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第36話~再会~
しおりを挟む蒼魔族の里の奥、ミスラの前には久しぶりに姿を見せた末妹の姿があった。
「姉さま、ただいま戻りました」
ミスティが跪く。その姿を見て、叱責を浴びせるつもりだったミスラは、意に反して瞳に熱いものが滲んだ。先の戦いで多くの親族を失った。例え裏切り者だとしても、もっとも可愛がっていた末の妹の無事な姿はこたえた。気取られぬ様に瞳を拭ったミスラは声を張り上げた。
「戦の前に姿を消した理由は後で問うとしてだ。その者達はいったい何だ? 人間を里に連れてくるとは、どういうつもりだ」
ミスラが厳しい視線を向けたのは、ミスティの背後に控えていたタルスとアンジェであった。殺意の込められた視線に狼狽えるタルスを庇うようにアンジェが一歩前に出る。その胸元から、一匹の蛇が姿を現した。
その途端、ミスラの下腹部に懐かしい感覚がよみがえってきた。その蛇から感じられる魔力。それは、幾度となくミスラの中に注がれた力であった。
「ま、まさか……あなた様は」
ミスラは片膝をつき、跪いた。その光景はアンジェに対して恭順を誓うようにも見えた。ミスラの傍に控えていたミスリアも、それに倣った。
わけがわからないのは、アンジェである。蒼魔族の長が、自分の前で頭を垂れているのだ。
「アンジェ、少しの間。二人きりにしてもらえるか」
「えぇ、こんな魔族の里の真ん中で、ですか! でも、どうして」
説明を求めようとするアンジェの言葉を、魔王は遮った。
「心配はいらん。蒼魔族に最高のおもてなしをしてやればよい」
「おもてなし?」
「その為に、タルスには鍛冶道具を持たせたのだ。ミスラ、この男に、里の炊事場を使わせてやれ。それから、私の許可が無い限り、この人間とお前の妹に、何人たりとも危害を加えることは許さん。護衛にはミスリアを命じる」
「はっ! 全て仰せのままに」
ミスリアに連れられ、アンジェとタルスが部屋を出ると、そこにはミスラと双頭の蛇をした魔王だけになった。
「やはり、やはり、生きておらしたのですね」
「ああ、随分と心配をかけた」
「しかし、どうしてそのような姿に?」
「話せば長くなるが……」
魔王は、勇者達に空の魔王城へ不意打ちを受けたこと、そこで破れ転生したことなどを簡単に説明した。ミスラは涙を浮かべながら、魔王の話を聞いた。
「苦労なさったのですね」
「力の全てを取り戻すには、まだ時間がかかる。ところで、他の蒼魔族の動きはどうだ?」
「実は明日にもアダマン族の者達が、訪ねてくると」
「そうか……」
北の大地に住む魔族達の間では、強さこそが全てだ。其々の部族の中で、最も強いと認められた者が、一族を束ねる。そうしないと、争いの絶えない北の大地では、生き残っていけない。
「アダマン族は、先の敗戦で力を失った私に、闘技を求めてくるつもりなのでしょう」
闘技とは魔族の習慣で、長となる強き者を決める方法であり、一対一の戦いで、どちらが強いかを決める。時にはどちらかが死ぬまで続く。
「……そうか、それは都合が良い」
「えっ?」
「実は、近々リスタルトの騎士団を相手に一戦交えるつもりなのだ。そこで、お前達の力を借りたいと思っていた。アダマン族の者が来るのなら、奴らにも手伝わせよう」
「しかし、魔王様。私の今の力では、彼らに勝つのは……」
「心配するな。全てとはいかぬが、私の力をお前に注いでやろう」
「ですが、そのお姿では……」
「私を誰だと思っている。さぁ、いつものようにするのだ」
「で、ですが……」
「そうか、ここは魔王城ではなく、お前の里であったな」
ミスラが恥ずかしそうに頷く。魔王蛇はとぐろを巻くと《沈黙》の魔法を唱えた。周囲の音が消え、静寂に包まれる。
「これで、中の音が漏れることはない」
本来は、相手術者の口元に使用し、魔法の詠唱を妨げる術だが、結界のように広範囲に張れば、吸音の結界として外部に音が漏れるのを防ぐことができる。このように一つの魔法を応用的に使用するのは、魔王の得意とするとこであった。
「よし、ミスラ。久しぶりに、力を注いでやろう。ただし、イクのは我慢しろよ」
「はい!」
ミスラは床に四つん這いになると、そのお尻を高く突き上げた。
それは、魔王がまだ人の姿をしていた時、二人の行為の習慣であった。
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