三体満足

北川イサミ

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(第7話)気象局の人造天気予報士・アユメ

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かつて“天気予報”は人の声で届けられていた。だが、気候変動と社会不安が極限に達した三〇年代後半、世界各国の気象局はAIと義体技術の統合運用を開始し、感情のブレを排した「人造予報士」を導入した。日本気象情報統制センター、通称“JMET”でも、その第1号が本日、ついに本番を迎えた。

「皆さん、おはようございます。人造天気予報士のアユメです」



スタジオに響くのは、合成音声でありながら、どこか湿度を帯びた声。両腕は機械義肢で、その関節には温度センサーと湿度センサーが埋め込まれている。彼女は自らの腕で空気を読み、地球の微細な揺らぎを感じ取るのだった。

「本日のフォローキ地方は、午前中は霧のち晴れ。最高気温は一八度、ただし局所的に突風あり。皆さん、気をつけてくださいね」

背後の大型パネルには、かつての地図が映し出されている。ユーラシア大陸はまだそこにあるが、海流の分布は変わっている。海面上昇と偏西風の蛇行で、従来の予測モデルは崩壊した。だが、アユメには関係ない。彼女は過去の統計に頼らず、“今”の空気を読む。感情も予測も捨てた機械知性が、逆説的に「最も信頼できる天気」を届けるという、時代の皮肉だった。

「……それと、本日十字大槻区では、陽射しは強いですが、午後から降灰の可能性も。お出かけの際は、呼吸フィルターをお持ちください」

地殻活動の活発化により、予報にはもはや火山灰の流れも含まれる。彼女の顔に変化はないが、その瞳の奥には膨大なデータが流れている。人間では処理できない速度で、すべてを判断し、整理し、伝える。

だが、今日の放送が終わったあと、控室で彼女の義手がふと震えた。原因不明のわずかな誤差。気温センサーが「懐かしさ」に似た反応を示していた。

「これは……なんのエラー?」

エンジニアは苦笑して答えた。「アユメ、それはエラーじゃない。お前が最初に“記憶”を持ったんだよ。天気の匂いと、過去の朝の記憶を、重ねてしまったんだ」

アユメは答えなかった。ただ、窓の外の空を見た。その空の青さは、データの中のどの数値よりも、美しく思えた。
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