4 / 11
4.距離
しおりを挟む
顔を上げたフローレンスは、そのまま優雅な身熟しですっとウィリアムに近づき…ギリギリ彼ら二人が手の届かない地点で立ち止まった。
「…あの…?…私は君に…何かしたのか?」
「いえ」
必要以上の言葉を交わそうとしないフローレンス。
ウィリアムがショックで固まっている横で、フィリップは驚いて目を見開いた。
主にフローレンスと呼ばれた銀髪の女性は、フィリップが自分を見ていると気付き、軽く頭を下げる。
慌てて会釈を返しながら、フィリップはほくそ笑んだ。
(…身分を弁えた適切な距離だな)
主の身の回りの世話をする侍女とは違った役職である下女は、普通なら必要以上主に近づくことは許されない。
今までウィリアムの周りに居た女達は、そういった常識では考えられない程距離を詰めてくる者がほとんどだった。
こんな普通の対応はフィリップも久しぶりで、僅かに口元が緩む。
「はじめまして。私、このウィリアム殿下の側近兼補佐を務めさせていただいています、フィリップ・ライナスと申します」
暫くは動き出しそうにないウィリアムの前に進み出て、挨拶とお辞儀をする。
フローレンスも、それにお辞儀を返して名乗る。
「はじめまして、ライナス卿。私、ノームサリア王国王城の洗濯係を務めさせていただく、フローレンスと申します。以後お見知りおきを」
「あの…ふ、フローレンス、さん…?」
いつの間にやらウィリアムが蚊帳の外の状態で話をしていたことに気が付き、フィリップは主の方に顔を向けた。
ウィリアムは涙目だった。
王太子である彼は、いつもなら女性の前でこんな情けない姿は晒さない。
不用意に近づかれるようなことをしないためである。
しかし今回ばかりは相手が相手だけに、逆にショックを受けてしまったようだ。
フィリップはクスリと笑い、ウィリアムの後ろに回り彼の背中を押す。
「あれは下女としての本来の距離感ですよ、ウィリアム様。今までの方々が近づきすぎなだけにございます」
「…お気に召さないようでしたら、僭越ながら、もう少しだけ距離をとらせていただきます」
彼らの様子を見てフローレンスは何か考えていたが、やがてそう言ってすっと後退しようとする。
それを見たウィリアムは、慌てて飛び出し彼女を引き止めた。
「っ、待って!」
「!」
いきなり手首を掴まれ引き寄せられたフローレンスは、一瞬驚きの表情を見せたが、すぐにまた真顔に戻り、ウィリアムを見上げて言った。
「…何でしょう?」
心なしか、先程よりも声が冷たい気がする。
それを聞いて、ウィリアムはハッと自分の先程の行動を思い出し、羞恥心で顔を真っ赤にした。
何か言葉を発そうとして口を開いたが、結局何も思い浮かばず俯いてしまう。
やがて、か細い声でフローレンスに願う。
「…傍に、居て、くれないだろうか…?」
彼の言葉が予想外だったのか、フローレンスは目を見開いた。
何が何やら分からずに、先程言葉を交わしたフィリップの方に視線をやると、フィリップはニコリと笑って軽く頭を下げてくる。
まるで「お願いします」とでも言っているかのようだ。
フローレンスがもう一度ウィリアムを見ると、自分の手首を捕まえている、自分よりも大きな手が微かに震えていた。
彼女はゆっくりと口を開く。
「……分かりました」
「!?」
バッと顔を上げフローレンスの顔を見つめるウィリアム。
フローレンスは相変わらずの無表情。
しかしどことなく柔らかい気がする顔だ。
ウィリアムは自分の頬が緩むのを感じながら、掴んでいた手首を離して礼を言う。
「ありがとう」
「…あの…?…私は君に…何かしたのか?」
「いえ」
必要以上の言葉を交わそうとしないフローレンス。
ウィリアムがショックで固まっている横で、フィリップは驚いて目を見開いた。
主にフローレンスと呼ばれた銀髪の女性は、フィリップが自分を見ていると気付き、軽く頭を下げる。
慌てて会釈を返しながら、フィリップはほくそ笑んだ。
(…身分を弁えた適切な距離だな)
主の身の回りの世話をする侍女とは違った役職である下女は、普通なら必要以上主に近づくことは許されない。
今までウィリアムの周りに居た女達は、そういった常識では考えられない程距離を詰めてくる者がほとんどだった。
こんな普通の対応はフィリップも久しぶりで、僅かに口元が緩む。
「はじめまして。私、このウィリアム殿下の側近兼補佐を務めさせていただいています、フィリップ・ライナスと申します」
暫くは動き出しそうにないウィリアムの前に進み出て、挨拶とお辞儀をする。
フローレンスも、それにお辞儀を返して名乗る。
「はじめまして、ライナス卿。私、ノームサリア王国王城の洗濯係を務めさせていただく、フローレンスと申します。以後お見知りおきを」
「あの…ふ、フローレンス、さん…?」
いつの間にやらウィリアムが蚊帳の外の状態で話をしていたことに気が付き、フィリップは主の方に顔を向けた。
ウィリアムは涙目だった。
王太子である彼は、いつもなら女性の前でこんな情けない姿は晒さない。
不用意に近づかれるようなことをしないためである。
しかし今回ばかりは相手が相手だけに、逆にショックを受けてしまったようだ。
フィリップはクスリと笑い、ウィリアムの後ろに回り彼の背中を押す。
「あれは下女としての本来の距離感ですよ、ウィリアム様。今までの方々が近づきすぎなだけにございます」
「…お気に召さないようでしたら、僭越ながら、もう少しだけ距離をとらせていただきます」
彼らの様子を見てフローレンスは何か考えていたが、やがてそう言ってすっと後退しようとする。
それを見たウィリアムは、慌てて飛び出し彼女を引き止めた。
「っ、待って!」
「!」
いきなり手首を掴まれ引き寄せられたフローレンスは、一瞬驚きの表情を見せたが、すぐにまた真顔に戻り、ウィリアムを見上げて言った。
「…何でしょう?」
心なしか、先程よりも声が冷たい気がする。
それを聞いて、ウィリアムはハッと自分の先程の行動を思い出し、羞恥心で顔を真っ赤にした。
何か言葉を発そうとして口を開いたが、結局何も思い浮かばず俯いてしまう。
やがて、か細い声でフローレンスに願う。
「…傍に、居て、くれないだろうか…?」
彼の言葉が予想外だったのか、フローレンスは目を見開いた。
何が何やら分からずに、先程言葉を交わしたフィリップの方に視線をやると、フィリップはニコリと笑って軽く頭を下げてくる。
まるで「お願いします」とでも言っているかのようだ。
フローレンスがもう一度ウィリアムを見ると、自分の手首を捕まえている、自分よりも大きな手が微かに震えていた。
彼女はゆっくりと口を開く。
「……分かりました」
「!?」
バッと顔を上げフローレンスの顔を見つめるウィリアム。
フローレンスは相変わらずの無表情。
しかしどことなく柔らかい気がする顔だ。
ウィリアムは自分の頬が緩むのを感じながら、掴んでいた手首を離して礼を言う。
「ありがとう」
0
あなたにおすすめの小説
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる