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変革の狼煙②

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 しばらくするとキャンバスは二人を連れて戻ってきた。枢軸院の連中がどんな悪だくみをしているのかはわからない。ならば俺は、できる限りの対策をしておかなければならない。

「イレイザー。魔法を教えてくれるんだって。お前のすげぇ魔法つかえるようになるんだろ? 楽しみだな」

≪どれだけ使いこなせるかは兄さん達次第だけどね。この国のみんなが本当の魔法を使えるようになればこの国はもっと強くなるよ。先ずはこの間の続きから話をしようか≫

「魔導書の詩の事ね。新たな詩が見つかったって」

≪そう。まずはおさらいから。魔法を習うものなら一番最初に目にすることになる詩≫

 俺は第一階位の書庫から失敬した魔導書を机の上に開いた。

 Ⅰ、我らは十二の魔導士。夜を好む。新月の夜にこそ最も光り輝く。 
 Ⅱ、我らの力を指揮する者。後方より望む力の名を唱えよ。 
 Ⅲ、我らは四分隊。同じ分隊と共に戦えば力は増大する。
 Ⅳ、我らは四分隊。別の分隊と共に戦えば力は変容する。
 Ⅴ、我らの隊列が替わる時、同じ友であってもその力は様々に変容する。
 Ⅵ、我らの力は封魔の力。隣人と共に十二の悪魔を眠らせる。 
 Ⅶ、我らの力は強大。隣人が戦地に赴くとも、傍らの悪魔の眠りは覚まさせぬ。 
 Ⅷ、我らは三人以上で戦地に赴く。だが悪魔を目覚めさせてはならない。 
 Ⅸ、我らが七人で戦地に赴けば、悪魔が目覚め災禍に見舞われる。

≪そして、この奥にある第九階位の書庫で発見した詩がこれ≫

 次に、キャンバスが二人を迎えに行っている間に書き上げておいた後で見つかった詩を皆の前に出した。俺はこの詩を完全に暗記している。

 Ⅹ、私たちは円卓の十二騎士。その力は悪魔を討ち滅ぼす力。
 Ⅺ、私は真夜中に一時、最強の鎧を脱ぎ真の姿となる。その姿は無に等しい。 
 Ⅻ、羊の悪魔に眠らされし隣人、私の鎧を得て最強となり悪魔を討つ。 
 ⅩⅢ、私の鎧は他の者には長くは扱えぬ。一時の猶予しかない。 
 ⅩⅣ、時は過ぎる。鎧は次の者に託される。悪魔が弱りし今こそ滅ぼせ。 
 ⅩⅤ、時は巡り鎧は再び私の許に。十二の悪魔は滅びた。真の姿が目覚める。 
 ⅩⅥ、悪魔を屠りし騎士。十字架の盾を掲げる。真の姿に良く似合う。
 ⅩⅦ、新たな盾が合わぬ者がいる。これでは足りない。
 ⅩⅧ、第一席の騎士は九番目の力を兼任する。
 ⅩⅨ、第五席の騎士は二十二番目の力を兼任する。
 ⅩⅩ、第十席の騎士は二十四番目の力を兼任する。
 ⅩⅪ、幾度も戦場を駆け巡る。三騎士が力を発揮する時、私が盾となろう。
 ⅩⅫ、一つ足りぬ。最後はこの兜を持つ私こそが相応しい。これで全てそろう。 
 私は何者だ?

 ≪こうして並べて見ても一見さっぱり意味は解らない。でもよく見ていると気になる点がいくつか見つかった。『十二の魔導士』が『十二騎士』に変わっていること。一人称が『我』から『私』に変わっていること。そして、横に書かれているこの数字が『Ⅻ』までと『ⅩⅢ』からとで表記がかわっていること≫

 この世界に来て、ある意味で一番驚いたことがある。それは数字だ。地球のローマ数字と全く同じだったのだ。そんな偶然あるものだろうか? 確かにローマ数字はそれほど複雑な記号ではない。だから最初は俺たちの王国の人間の名前が文房具と同じ発音であること同様、神というのは案外いい加減に世界を創造したのだろう。大した意味は無いのだろうと言い聞かせた。しかし、よくよく考えればローマ数字の形には意味があったはずだ。偶然で同じ意味を持つ記号になるわけがない。この詩を書いたものは恐らく俺と同じように地球から来た記憶を持った人間ではないだろうか?

「確かに魔導士と騎士じゃ全然違うよな。じゃあ盾とか鎧ってのも意味があるのか? 魔導士には必要ないものだよな」

≪そう。魔導士と騎士、どちらの詩にも共通する悪魔。僕は最初、彼らは共通の十二人の悪魔と戦う十二人の戦士だと思ってた。でも『羊の悪魔に眠らされし隣人』っていう一節で閃いた。もしかしたら最初の詩の十二の魔導士っていうのが十二星座で、羊の悪魔は牡羊座のことなんじゃないだろうか。と≫

「十二星座? 牡羊座? なんだそれ?」

≪この間話したでしょ? 僕は別の世界から生まれ変わったって。その生まれ変わる前の世界にあった星座の一つさ。無数にある星座の中で黄道十二星座という全部で十二種類の星座がある。牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、魚座の十二種類だよ≫

「で、それが十二の悪魔だってのか? ちょっと待てよ。何でその世界の星座がここにあるんだ?」

≪それについては僕にもわからない。でも今それを考えても答えは出ないだろうから一旦置いておこう。とにかく僕は十二の魔導士っていうのが十二星座だと思っていたんだ。『新月の夜にこそと最も光り輝く』っていう一節は星を表していると思った。そして、もし羊の悪魔っていうのが牡羊座の事であるとすれば魔導士と騎士は、互いを十二の悪魔だと呼び合って戦っているんじゃないだろうかって≫

「互いを悪魔だと呼び合って戦っている? 悪魔は悪魔だろ?」

≪『我』と『私』が別人で対立しあっているならこの詩の意味が成り立つんだ。魔道士は騎士を眠らせている封印の悪魔。そして騎士は魔導士を討ち滅ぼす悪魔。騎士を封じた魔導士を打倒せば騎士は本当の力を手に入れる。それがこの詩の意味なんだ。例えば、僕たちがどこかの国と戦争をしたとして、僕たちの中の誰かが多くの敵国の戦士を殺したとする。僕たちにとってはその戦士は英雄だけど相手の国からすれば悪魔と呼べる存在だ≫

「その理屈は解るが理解は出来んな。騎士とか魔道士とか悪魔とか。何でこんなにわかりにくく書く必要があるんだ?」

 まったくだ。普通、誰かに伝えなければならないがその意味を他人に知られてはならない場合に使われるのが暗号だ。だが、その場合は解いてほしい人間には解き方を先に教えておくのが原則だろう。この暗号の場合は間違いなく地球から来た誰かに解いてもらうことを前提に書かれている。だったら最初からこの世界の人間にはわからない英語で書けばいいんじゃないか? なぜわざわざこの国の言葉でこんなにわかりにくい暗号を作ったのか。この暗号を考えた奴の気が知れない。

「でも、つまり。お前はそれを解いたってことだろ? 教えてくれよ! この詩はどういう意味なんだ?」

≪慌てないで。答えだけでは魔法は使えないんだ。その意味まで理解しないと。なぜならこれから覚えてもらう記号はこの世界の物じゃないから≫

「この世界の物じゃない? どういう事?」

≪それを解き明かすためには、まずこの詩を解明して謎を解くことが重要なんだ。『私は何者だ?』この答えが封印を解くキーワードだよ。まずは最初の九つの詩は間違いなく魔法の原則、ルールを書き記している。でも、ちゃんとこの詩の中にもヒントは隠されていた。それがⅥ、Ⅶ、Ⅷ、Ⅸの詩。これは魔法のルールであると同時にこの星座を使った本当の十二字を封印するための魔法だという事を書き記してある≫

「『我らの力は封魔の力。隣人と共に十二の悪魔を眠らせる 』っていうところね」

≪そう。そしてこの中にある『隣人』っていうのがポイントなんだ。魔導士の詩だけだとその意味は解らないけど騎士の詩にある『円卓』っていうのでこれが円形に並べられているってことが分かった。そして、十二星座。それを円形に並べるとこうなる≫

 そう言って俺は紙に丸を書いて十二等分に分ける様に線を描いた。そしてそこに牡羊座から順番に名前とシンボルを記していった。

≪こうやって並べると牡羊座の隣人っていうのが、牡牛座と魚座だってことが分かる。実際♈は、♉と♓とは一緒に詠唱することは出来ない。こうして描くとこの魔導士の魔法のルールがしっかり見えてくる。さらに属性も書き込むと……≫

「本当だ。この並びだと隣り合うシンボル同士の魔法は存在しないな。同じ属性が隣り合うこともない」

≪そうなんだ。そして、実際第六階位の魔法が二属性のシンボルを並び替えているだけだっていうのがはっきりわかるでしょ? 隣のシンボルを使えないのなら七つ以上を並べることもできない≫

「ホント。すごくわかりやすいわ。最初からこれがあれば魔法の勉強はもっと楽だったのに」

≪そうだね。でも肝心なのはここからだよ。じゃあこの星座は何を封印しているのか。答えは実は最初から記されていた。この魔法に使われる文字はなんて言う?≫

「え? そりゃ十二字だろ?」

≪そう。十二字。時計の無いこの世界じゃピンと来ないかもしれないけど十二字っていうのは十二時を示しているんだ。そして、このローマ数字は前の世界の僕の国で日常的に使われているのは時計の文字盤くらいだ。本当の十二字はⅠからⅫまでの数字の事だったんだ。それをさっき書いた円形の星座の絵に描き加えると……≫

「それぞれの星座の間に数字が入る。つまり星座が数字を封印してるってことか。いや、でも待てよ。数字なんて普通に日常で使ってる。それで魔法が発動したことなんて一度もないぞ?」

≪もちろんこれだけじゃまだ半分足りない。それに魔法はイメージが大切だ。数字を並べる時に魔法の意味を考え、イメージすることなんてまずない。どんなに数字を正しく並べたって、イメージが明確でなければ魔法は発現しないんだよ。よし、じゃあいったん休憩しようか。皆、それぞれこの騎士の詩の意味を考えてみて≫

 そう言い残して席を立ち、大きく背伸びをした。長時間机に向かっているのはやはり体が強張る。俺は五歳から今日まで食事や睡眠など最低限の生命維持や生理現象のための活動以外はほぼ魔法に費やしてきた。魔法だけが俺の生きる糧だった。俺を魔法の天才という奴はたくさんいるが冗談じゃない! 天才なんて一言で片づけてくれるな。俺はそれ相応の努力をしてきた。楽しんでいることは努力とは言わないという奴もいる。もちろん魔法の勉強の全てが楽しかったわけじゃない。苦しいことも辛いことも誰よりも経験してきた。それを乗り越えたからこそ、魔法の楽しさを誰よりも知っているだけだ。この世界に生きる全ての生命の時間の流れが平等であるのであれば、間違いなく俺は誰よりも魔法に没頭した自信がある。その努力や辛い経験を含めて、魔法と向き合ってきた時間こそがこの世界で何よりも楽しい時間だったと断言できるのだ。

 この世界での生活は平成・令和の日本での生活より遥かに辛く、厳しいものだった。だが、その分必死に生きてきた。その辛さを経験したからこそ同時にこの世界に愛着があり、今ではこの生活を気に入ってさえいる。もう元の世界に戻りたいとは思わない。自分の生まれた環境に愛着が持てるかどうかはその世界で何かに全力で撃ち込めたかどうかなんじゃないだろうか? 無理だと諦めたくなるような夢であれ、結果がどうであれ、自分を信じ、それに向かって夢中で打ち込めたかどうか。それが自分が生きる世界での糧であり、生きる意味だと俺は心から思う。 

 そうやって魔法だけに人生の全てを掛けてきた俺は、この城にいる間、魔法を使う機会を奪われ続けている。こんなのとてもじゃないが耐えられない。ファームの計画が整い次第、俺は城を出てあのログハウスで暮らす。その為にも今は辛抱だ。そしてもっと魔法を研究し、俺はこの世界でもっとも偉大な魔法使いとして君臨してやる。俺の物語はここから始まるんだ。 

 謎解きを再開する為、俺は机に戻った。三人は頭を抱えたまま固まっている。どうやら何も思いつかないようだ。当然だ。この謎解きはこの世界の人間には絶対に解けない。

≪どう? 何かわかったことはある?≫

 そんな意地悪な質問をしてみる。

「ダメだ。何一つわからん。よくこんなの解けたな」

≪ふふ。ごめんね。兄さんたちがどれだけ考えてもここから先は絶対に答えが出ないんだ。十二星座と同様に、この国にはその概念自体が無いんだから。じゃあ、なぜこの国の人間には絶対に解けない謎がこの国の、誰一人入ることができない第九階位の魔導書庫にあったのか……。今わかるのは、この詩を残したのは僕と同じように地球から転生してきた誰かだということだけ。この魔法を封印した人間とこの詩を残した人間は同一人物なのか? 何のために封印したのか? この謎は僕もまだ解けていないんだ≫

「……確かに気持ちが悪い話だが、今はそんな事はどうでもいい。今は魔法が使えるようになりたい。とりあえずその、この国にはない概念っていうのは何だ?」

 キャンバスが不機嫌そうに『そんな事』といった魔法を封印した者と、この詩を作った者の意図が分からないまま魔法を教えることにいささか躊躇はした。しかし、犬達を繁殖させ、数字の魔法を使えるようになればこの国が他国に攻撃される可能性が高まる。俺しか戦えない状況のままでは俺が敵を殲滅しなければならなくなる。俺はこの世界で誰一人殺すわけにはいかないんだ。強力な魔法を使える兵士は一人でも多いに越したことは無い。そして枢軸院の年寄り共も何らや企んでいる。今は味方が多い方がいい。そう考え、彼らに魔法を教えることにしたのだ。
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