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31.決意
いつもの診察を終えたタリー先生がにっこり笑った。
「もう大丈夫そうですな。薬も今日まででおしまいにしましょう。ただし、まだ無理は禁物ですからね。おっ、ミー元気にしとるか?」
そう言いながら道具をしまっていた先生は、細い目をさらに細くして足元に擦り寄ってきたミーを抱き上げた。先生が猫好きなのが分かるのか、ミーはとても懐いていた。
ミーは小さく鳴いて、頭や体を気持ちよさそうに撫でられているる。
「はい、気をつけます。先生、馬車で長距離移動する程に戻るには後どれくらいかかるでしょう?」
私の質問にその手がぴたりと止まる。
「……まぁ、この調子だと、その行程にもよりますが、後1カ月くらいでしょうかね。もしや、里帰りでも考えておらますか?」
「いえ、そのようなことはありませんが、目安として」
少し疑いの目で見られていたが、先生はそれ以上何も言わず、これからの注意点を確認されただけだった。
その夜、帰ってきた旦那様は挨拶もそこそこに居間に移動し、タリー先生の診察結果の報告を求めてきた。先生の言葉を伝えると、ほっとしたように笑顔を浮かべる。
「よかったです。私の方ももうしばらくすれば落ち着きます。そしたらまた出かけたりしましょう」
ソファで向かい合って2人で話をするのも随分間が空いていた。それだけ忙しいのに、自分の体のことで煩わせていると思うと心苦しい。
その煩わしさから解放することが、今の私にできる唯一の事だ。
「あの、」
声が震えないように、小さく息を吐いて力を込める。
「1カ月もすれば馬車に長距離乗れるようになるだろうとのことです。そしたら、父の領地のほうに下がらせて頂きたいと思います。私がこの地を離れるのに不都合があれば、王都に別邸がありますので、そちらに移るのでも構いません」
「何をおっしゃっているのですか?」
先程の微笑みとは打って変わって、険しい表情に怯みそうになるが懸命に耐える。
「後継のこともあります。正妻は無理でも、落ち着いたら女性の方をお迎えして下さい。陛下には私から病気や体調を理由だとお伝えして、旦那様にご迷惑が掛からないように、きちんとお許しを得るようお願いしたいと思っています」
「……話がみえないのですが」
ずっと考えていた。
確かに身分はあるけどそれだけで、自分なんかを妻に迎えては褒美どころか罰なのではないかと。
旦那様をみていると、出世も王族の親戚となることにも、何の関心もないと分かる。現王弟の子、しかも今回の婚姻は国王陛下が後見についている。どんなに不満があっても、そう簡単に離縁もできない。
短い時間だったけれど、一緒にいられたことを大切な思い出に、きっとこれから1人で生きていける。
「なぜそのようなことを言うのです?」
表情をなくしたまま尋ねる旦那様は残酷だ。私に、私が妻として何の役にも立たないことを言えと言うのか。
意気地なしの私はもう顔を見ていることができず、唇を噛みしめ俯いた。
「……これ以上、旦那様に、迷惑をかけたくないのです。どうか、私の我儘をお許しください」
「あなたの考えは分かりました」
感情を感じさせない低い声にひゅっと息を呑んだ。自分から望んだことなのに、胸の奥が締めつけられる。膝の上で握りしめていた手が小さく震えていた。
「私の妻はあなたです。二度とそのような話は聞きたくありません。よろしいですね」
予想外の言葉に潤んでくる瞳に力を込めて、旦那様を見上げる。
「しかし……」
「元気になった途端、逃げられてしまうのでは困ります。そんな勝手は許しません」
確かに、旦那様の立場に立てば、もらった褒美が逃げ出したと分かれば体裁悪いことこの上ない。私の自分勝手な言葉で不快にさせてしまった。
「あなたが考えているような理由ではありません」
「?」
「とにかく、余計なことは考えないでいて下さい。いいですね?」
その強い力を持つ灰青の瞳で静かに言い切られれば、これ以上言葉を発することができなかった。
「…はい……」
私は小さな声でそう答えるしかなかった。
「もう大丈夫そうですな。薬も今日まででおしまいにしましょう。ただし、まだ無理は禁物ですからね。おっ、ミー元気にしとるか?」
そう言いながら道具をしまっていた先生は、細い目をさらに細くして足元に擦り寄ってきたミーを抱き上げた。先生が猫好きなのが分かるのか、ミーはとても懐いていた。
ミーは小さく鳴いて、頭や体を気持ちよさそうに撫でられているる。
「はい、気をつけます。先生、馬車で長距離移動する程に戻るには後どれくらいかかるでしょう?」
私の質問にその手がぴたりと止まる。
「……まぁ、この調子だと、その行程にもよりますが、後1カ月くらいでしょうかね。もしや、里帰りでも考えておらますか?」
「いえ、そのようなことはありませんが、目安として」
少し疑いの目で見られていたが、先生はそれ以上何も言わず、これからの注意点を確認されただけだった。
その夜、帰ってきた旦那様は挨拶もそこそこに居間に移動し、タリー先生の診察結果の報告を求めてきた。先生の言葉を伝えると、ほっとしたように笑顔を浮かべる。
「よかったです。私の方ももうしばらくすれば落ち着きます。そしたらまた出かけたりしましょう」
ソファで向かい合って2人で話をするのも随分間が空いていた。それだけ忙しいのに、自分の体のことで煩わせていると思うと心苦しい。
その煩わしさから解放することが、今の私にできる唯一の事だ。
「あの、」
声が震えないように、小さく息を吐いて力を込める。
「1カ月もすれば馬車に長距離乗れるようになるだろうとのことです。そしたら、父の領地のほうに下がらせて頂きたいと思います。私がこの地を離れるのに不都合があれば、王都に別邸がありますので、そちらに移るのでも構いません」
「何をおっしゃっているのですか?」
先程の微笑みとは打って変わって、険しい表情に怯みそうになるが懸命に耐える。
「後継のこともあります。正妻は無理でも、落ち着いたら女性の方をお迎えして下さい。陛下には私から病気や体調を理由だとお伝えして、旦那様にご迷惑が掛からないように、きちんとお許しを得るようお願いしたいと思っています」
「……話がみえないのですが」
ずっと考えていた。
確かに身分はあるけどそれだけで、自分なんかを妻に迎えては褒美どころか罰なのではないかと。
旦那様をみていると、出世も王族の親戚となることにも、何の関心もないと分かる。現王弟の子、しかも今回の婚姻は国王陛下が後見についている。どんなに不満があっても、そう簡単に離縁もできない。
短い時間だったけれど、一緒にいられたことを大切な思い出に、きっとこれから1人で生きていける。
「なぜそのようなことを言うのです?」
表情をなくしたまま尋ねる旦那様は残酷だ。私に、私が妻として何の役にも立たないことを言えと言うのか。
意気地なしの私はもう顔を見ていることができず、唇を噛みしめ俯いた。
「……これ以上、旦那様に、迷惑をかけたくないのです。どうか、私の我儘をお許しください」
「あなたの考えは分かりました」
感情を感じさせない低い声にひゅっと息を呑んだ。自分から望んだことなのに、胸の奥が締めつけられる。膝の上で握りしめていた手が小さく震えていた。
「私の妻はあなたです。二度とそのような話は聞きたくありません。よろしいですね」
予想外の言葉に潤んでくる瞳に力を込めて、旦那様を見上げる。
「しかし……」
「元気になった途端、逃げられてしまうのでは困ります。そんな勝手は許しません」
確かに、旦那様の立場に立てば、もらった褒美が逃げ出したと分かれば体裁悪いことこの上ない。私の自分勝手な言葉で不快にさせてしまった。
「あなたが考えているような理由ではありません」
「?」
「とにかく、余計なことは考えないでいて下さい。いいですね?」
その強い力を持つ灰青の瞳で静かに言い切られれば、これ以上言葉を発することができなかった。
「…はい……」
私は小さな声でそう答えるしかなかった。
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