陰キャラモブ(?)男子は異世界に行ったら最強でした

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第一章 冒険者

第三話 話と名前と

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 不思議と安心出来る慣れない温もりに、少女は目を覚ました。
 寝てしまったのを起こさないように配慮してくれたのか、あまり振動はなく暫く気が付かなかったが、少女は凄まじい速度で走る颯太におぶられている状態だ。
 少女はそのスピードに驚きながら、慌てて身体を起こす。
 背中を押し返してくる小さな力に気付いた颯太は、顔は前に向けたまま少女に話しかけた。

「起きたのか?もう少しかかるから、まだ寝てても良いぞ」
「!」

 そうじゃない、そういうことじゃないと、少女はプルプルと首を振る。
 しかし前を向いたままの颯太には見えていない。
 昔から虐げられ蔑まれる生活だった少女は、人と話すことさえも怖かった。
 それでもこの人なら、と震える声で恐る恐る尋ねる。

「……ど、こ…に、いく…ん…で、すか…?」
「町だよ。レイドナルク王国の」
「…ま、ち…?」
「そう、町」

 自分の言葉を聞いて、その返事を返してくれる。
 たったそれだけの、当たり前のコミュニケーション。
 それをしてくれる、颯太と名乗ったとても優しい人。

「君、かなりボロボロだし、俺自身泥まみれ砂まみれだからね。そこで綺麗にしようと思ってるんだ。…その後に、元居た所に帰ろうな」
「!?い、や!」

 村の人々の侮蔑を含んだ視線を思い出してしまった少女は、咄嗟に叫んでいた。
 颯太は驚いて立ち止まる。

「?」

 首を傾げて振り返った颯太と目が合った瞬間、少女はサッと血の気が引くが分かった。

「…あ…!ご、めん、な、さい…!…ちが、い…ます…!…その、わ、た、しは…」

 怖い、怖い!怖い‼
 この人に、捨てられたくない!

 先程の発言で颯太が気を悪くしたと思った少女は、さっきよりも更に颯太の服を強く掴んだ。
 明らかにガタガタと震えている少女を見て、颯太は困ったように眉根を下げて、出来るだけ優しく少女に声をかけた。

「…町に、行きたくないのか?」
「……」

 無言で首を大きく横に振る少女。
 何故この子はこんなにも震えているのか、この子が何を嫌がっているのか、颯太には皆目検討がつかなかった。
 どうしたものかと頭を悩ませていると、少女自身がか細い声で必死に言葉を紡ごうとする。

「…村、には、もど、り、たく、な、い、です…」
「え?」
「わ、たし…村の、人、達、に、き、らわれ、てる、から…」
「嫌われてる?」

 弱々しく首を縦に振る少女。
 ここまでの会話で、颯太は少女が何を言いたいのか理解出来た。
 しかし、自分の解釈が間違っている場合を考え、敢えて気付かないフリを決め込み少女に尋ねた。

「…じゃあ、君はどうする?」
「…ぇ…?」
「君は、どうしたいんだ?」

 人が自分の言葉に耳を傾けてくれることなんて、今までなかった少女は思わず俯いた。
 少女も理解した。
 この人は自分が何を望んでいるか分かっている。
 分かった上で自分に聞いてくるのだと。
 少女は、震えて上擦る声で、必死に自分の言葉を颯太に伝えた。

「…おに、い、さん、と…いっ、しょ、に、居たい、です…!」

 もし拒絶されたらどうしよう。

 少女は堅く目を瞑って颯太の言葉を待つ。
 颯太は優しく微笑んで、少女の背中をあやすように叩いてやった。

「分かった。じゃあこれから先、俺に着いて来てくれるか?」
「!…はい…!」

 受け入れてくれたと理解した少女は、パッと顔を輝かせ颯太の背中にぎゅっとしがみついた。
 その様子が可愛くて颯太の頬も緩む。

「あ、そういえば聞いてなかったけど、君名前は?」
「…あ、の…名、前は…ない、ん、で、す…」
「…え?」
「ずっ、と…“おい”と、か“お前”、と、か、呼、ばれ、て、き、たの、で…」

 少女の両親は、少女が生まれてすぐに疫病にかかって亡くなり、村の誰も少女のことを名前では呼ばなかった為、少女は自分の名前を知らずに生きてきたのだ。
 そのことを、少女は辿々しい言葉で一生懸命に話してくれた。
 話が進むに連れて、颯太の顔は目に見えて不機嫌になっていった。
 それを見た少女は慌てて謝る。

「ごめ、ん、なさ、い…!こん、な、はな、し、きか、せ、て、しまっ、て…」

 完全に無意識だった颯太はハッとして、眉間に寄っていた皺を揉み解した。

「…いや、話してくれてありがとな」

 少女は何故お礼を言われたのか分からず首を傾げる。
 颯太には許せなかったのだ。
 まだこんなに身体も小さく幼い女の子に、過酷すぎる今までの人生を語らせてしまうことに。
 この少女は、妹の佳代に似ている。
 それもあってか、元々子どもの相手が苦手な颯太でも、少女に対して親身に接することが出来ていた。
 そんな子が、自分では想像することも敵わない程に辛い人生を歩んできたかと思うと、会ったこともない筈の村の人間達に怒りが湧いた。

「…俺には昔の君を救うことは無理だけど…今まで辛かった分、俺に甘えな。君が毎日を笑って過ごせるように、俺も頑張るから」
「…っ…は、い…!」

 少女はまた、涙で視界が潤むのを感じた。
 前のは今までの悲しみを吐き出したものだったが、今度は、人の温もりに触れた温かく優しい涙だった。




 一通りの話を終えて、再び走り出してから数十分、颯太は考えていた。

「それにしても、名前どうするかな?ないと不便だし…」

 名前とは、その人を示す大事なものだ。
 不便というだけでなく名無しは可哀相だろう。
 どうしたものかと頭を悩ませていると、遠慮がちに肩を叩いてくる手があった。
 振り向くと、少女が眉根を下げてこれまた遠慮がちな表情で恐る恐る頼んできた。

「…あの…もし、良かった、ら…お兄、さんが、つけ、て、くれま、せん、か?」

 先程までよりもはっきりと流暢な言葉。
 自分に心を開き始めていることが十二分に伝わってくる変化だった。
 颯太はそれが嬉しくて、つい頬を緩めてしまいそうになる。
 どうにか堪えて尋ね返す。

「俺が、君の名前を?良いのか?」

 名前を与えるというのは、かなり大切なことだ。
 人は勿論のこと、その他の生き物や道具、この世界で生きる為に必要な武器などにも、名前をつけることは意味がある。
 貴方が良いのです、と目で訴えてくる少女。
 颯太は走りながら、今度は名前の候補に頭を撚る。
 ゲームのキャラクターとかならば、名前を考えたことはある。
 しかし当たり前と言えば当たり前なのだが、彼は生身の人間の名前など考えたこともないのだ。
 人の名付けは難しいと、父がこっそり妹が産まれた時にぼやいていたのを頭の片隅で思い出しながら、颯太は自分の背に身体を預けている少女の姿を頭の中で思い描いた。
 小さな身体にボロボロな服、髪は煤で汚れていてはっきりとした色までは分からないが、多分白に近い色であろう。
 それに、特徴的な空色の瞳…

(…空色…)

 この色こそ、少女のことを示す最大のキーワードな気がした颯太。
 ふと頭に一つの名前が浮かび上がった。

「…空…」
「?」
「“シエル”なんてどうだ?」
「…シ、エ、ル…?」

 『シエル』
 フランス語で「空」という意味を持つ言葉。

 とても綺麗な空色の瞳の少女にはピッタリではないだろうか、と颯太は思ったのだ。
 走りながらなので、それを聞いた少女がどんな表情をしているのかまでは見えない。
 二人の間に沈黙が流れ、聞こえるのは風の音だけ。
 やがて少女はこくんと大きく頷いた。

「…シ、エル…私、の、名前は、シエル…!」

 気に入ってくれたようで何よりだ、と颯太はニンマリ笑いながら、嬉しそうに微笑む少女シエルにしっかり捕まっているように言って、更にスピードを上げた。
 シエルは、颯太から貰った自分の名前を、とても大切なもののように胸に抱きしめる。

 レイドナルク城下の町まではもうすぐだ。


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