王太子様の最愛は、王女様でも聖女様でもなく洗濯女らしい

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4.距離

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 顔を上げたフローレンスは、そのまま優雅な身ごなしですっとウィリアムに近づき…ギリギリ彼ら二人が手の届かない地点で立ち止まった。

「…あの…?…私は君に…何かしたのか?」
「いえ」

 必要以上の言葉を交わそうとしないフローレンス。

 ウィリアムがショックで固まっている横で、フィリップは驚いて目を見開いた。

 あるじにフローレンスと呼ばれた銀髪の女性は、フィリップが自分を見ていると気付き、軽く頭を下げる。
 慌てて会釈を返しながら、フィリップはほくそ笑んだ。

(…身分をわきえただな)

 主の身の回りの世話をする侍女とは違った役職である下女げじょは、普通なら必要以上主に近づくことは許されない。

 今までウィリアムの周りに居た女達は、そういった常識では考えられない程距離を詰めてくる者がほとんどだった。
 こんなの対応はフィリップも久しぶりで、僅かに口元が緩む。

「はじめまして。私、このウィリアム殿下の側近兼補佐を務めさせていただいています、フィリップ・ライナスと申します」

 暫くは動き出しそうにないウィリアムの前に進み出て、挨拶とお辞儀をする。
 フローレンスも、それにお辞儀を返して名乗る。

「はじめまして、ライナス卿。私、ノームサリア王国王城の洗濯係を務めさせていただく、フローレンスと申します。以後お見知りおきを」
「あの…ふ、フローレンス、さん…?」

 いつの間にやらウィリアムが蚊帳の外の状態で話をしていたことに気が付き、フィリップは主の方に顔を向けた。

 ウィリアムは涙目だった。

 王太子である彼は、いつもなら女性の前でこんな情けない姿は晒さない。
 不用意に近づかれるようなことをしないためである。
 しかし今回ばかりは相手が相手だけに、逆にショックを受けてしまったようだ。

 フィリップはクスリと笑い、ウィリアムの後ろに回り彼の背中を押す。

「あれは下女としての本来の距離感ですよ、ウィリアム様。今までの方々が近づきすぎなだけにございます」
「…お気に召さないようでしたら、僭越ながら、もう少しだけ距離をとらせていただきます」

 彼らの様子を見てフローレンスは何か考えていたが、やがてそう言ってすっと後退しようとする。
 それを見たウィリアムは、慌てて飛び出し彼女を引き止めた。

「っ、待って!」
「!」

 いきなり手首を掴まれ引き寄せられたフローレンスは、一瞬驚きの表情を見せたが、すぐにまた真顔に戻り、ウィリアムを見上げて言った。

「…何でしょう?」

 心なしか、先程よりも声が冷たい気がする。
 それを聞いて、ウィリアムはハッと自分の先程の行動を思い出し、羞恥心で顔を真っ赤にした。
 何か言葉を発そうとして口を開いたが、結局何も思い浮かばず俯いてしまう。

 やがて、か細い声でフローレンスに願う。

「…傍に、居て、くれないだろうか…?」

 彼の言葉が予想外だったのか、フローレンスは目を見開いた。

 何が何やら分からずに、先程言葉を交わしたフィリップの方に視線をやると、フィリップはニコリと笑って軽く頭を下げてくる。
 まるで「お願いします」とでも言っているかのようだ。

 フローレンスがもう一度ウィリアムを見ると、自分の手首を捕まえている、自分よりも大きな手が微かに震えていた。

 彼女はゆっくりと口を開く。

「……分かりました」
「!?」

 バッと顔を上げフローレンスの顔を見つめるウィリアム。

 フローレンスは相変わらずの無表情。
 しかしどことなく柔らかい気がする顔だ。

 ウィリアムは自分の頬が緩むのを感じながら、掴んでいた手首を離して礼を言う。

「ありがとう」

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