陰キャラモブ(?)男子は異世界に行ったら最強でした

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プロローグ 勇者召喚

第十話 近道と速さと

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 その後、颯太の魔力操作はほぼ完璧といっても良い所まで仕上がった。
 イヴァンは驚きすぎて顎が痛くなったりしたが、颯太本人は「まだ駄目だ」と言ってあまり納得していないようだった。
 それでも楽しい時間は早くすぎる。

「ソウタ君、今日はそろそろ、ここらで終わりにしようか」
「…?もうそんな時間ですか?」

 まだ五分も経っていないのに、とでも言いたそうな顔で返す颯太。
 だが実際には、修行を初めてもう二時間半も過ぎている。
 その事を伝えると颯太は目を丸くした。

(なんか今日は時間がすぎるの早いな。でも確かにこれ以上ここに居ると訓練に遅れる)

 颯太は座禅の姿勢を解いて渋々立ち上がる。
 ずっと床で座禅をしながら魔力に集中していたのにも関わらず、その動きは実にスムーズだった。
 大体の人が二時間もぶっ続けで座禅をすると、足が痺れたり身体がその体制に固まっていてふらついたりするものだが、颯太は向こうの世界で毎日のようにやっていた事だ。
 そんなヤワな鍛え方はしていない。
 というかされていない。

 イヴァンは座禅を見るのは初めてなので、これは一体どういった姿勢なのか聞きたくて仕方なかったが、颯太が集中していたので邪魔をしないように別の事に気をそらしていた。
 なのでもっと早く切り上げさせるつもりが、思った以上に時間を喰ってしまっていた。
 イヴァンも異世界の少年少女達のこれからのスケジュールは聞いている。
 この後十時から戦闘訓練がある事も勿論知っていた。
 ここから訓練場までかなりの距離がある。
 昨日異世界から召喚されて、複雑な構造の城に住み始めたばかりの彼では遅刻してしまうだろうと思ったのだ。
 思ったのだが、颯太は何故か城の中庭が見える位置にある窓を開けて、明るく言い放った。

「今日はありがとうございました。じゃあ俺、もう行きます。あ、遅れそうなので近道して行きますが、今回だけにしますから勘弁して下さいね」
「近道?」

 近道なんてあったか?とイヴァンが首を傾げた瞬間、颯太が宙を舞った。
 正確には、中庭から三階上にあるこの部屋の窓から飛び降りたのだ。

「!!?」

 あっ、という間もなく彼の身体は視界から外れ、下に落ちた。

「ソウタ君‼」

 慌てたイヴァンが、窓に駆け寄って颯太の名を叫ぶ。
 普通魔法もまともに使えない人間が、いきなり三階にある窓から飛び降りたら誰でも焦る。
 しかしそんな心配なぞ知らぬ颯太本人は、背中に羽根でも付いているのかと、自分の目を疑いたくなる程軽々と華麗に着地した。

「…は?」

 イヴァンはもう、これを言うだけで精一杯だった。
 着地した姿勢からゆっくりと立ち上がった颯太は、飛び降りた窓から顔をのぞかせているイヴァンを振り返って一礼すると、訓練場の方へ走り出した。

「…は、ははは…本当に異世界人は、いや彼は得体が知れないな…」

 彼は例外である。



 走って訓練場を目指す颯太は、今朝早くに自分の足で歩き作成した頭の中の城内の地図を見直した。

(…よし、ここを曲がれば、後は一直線だ)

 そう思って勢い良く角に差し掛かろうとした時、彼な間合いに二つの気配が入ってきた。
 急いでいて全くスピードを緩めてこない所を見ると、あちらも何か焦っているようだ。
 しかもこちらに気付いていない。
 颯太は少しスピードを落として向かってくる人物達とぶつからないように調整した。
 角から顔を出したのは…

「「!!?」」
「あ」
「「颯太‼」」
「綾乃、大輝。お前らこんなとこで何してんだ?」

 幼馴染み二人だった。
 突然現れた颯太に驚いて目を丸くしている。
 昨日はあの後会っていなかったからか、久しぶりな気がする。
 それにしても何故二人はこんなに慌てているのだろう。
 颯太は二人の間を走り抜けながら訊ねた。
 二人共同時に踵を返して颯太を追いかけながら、これまた同時に答える。

「「お前貴方を捜してたんだよのよ!」」
「俺を?何で?」

 どうやら二人は、今朝颯太の部屋を訪ねたようだ。
 部屋から出て来たのは政人で、「朝からどこかに行っているようで起きた時には居なかった」と言われ捜していたらしい。
 しかしいくら捜しても見つからず、戦闘訓練の時刻が迫ってきていたので焦り始めたという事だ。

「あー、悪い悪い。お前らとは訓練で会えるから、そっちから来るとは思ってなかったわ」
「昨日は結局長い時間待たされて颯太に会えなかったんだから仕方ないじゃない!」
「え?」
「あ!いや、その……~っなんでもない!」
「気にすんな颯太。それより今は急ごうぜ」
「?おう」

 綾乃の言葉と赤面の理由が分からずに首を傾げるが、大輝が適当に流して先を急ぐように促してきたので、取り敢えず従った颯太は、少し前のエリザベスとの会話を思い出して思わず溜息を零していた。

(俺の半分以下のスピードよりも遅いって事は、この二人の速さにもついて行けないって事だよな…さてどうやって誤魔化そうかなぁ)
「颯太どした?溜息なんてついて」
「ん?漏れてたか?…あ、二人共、先に言っとくけど今回の訓練、あまり本気は出すなよ」
「どうして?」
「俺の軽い動きにもついていけないらしいから、初っ端で本気なんて出したら目ぇ付けられるぞ」

 本気を出すのはある程度時期を重ねてからにしろ、と颯太は言って更にスピードを上げた。
 そんな颯太に必死に食らいつきながら、まだ疑問が残る様子の綾乃と大輝は頷いた。
 颯太に合わせて自身のトップスピードで走る二人がこれ以上喋るのは無理だ。
 舌を噛む恐れがある。
 前にアホな大輝がこの中で喋って鮮血が舞った。
 かなりの大惨事だった。
 颯太はまだ余裕があったが、彼も極力口を開かないようにしている。
 本人曰く、「口の中が乾く」だそうだ。
 かなりのスピードで城の廊下を走り抜けていると、ようやく訓練場に到着した。
 訓練場にはもう彼ら以外のB組全員が集まってごった返していた。
 結果はギリギリセーフ。
 丁度始まる所だった。

「これより、戦闘訓練を開始する!」

「お、間に合ったみたいだな」
「…はぁはぁはぁ……間に合った、って…はぁはぁ…言えるの…?」
「…ギリ…はぁ…じゃねぇ、か?」

 ゼイゼイ言ってフラフラ状態の二人と、涼しい顔で訓練開始宣言をした男の方へ目を向ける颯太。

 普通キロ単位の長距離を全力疾走して息切らすどころか汗一つ掻かないなぞ無理である。
 もう一度言おう。

 彼は例外だ。
 異世界人が皆こうであると思わないでもらいたい。


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