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5.視線
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ウィリアムがフローレンスに、どうか友人として傍に居てくれるように頼み込むと、フローレンスは眉根を潜めて、少しばかり訝しげな顔をしたがどうにか頷いてくれた。
フィリップはそんな主の様子を見て、内心微笑ましさと物珍しさから来る笑いを堪えていた。
「先程はすまなかった。いきなり女性の手を掴むのは失礼だったな」
「いえ、問題ありません」
「痛くはなかったか?」
「はい」
「……」
「……」
フローレンスが必要以上の返答をしない為か、全く会話が続かない二人。
それを見かねたフィリップは、タイミングを見計らって助け舟を出す。
「…お二人共、どこか腰を落ち着ける場所にでも移動してはいかがですか?」
「そ、そうだな!フローレンス、良かったら近くのテラスで話さないか?」
フローレンスはウィリアムの言葉に少しばかり驚いた様子を見せたが、すぐさま首を振ってその申し出を断る。
「申し訳ございませんが、それはお断りさせていただきます」
「な、何故?」
「私は下女でございます。本来ならば殿下とは、こうしてお話することすら許されぬ立場です。一人の下女に、これ以上の温情は勿体のうございます」
あくまでも事務的な態度のフローレンス。
立場の違いを再確認させられたウィリアムは、まるで捨てられた子犬のように分かりやすくショボンとしてしまった。
「駄目…なのか?」
上目遣いに相手の様子を伺うのは、無自覚なのだろうが美形がするとかなりの破壊力がある。
しかしそれにたじろいだり赤面したりすることなく、フローレンスは言った。
「城内に入らないのであれば、問題はありませんが…」
「本当か!?」
ぱっと顔を輝かせるウィリアム。
反応の一つ一つが、まるでわんこである。
それも忠犬。
パタパタと揺れる尻尾の幻覚が見えそうだ。
フィリップは、どうにか笑いを堪えながらフローレンスに尋ねる。
「この国の…というか、この城の下女や下男は城内に入ることすら出来ないのですか?」
「はい。王女様から下された、最下級の使用人達への命令です」
「あの王女からの命令…?それはまた、どうして?」
いくら下女が最下級の使用人だからといっても、城内に全く立ち入れないなど聞いたことがない。
ウィリアムが恐る恐る尋ねると、フローレンスは何でもないことのようにサラリと答えた。
「『卑しい下民など、視界に入れるだけで気分が悪い』と仰っておりました」
「「!?」」
その返答に、ウィリアムだけでなくフィリップも顔を顰めてしまう。
ノームサリア王国の王女エリノラには、二人共良い思い出など欠片もない。
あの媚びまくった声音も、身体から香る無駄に甘ったるい香水も、思い出すだけで虫唾が走る。
ここ数カ月(不本意ながら)彼女の近くで過ごしてきたので、彼女が相当プライドの高い、典型的なお貴族様思考の持ち主であることも分かっている。
ウィリアムは一度、世話役の一人である侍女をエリノラが引っ叩いている場面を見てしまった。
後から近くに居た騎士達に訊いたところによると、その侍女は平民出身で、平民を見下しているエリノラはその日のおやつが少し焦げていたことが気に入らず、彼女に八つ当たりしたらしい。
それを聞いた時は内心呆れたものだ。
一国の王女ともあろう人物が、まさかそんなわがままな子どものような理由で使用人に手を上げるなど、彼には考えられなかった。
止めないのかと尋ねると、騎士達や周りの侍女が「王女のわがままには諦めがついている」と言い、乾いた苦笑を漏らしていた。
「こんなところにまで影響が及んでいるとはな…どこまで汚れているんだ、あの女」
そう吐き捨てるウィリアム。
フィリップは何も言わないが、言葉が乱れてしまったウィリアムを注意しないあたり、彼と同意見なのだろう。
フローレンスは相変わらずの無表情で、そんな二人を見ている。
(…視線さえも、フローレンスとは全然…っ!)
ウィリアムはふと、脳裏に過った考えを急いでかき消した。
(いや、フローレンスとあの女とでは、比べるのもおこがましい…今更だったな)
フローレンスの持つ紫色の瞳は、とても澄んだ綺麗な色をしていて、彼が常日頃煩わしく感じている熱はない。
そんな彼女の傍はとても居心地が良い。
「…君の傍は…とても居心地が良いな」
「?ありがとうございます」
ウィリアムの言ったことの意味が分からず、首を傾げながらも礼を述べるフローレンス。
どうやら彼女は、少しばかり鈍感なところがあるらしい。
(反応の一つ一つが…とても愛おしい)
ウィリアムは、彼女に出会ってから胸の奥にずっと燻っている初めての感情を、少しずつ理解し始めていた。
フィリップはそんな主の様子を見て、内心微笑ましさと物珍しさから来る笑いを堪えていた。
「先程はすまなかった。いきなり女性の手を掴むのは失礼だったな」
「いえ、問題ありません」
「痛くはなかったか?」
「はい」
「……」
「……」
フローレンスが必要以上の返答をしない為か、全く会話が続かない二人。
それを見かねたフィリップは、タイミングを見計らって助け舟を出す。
「…お二人共、どこか腰を落ち着ける場所にでも移動してはいかがですか?」
「そ、そうだな!フローレンス、良かったら近くのテラスで話さないか?」
フローレンスはウィリアムの言葉に少しばかり驚いた様子を見せたが、すぐさま首を振ってその申し出を断る。
「申し訳ございませんが、それはお断りさせていただきます」
「な、何故?」
「私は下女でございます。本来ならば殿下とは、こうしてお話することすら許されぬ立場です。一人の下女に、これ以上の温情は勿体のうございます」
あくまでも事務的な態度のフローレンス。
立場の違いを再確認させられたウィリアムは、まるで捨てられた子犬のように分かりやすくショボンとしてしまった。
「駄目…なのか?」
上目遣いに相手の様子を伺うのは、無自覚なのだろうが美形がするとかなりの破壊力がある。
しかしそれにたじろいだり赤面したりすることなく、フローレンスは言った。
「城内に入らないのであれば、問題はありませんが…」
「本当か!?」
ぱっと顔を輝かせるウィリアム。
反応の一つ一つが、まるでわんこである。
それも忠犬。
パタパタと揺れる尻尾の幻覚が見えそうだ。
フィリップは、どうにか笑いを堪えながらフローレンスに尋ねる。
「この国の…というか、この城の下女や下男は城内に入ることすら出来ないのですか?」
「はい。王女様から下された、最下級の使用人達への命令です」
「あの王女からの命令…?それはまた、どうして?」
いくら下女が最下級の使用人だからといっても、城内に全く立ち入れないなど聞いたことがない。
ウィリアムが恐る恐る尋ねると、フローレンスは何でもないことのようにサラリと答えた。
「『卑しい下民など、視界に入れるだけで気分が悪い』と仰っておりました」
「「!?」」
その返答に、ウィリアムだけでなくフィリップも顔を顰めてしまう。
ノームサリア王国の王女エリノラには、二人共良い思い出など欠片もない。
あの媚びまくった声音も、身体から香る無駄に甘ったるい香水も、思い出すだけで虫唾が走る。
ここ数カ月(不本意ながら)彼女の近くで過ごしてきたので、彼女が相当プライドの高い、典型的なお貴族様思考の持ち主であることも分かっている。
ウィリアムは一度、世話役の一人である侍女をエリノラが引っ叩いている場面を見てしまった。
後から近くに居た騎士達に訊いたところによると、その侍女は平民出身で、平民を見下しているエリノラはその日のおやつが少し焦げていたことが気に入らず、彼女に八つ当たりしたらしい。
それを聞いた時は内心呆れたものだ。
一国の王女ともあろう人物が、まさかそんなわがままな子どものような理由で使用人に手を上げるなど、彼には考えられなかった。
止めないのかと尋ねると、騎士達や周りの侍女が「王女のわがままには諦めがついている」と言い、乾いた苦笑を漏らしていた。
「こんなところにまで影響が及んでいるとはな…どこまで汚れているんだ、あの女」
そう吐き捨てるウィリアム。
フィリップは何も言わないが、言葉が乱れてしまったウィリアムを注意しないあたり、彼と同意見なのだろう。
フローレンスは相変わらずの無表情で、そんな二人を見ている。
(…視線さえも、フローレンスとは全然…っ!)
ウィリアムはふと、脳裏に過った考えを急いでかき消した。
(いや、フローレンスとあの女とでは、比べるのもおこがましい…今更だったな)
フローレンスの持つ紫色の瞳は、とても澄んだ綺麗な色をしていて、彼が常日頃煩わしく感じている熱はない。
そんな彼女の傍はとても居心地が良い。
「…君の傍は…とても居心地が良いな」
「?ありがとうございます」
ウィリアムの言ったことの意味が分からず、首を傾げながらも礼を述べるフローレンス。
どうやら彼女は、少しばかり鈍感なところがあるらしい。
(反応の一つ一つが…とても愛おしい)
ウィリアムは、彼女に出会ってから胸の奥にずっと燻っている初めての感情を、少しずつ理解し始めていた。
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