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8.違和感
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時は少しばかり遡り…王城内にある古ぼけた井戸の横。
そこでシーツなどの洗濯物を纏めて、木で出来た大きなタライの中にすべて入れ終えたフローレンスは、ふっと息をついた。
後は井戸の水を汲んでタライに入れ、更に石鹸水を加えてかき混ぜて……いつも彼女が行っている洗濯という仕事は、言葉にすれば簡単だが実態は相当手間がかかるし体力もいる。
ここらで一休みしておかないと、後が持たないのだ。
(まあ、休んでいるところなんて姫様に見られたら、厳しく叱責されているでしょうけど…)
今フローレンスがいる井戸は、下女や下男が普段仕事をしている区域の外であった。
上の者と接触すると色々面倒な為、彼女もその区域から出ることは滅多にしない。
しかし今回は仕事に戻るのが少しばかり遅れ、いつも使っている井戸が他の下女達で混み合っていたのだ。
フローレンスは貴族達に見つからないように仕事をする他なかった。
このノームサリア王国は、長きに渡り続いている王国で今までクーデターらしい諍いも起こっていない。
そのせいか、「平民共は御貴族方の奴隷」のような認識が貴族階級の者達の間では染み付いているのだ。
世間的立場の低い者達が日々汗だくになりながら働いている姿と、貴族階級の者達が禄な労働もせずに悠々自適に暮らしている姿を比べ、平民を見下す…これがこの国の典型的な貴族の人間だ。
エリノラは、まさにその誤認識が服を着て歩いているような人柄の持ち主で、城の使用人だけでなく国民達からも疎まれていた。
しかし、フローレンスは別にエリノラのことを疎んでいるわけではない。
ただ、関わると面倒な人だと感じているだけであった。
(…あの方のことを考えるなんて、時間の無駄ね。さっさと仕事に戻りましょう)
“好きの反対は無関心”とは、よく言ったものだろう。
__余談だが、フローレンスの聖女レニアへの関心も似たようなもので、必要があればコミュニケーションはとるが必要以上には踏み込まない、というのが彼女のやり方だ。
閑話休題
もう一踏ん張りと気合を入れ直したフローレンスは、井戸の中に桶を投げ入れ水を汲もうと、桶についたロープを引いた。
ザラついたロープで手の皮が擦れ、チリッと痛むが彼女は少し顔を顰めただけで気にも留めず、作業を進めていく。
一度では桶の容量が小さく足りないので、何度も繰り返して。
そんな時、ふと遠くで聞き覚えのあるキンキンした高い声が聞こえてきた。
丁度水汲みを終え、桶を元の場所に返そうとしたフローレンスは思わず振り返る。
今彼女がいる井戸は案外開けたところにあって、客室から大広間へ向かう為の渡り廊下から見れば丸見えなのだ。
それは井戸側から見ても同じことで、フローレンスはその渡り廊下を通る三人の人影をはっきりとその瞳に映す。
彼女の予想通り、やはりその声の主はあのエリノラだった。
その傍らには、ウィリアムとフィリップの二人も居る。
特にウィリアムの方はエリノラに右腕を取られており、グイグイ引っ張られてひどく歩き辛そうであった。
どうやらエリノラは、主にウィリアムに対して早口で何か伝え、ウィリアムはそんな彼女にやんわりと人当たりの良さそうな微笑みと声音で受け答えしている様子だ。
見えるとは言っても、渡り廊下と井戸には距離がある為、会話の内容までははっきりと聞き取れない。
その様子を作業を進めつつ、井戸の影から横目で眺めていたフローレンスは、ウィリアムに違和感を感じていた。
(…私とお話していた時とは、まるで別人ですね…)
その仮面を貼り付けたかのように凝り固まった笑顔と、億劫な気持ちを押し殺し無理に出しているかのような声音が、先程まで素の彼と接していた彼女にとっては、気持ちが悪かったのだ。
そこでシーツなどの洗濯物を纏めて、木で出来た大きなタライの中にすべて入れ終えたフローレンスは、ふっと息をついた。
後は井戸の水を汲んでタライに入れ、更に石鹸水を加えてかき混ぜて……いつも彼女が行っている洗濯という仕事は、言葉にすれば簡単だが実態は相当手間がかかるし体力もいる。
ここらで一休みしておかないと、後が持たないのだ。
(まあ、休んでいるところなんて姫様に見られたら、厳しく叱責されているでしょうけど…)
今フローレンスがいる井戸は、下女や下男が普段仕事をしている区域の外であった。
上の者と接触すると色々面倒な為、彼女もその区域から出ることは滅多にしない。
しかし今回は仕事に戻るのが少しばかり遅れ、いつも使っている井戸が他の下女達で混み合っていたのだ。
フローレンスは貴族達に見つからないように仕事をする他なかった。
このノームサリア王国は、長きに渡り続いている王国で今までクーデターらしい諍いも起こっていない。
そのせいか、「平民共は御貴族方の奴隷」のような認識が貴族階級の者達の間では染み付いているのだ。
世間的立場の低い者達が日々汗だくになりながら働いている姿と、貴族階級の者達が禄な労働もせずに悠々自適に暮らしている姿を比べ、平民を見下す…これがこの国の典型的な貴族の人間だ。
エリノラは、まさにその誤認識が服を着て歩いているような人柄の持ち主で、城の使用人だけでなく国民達からも疎まれていた。
しかし、フローレンスは別にエリノラのことを疎んでいるわけではない。
ただ、関わると面倒な人だと感じているだけであった。
(…あの方のことを考えるなんて、時間の無駄ね。さっさと仕事に戻りましょう)
“好きの反対は無関心”とは、よく言ったものだろう。
__余談だが、フローレンスの聖女レニアへの関心も似たようなもので、必要があればコミュニケーションはとるが必要以上には踏み込まない、というのが彼女のやり方だ。
閑話休題
もう一踏ん張りと気合を入れ直したフローレンスは、井戸の中に桶を投げ入れ水を汲もうと、桶についたロープを引いた。
ザラついたロープで手の皮が擦れ、チリッと痛むが彼女は少し顔を顰めただけで気にも留めず、作業を進めていく。
一度では桶の容量が小さく足りないので、何度も繰り返して。
そんな時、ふと遠くで聞き覚えのあるキンキンした高い声が聞こえてきた。
丁度水汲みを終え、桶を元の場所に返そうとしたフローレンスは思わず振り返る。
今彼女がいる井戸は案外開けたところにあって、客室から大広間へ向かう為の渡り廊下から見れば丸見えなのだ。
それは井戸側から見ても同じことで、フローレンスはその渡り廊下を通る三人の人影をはっきりとその瞳に映す。
彼女の予想通り、やはりその声の主はあのエリノラだった。
その傍らには、ウィリアムとフィリップの二人も居る。
特にウィリアムの方はエリノラに右腕を取られており、グイグイ引っ張られてひどく歩き辛そうであった。
どうやらエリノラは、主にウィリアムに対して早口で何か伝え、ウィリアムはそんな彼女にやんわりと人当たりの良さそうな微笑みと声音で受け答えしている様子だ。
見えるとは言っても、渡り廊下と井戸には距離がある為、会話の内容までははっきりと聞き取れない。
その様子を作業を進めつつ、井戸の影から横目で眺めていたフローレンスは、ウィリアムに違和感を感じていた。
(…私とお話していた時とは、まるで別人ですね…)
その仮面を貼り付けたかのように凝り固まった笑顔と、億劫な気持ちを押し殺し無理に出しているかのような声音が、先程まで素の彼と接していた彼女にとっては、気持ちが悪かったのだ。
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