王太子様の最愛は、王女様でも聖女様でもなく洗濯女らしい

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6.聖女

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 あの後、そうしばらくもしない内に、フローレンスが仕事に戻らないといけない時間になってしまい、この日はほとんど話せずお開きとなった。

 ウィリアムはまだ話していたかったようだが、彼女の仕事の邪魔をすることはしたくないので大人しく引き下がる。
 そのかわり、また日を改めて会うことを約束した。
 フローレンスは、些か気乗りしない様子だったが二つ返事で了承してくれ、またお辞儀をしてから元来た道を戻って行った。

 彼女の凛とした後ろ姿が完全に見えなくなったところで、フィリップはゆっくりと口を開いた。

「良かったですね」
「何がだ?」

 気づいていませんでしたか、とフィリップは自分の頬を指差しながら言った。

「ここが、緩んでいますよ。ウィリアム様」
「…ん、本当だ」

 ウィリアムはさっきから緩みっぱなしの頬を摩りながら、フローレンスが去って行った方向を見つめ続けた。
 その瞳は、確かに熱を帯びている。
 敏感にそれを察知したフィリップは、ウィリアムと同じくフローレンスが去って行った方向へ視線を投げ、内心で微笑した。

(これは…この最悪極まりない留学が、思わぬ形で報われることになりそうですね)
「ウィリアム様。先程までの余韻に浸るのは一向に構いませんが、我々にも執務が残っていることをお忘れなきよう」

 互いに感じていることをわざわざ口に出す必要はないと判断したフィリップは、彼自身も目を逸らしたくなるような書類の山を思い出しながら、ウィリアムを執務室へ戻るように促す。
 その言葉にビクッと肩を跳ねさせて振り返ったウィリアムの顔は、大変面倒そうであった。

「む…分かってる……だが、早々に頭の痛い現実に戻すなよ…」
「事実ですので」

 盛大なため息を付きながら踵を返し、重い足取りで執務室へ向かうウィリアム。
 フィリップは、服の内ポケットから愛用の懐中時計を取り出す。
 時刻は丁度、昼に入った辺りであった。

「ウィリアム様。この時間ですと、執務に戻る前に昼食となります」
「…マジかよ…」

 ウィリアムは更に肩を落として、恨めしそうな目でフィリップを見上げる。
 そんな視線もどこ吹く風な様子のフィリップは澄ました顔で返す。

「マジです。言葉が汚いですよ」
「そういうお前も使ってるじゃないか」
「私と貴方では立場が違うでしょう」
「分かってる、だがな…」
「我慢してください」

 完全に言い包められたウィリアムはより一層深いため息をつき、重くなる足を城へ向けた。




~~


 数分後…

(他人からの妨害のせいで食事が不味くなるなんてこと、本当にあるんだなぁ)

 ウィリアムは、隣で隙あらば腕をとろうとしてくるエリノラを軽くあしらいながら、どこか他人事のようにそんなことを考えていた。
 しかも今は…

「お味はどうですかぁ?今日の昼食、腕によりをかけて作ったんですよぉ」

 エリノラとは違う方向の、緩く甘えたような声音…レニアからのアプローチが凄い。
 彼女はこの国の教会の最高位神官であり、「聖女」と呼ばれる女性神官の一人でもある。

 しかし、レニア本人はまだたった14歳の少女だ。
 貴族の令嬢ならもう嫁入りしてもおかしくない年齢だが、その神官としての才能に頼りきって努力をしない為頭脳も経験もまだまだ。
 精神面などやんちゃ盛りの幼い子どもと変わらない程未熟であった。
 気に入らないことがあればすぐ癇癪を起こすわ、つまらないからと言って教会の会合をサボるわ……まあ要するに、我儘放題というわけだ。

 そんな女に癇癪を起こされると後が面倒だ。
 ウィリアムはため息のどうにか飲み込みながら、人当たりの良い、社交辞令とも言える笑みをつくって言葉を返す。

「とてもお上手ですね。本当にレニア殿がお作りになられたんですか?」
「ええ、勿論。私、頑張りましたぁ」

 ウィリアム様のために、と目を潤ませるレニア。
 その瞳に帯びる熱に気づかないふりを決め込みながら、ウィリアムは早々と残りの料理を平らげた。

「ご馳走さまでした。では執務がありますので、私はこれで」

 そう言って立ち上がると、執務の大変さを分かっているエリノラは案外あっさりと引いてくれたが、仕事をサボってばかりのレニアが分かる筈もなく腕を引いて引き止められた。

「えぇ~?もうですかぁ~?」

 甘える…というか誘惑するように自分の体を擦りつけてくるが、残念なことにまだ発育途中のレニアでは効果は半減だ。
 レニア程の美少女ならばそれだけでもデレデレになる者もいるのだろうが、生憎とウィリアムにそういった少女趣味はない。

「はい、失礼します」

 どうにか取り繕った笑顔が引きつるのを抑えながら、なるべく乱暴にならぬようにスルリと腕を抜き取る。

「あ~…」

 また呼び止められる前に、ウィリアムは女性二人に軽く頭を下げ、慌てて部屋を退出した。

(…あの王女以上に面倒なのは、あの聖女かもなぁ…)

 早足に先程の部屋から遠のきながら、ウィリアムは深いため息を漏らすのであった。

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