三体満足

北川イサミ

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(第1話)チアリーダー・アームズ

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甲子園ドームが沸き立つ午後、ひときわ観客の視線を集めていたのは、真紅のレオタードに身を包んだひとりのチアリーダーだった。深紅の衣装から覗く肩のラインには、筋肉ではなく、銀色の機械構造が覗いている。両腕はサイボーグ、いや――義手。

「ナナ! ナナだ!」

スタンドの子どもたちが叫んだ。ナナ・スズキ。甲子園球場公式チアチーム〈オーロラ・ファイヴ〉のエースであり、“両腕のないチアリーダー”としてネットでも話題を集める存在だ。



だが、ナナはもともとチアを志していたわけではない。

事故で両腕を失った17歳の春。ナナは絶望のなかで、サイセイ義肢のプロジェクト「ARMS PRIDE」に選ばれた。機能的でありながら表現力の高い義手を試験装着するモデルとして、チアの舞台に立つことを要請されたのだ。

最初は戸惑った。けれど、ナナはすぐに理解した。

――「動ける身体を見せる」のではなく、「動く意志を見せる」ためのパフォーマンス。

試合の流れが悪くなると、スタンドのファンがナナを探す。彼女がセンターに立つだけで、雰囲気が変わる。鋼の指先で高くポンポンを掲げ、音もなく回転し、仲間たちとリズムを合わせる。

それは、努力でも、奇跡でもない。意思だ。戦う者の意志だった。

この日の試合も、地元のチームが3点ビハインドのまま終盤を迎えていた。

「ナナ、出番よ」

合図とともに、ナナはセンターに進み出た。観客の期待を背に、赤いポンポンを高く構える。

「エールを送るだけじゃない。私は、火をつけるのよ」

人工筋肉の駆動音がかすかに響く。サイドラインの選手たちが、ベンチから顔を上げた。

――応援とは何か。パフォーマンスとは何か。

ナナの演技が終わる頃、球場にはざわめきが戻っていた。ベンチの選手が立ち上がり、次の打席で長打が出た。続いて三者連続ヒット。逆転。

「勝った……!」

ナナの胸に温かい何かが走る。彼女の義手は、力を与える道具ではない。感情を伝える武器だった。

その日の夜、「アームズ・チア」という新しいカテゴリがSNSでバズを巻き起こす。だがナナはただ、試合の録画を見直しながら、小さく微笑んでいた。

――この腕で、誰かの背中を押せるのなら、それでいい。

試合はまた来週。彼女の応援も、また始まる。
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