29 / 50
28.見舞
ベッドから起きて動ける時間が増えてきた頃、もう夏の盛りは過ぎようとしていた。
落ちてしまった体力と肺の機能を回復させることが目下の課題だ。2ヶ月ほど屋敷に滞在してくれた先生も今はご自宅に戻り、週に1回程度の往診に落ち着いている。
旦那様はずっと休みもなく毎日遅くまで働き、忙しいようだ。今日は少し早く帰ると言っていたので、すっかり暗くなった窓辺で外の音に耳を澄ましながら待っていた。
帰宅の知らせに玄関ホールまで降りていくと、旦那様は1人ではなかった。その隣にはレイノルドが人好きのする笑顔を浮かべ、軍服姿で立っていた。
「お帰りなさい。レイノルドさん、ようこそいらっしゃいました。先日は本当にありがとうございました」
2人に声をかけると、旦那様が私の前まで足を進め、様子を伺うように少し屈んで顔を見てくる。
「ただいま帰りました。今日は具合は悪くないですか?変わりないですか?」
「はい。変わりありません。大丈夫です」
ここの所、1日1回は聞かれるいつものやりとりをする。確認するように大きな手で頬と首筋に順に触れられ、少しくすぐったい。
「熱は出ていないようですね」
小さく頷くと安心したように表情が和らぐ。首筋に手を当てたまま、親指でそっと頬を撫でられる。
最初の頃、恥ずかしくて赤くなってしまい、熱が出てるのかと心配されたので診察だと毎回強く心の中で言い聞かせている。
軽い咳払いがしてそちらを向くと、レイノルドが微妙な顔をしていてた。
「シェリルノーラ様、その後お加減いかがですか?
今日はお渡ししたいものがあって、寄っただけなのです。これは私の妻からです」
そう言って渡されたバスケットからは、とてもいい香りがしていた。一度家に寄って持ってきてくれたのだろうか、ほのかに温かかった。
「ナッツの入った栄養価の高いクッキーと、ミルク多めの柔かなパンです。滋養にいいらしいので、よかったら召し上がって下さい。妻はパン屋の娘でしたから、味は保証しますよ」
バスケットを受け取ると、レイノルドはにこにこして将軍と仲良くしてあげてくださいねと謎の言葉を残し、颯爽と帰っていった。
きれいに包装されたクッキーとパンの他に、バスケット奥から出て来たのは、字のようなものが書かれたカード。なんとか読もうと居間でカードに集中していたら、手元を覗き込まれた。
小さい頃臥せっていたこともあり、文字の勉強ができずにいたことを思い出す。
本を読めたり、人が読めるような文字を書けるようになったのは、随分大きくなってからだった。熱があるのにこっそり文字を書く練習をしていたのを見つかって、タリー先生に怒られたりしていたことを思い出す。
「双子からかな」
昔のことを思い出してぼんやりしていたので、独り言みたいに口にしながら隣に腰かけられ、どきりと胸が跳ねる。
「双子?」
隣に腰かけても見上げる角度になるその顔を見ながら首を傾げた。
「レイノルドのところには小さな双子の女の子がいるんです。何才だったかな?最近、文字を覚え始めたと言っていたので、私も手紙をもらったことがあります」
「宛名の自分の名前は読めたのですが」
「貸してみてください。しかし、あまり上達してないな。……多分、『はやくげんきになってあそびにきてね』ですね」
どう解読したのか、すぐにかわいらしい短い手紙を読み上げて、微笑みながら返してくれた。
ふと想像してしまう。旦那様の子供がいたらどんな子だろう。男の子だったら、同じように体が大きくて強いのだろうか。
「ありがとうございます。御礼の手紙を後で書きます」
ふと浮かんだことを胸の奥に押し込め、カードを畳んだ。
「それはいいですね。ダラスに言って持って行かせてください。シェリルノーラ様が馬車に乗って出かけても大丈夫になれば、一緒に遊びに行きましょう」
そう言えばお宅に招待されてから大分時間が経ってしまった。
もう短距離なら馬車でもそんなに負担にならないだろう。しかし、お休みすら満足に取れていない旦那様とお出かけすることなど、実現するとは思えない。
それに元気になったら伝えなくてはと決めていることがある。
落ちてしまった体力と肺の機能を回復させることが目下の課題だ。2ヶ月ほど屋敷に滞在してくれた先生も今はご自宅に戻り、週に1回程度の往診に落ち着いている。
旦那様はずっと休みもなく毎日遅くまで働き、忙しいようだ。今日は少し早く帰ると言っていたので、すっかり暗くなった窓辺で外の音に耳を澄ましながら待っていた。
帰宅の知らせに玄関ホールまで降りていくと、旦那様は1人ではなかった。その隣にはレイノルドが人好きのする笑顔を浮かべ、軍服姿で立っていた。
「お帰りなさい。レイノルドさん、ようこそいらっしゃいました。先日は本当にありがとうございました」
2人に声をかけると、旦那様が私の前まで足を進め、様子を伺うように少し屈んで顔を見てくる。
「ただいま帰りました。今日は具合は悪くないですか?変わりないですか?」
「はい。変わりありません。大丈夫です」
ここの所、1日1回は聞かれるいつものやりとりをする。確認するように大きな手で頬と首筋に順に触れられ、少しくすぐったい。
「熱は出ていないようですね」
小さく頷くと安心したように表情が和らぐ。首筋に手を当てたまま、親指でそっと頬を撫でられる。
最初の頃、恥ずかしくて赤くなってしまい、熱が出てるのかと心配されたので診察だと毎回強く心の中で言い聞かせている。
軽い咳払いがしてそちらを向くと、レイノルドが微妙な顔をしていてた。
「シェリルノーラ様、その後お加減いかがですか?
今日はお渡ししたいものがあって、寄っただけなのです。これは私の妻からです」
そう言って渡されたバスケットからは、とてもいい香りがしていた。一度家に寄って持ってきてくれたのだろうか、ほのかに温かかった。
「ナッツの入った栄養価の高いクッキーと、ミルク多めの柔かなパンです。滋養にいいらしいので、よかったら召し上がって下さい。妻はパン屋の娘でしたから、味は保証しますよ」
バスケットを受け取ると、レイノルドはにこにこして将軍と仲良くしてあげてくださいねと謎の言葉を残し、颯爽と帰っていった。
きれいに包装されたクッキーとパンの他に、バスケット奥から出て来たのは、字のようなものが書かれたカード。なんとか読もうと居間でカードに集中していたら、手元を覗き込まれた。
小さい頃臥せっていたこともあり、文字の勉強ができずにいたことを思い出す。
本を読めたり、人が読めるような文字を書けるようになったのは、随分大きくなってからだった。熱があるのにこっそり文字を書く練習をしていたのを見つかって、タリー先生に怒られたりしていたことを思い出す。
「双子からかな」
昔のことを思い出してぼんやりしていたので、独り言みたいに口にしながら隣に腰かけられ、どきりと胸が跳ねる。
「双子?」
隣に腰かけても見上げる角度になるその顔を見ながら首を傾げた。
「レイノルドのところには小さな双子の女の子がいるんです。何才だったかな?最近、文字を覚え始めたと言っていたので、私も手紙をもらったことがあります」
「宛名の自分の名前は読めたのですが」
「貸してみてください。しかし、あまり上達してないな。……多分、『はやくげんきになってあそびにきてね』ですね」
どう解読したのか、すぐにかわいらしい短い手紙を読み上げて、微笑みながら返してくれた。
ふと想像してしまう。旦那様の子供がいたらどんな子だろう。男の子だったら、同じように体が大きくて強いのだろうか。
「ありがとうございます。御礼の手紙を後で書きます」
ふと浮かんだことを胸の奥に押し込め、カードを畳んだ。
「それはいいですね。ダラスに言って持って行かせてください。シェリルノーラ様が馬車に乗って出かけても大丈夫になれば、一緒に遊びに行きましょう」
そう言えばお宅に招待されてから大分時間が経ってしまった。
もう短距離なら馬車でもそんなに負担にならないだろう。しかし、お休みすら満足に取れていない旦那様とお出かけすることなど、実現するとは思えない。
それに元気になったら伝えなくてはと決めていることがある。
あなたにおすすめの小説
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜
明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。
その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。
ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。
しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。
そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。
婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと?
シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。
※小説家になろうにも掲載しております。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
【完結/番外編準備中】
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
----------
追記:読んでくださった皆さま、本当にどうもありがとうございました!!
完結しましたが回収しきれていないエピソードが私の中でいくつかあるので笑、後日番外編をアップしたいなと現在準備中です。
詳しい更新日まだ未定ですが、もしよろしかったらゼヒまた覗いてやってくださいねー!
別れたはずの元彼に口説かれています
水無月にいち
BL
高三の佐倉天は一歳下の松橋和馬に一目惚れをして告白をする。お世話をするという条件の元、付き合えることになった。
なにかと世話を焼いていたが、和馬と距離が縮まらないことに焦っている。
キスを強請った以降和馬とギクシャクしてしまい、別れを告げる。
だが別れたのに和馬は何度も会いに来てーー?
「やっぱりアレがだめだった?」
アレってなに?
別れてから始まる二人の物語。
【完結】流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。
時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!?
※表紙のイラストはたかだ。様
※エブリスタ、pixivにも掲載してます
◆この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」もあります。そちらも気になったら覗いてみてください。
◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います
婚約破棄された悪役令息は隣国の王子に持ち帰りされる
kouta
BL
婚約破棄された直後に前世の記憶を思い出したノア。
かつて遊んだことがある乙女ゲームの世界に転生したと察した彼は「あ、そういえば俺この後逆上して主人公に斬りかかった挙句にボコされて処刑されるんだったわ」と自分の運命を思い出す。
そしてメンタルがアラフォーとなった彼には最早婚約者は顔が良いだけの二股クズにしか見えず、あっさりと婚約破棄を快諾する。
「まぁ言うてこの年で婚約破棄されたとなると独身確定か……いっそのこと出家して、転生者らしくギルドなんか登録しちゃって俺TUEEE!でもやってみっか!」とポジティブに自分の身の振り方を考えていたノアだったが、それまでまるで接点のなかったキラキライケメンがグイグイ攻めてきて……「あれ? もしかして俺口説かれてます?」
おまけに婚約破棄したはずの二股男もなんかやたらと絡んでくるんですが……俺の冒険者ライフはいつ始まるんですか??(※始まりません)
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。