたのを思い出す。

   2人はちょっと違ったと言って、また2人で楽しそうに文字らしきものを書き始めた。

   しかし、さっきから王子様と呼ばれているが、王族の一員ではあったが王子ではないし、ちゃんと訂正した方がいいのではないか。夢を壊すようで申し訳ないけど。

「あのですね、残念ですが、私は王様の弟の息子で、王子様ではないんですよ。ごめんなさい」

   きょとんとした顔をされて、言わなくていい事を告げたかと、言ったそばから後悔しそうになる。
   黙って考えてる風の2人に、何と声をかけたらよいのか分からずにいると、2人同時にぱっと再び笑顔が浮かんだ。

「そっか!王子様、おじちゃんの奥様なんだもんね!奥様、奥様ってどう書くの?」

「奥様……」

   間違いではないのだけれど、呼ばれ慣れない言葉に、どう答えたらいいか分からず固まってしまう。
   顔がじわじわと熱くなる私をよそに、「間違いじゃありませんよね」と明るいレイノルドの笑い声が響いた。両親につられて双子もナリスさんも笑い出す。

   恥ずかしかったけど、居間を満たす暖かなその空気に私の頬も緩んだ。





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