『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第11話 目から出たのは汗とかそういうのであって涙じゃありませんっ

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「なんであんなひどい事平然と言えるの? グラジオスの馬鹿っ」

「牢を出て開口一番がそれか……」

「暗い牢屋の中にいたいけな女の子一人で残して行っちゃうなんてひどい事しようとしたグラジオスが悪いのっ」

「……はいはい」

 グラジオスは軽く肩をすくめると、兵士に行ってくれと先導を頼む。

 兵士はやや高い声で返事をすると緊張した面持ちで、グラジオスと私、モンターギュ侯爵の前を歩きだした。

「行くぞ」

 グラジオスは顎をしゃくって先を示すと、私の事を気にもせず一歩踏み出した。

「待って」

 男性三人の進みは速い。私はその後を早足でついていかざるを得なかった。

「もうっ、速いよぉ」

 とりあえず文句を言いつつ、置いて行かれない様に私はグラジオスの袖辺りを指先でちょいとつまんだ。

 グラジオスはチラッと横目でそれを確認すると、さすがに振り払う事はせず、気持ち歩く速度を落としてくれる。

 ……もっとゆっくり歩いてよぉ……ばか。

「……牢は泣くほど怖かったのか?」

「な、泣いてないもんっ。ちょっと心細かったから目から汗が出ただけだもんっ」

 なんて、私は少し強がってみせる。

 今までグラジオスにそういう姿を見せて来なかったから、見せるのが気恥しいとかそんな感じだ。

「…………」

 珍しくグラジオスがガキだとかなんとか言ってからかってこない。それにちょっとした物足りなさを覚えた私は、自分から絡んでいってしまう。

「次はもっと早く出してよね」

「次入る予定があるのか」

「それは……ないけど……」

 もしかしたらこのまま首都とかへ行った時にまた身元不明とかで捕まるかもしれないじゃん。

「入れられたらの話っ」

「努力する」

「誠意がないっ」

「なるべく早く出す」

「出来れば入れられる前に出して」

「無茶を言うな、馬鹿が」

 なんて会話を続けながら、私達は客間にまで案内されていった。




 客間は砦内部と思えないほど豪華で、金銀に輝くインテリアなどは無いものの、精緻な彫刻の施された机や、ビロード張りのソファなどが設置されていた。

「殿下。斯様にみすぼらしい部屋で誠にすみません。ですが急な事ですのでこちらでご勘弁願えますでしょうか」

 モンターギュ侯爵が、入り口の脇に立ってグラジオスを迎え入れる。

「私には十分すぎるほどだ、モンターギュ卿。大体、戦場では地べたで直接寝起きしていたのだ。それに比べればここは天国だ」

「ありがたきお言葉」

 相変わらず猫を二十匹ぐらい被りまくったグラジオスが、口元に微笑みを浮かべてモンターギュ侯爵をねぎらう。

 モンターギュ侯爵は、本当に本気でありがたいと思っているようで、感動の涙すら流しそうな雰囲気で頭を下げていた。

 ……ちょっと……いい絵だなぁ……。ぐふっ。

 あ、ダメだ。変な笑いが漏れそう。

「お嬢さんも中へ」

「あ、はいっ。ありがとうございます」

 によによしている私の事も、モンターギュ侯爵は忘れずに部屋の中へと招き入れてくれた。

 まあ、グラジオスの袖を掴んだままだから、嫌でも入っちゃうんだけどね。

「お前は下がって何か温かい飲み物を持ってきてくれ。それからお二人の荷物もだ」

「了解しました」

 兵士は敬礼をすると、今来た廊下をもう一度戻っていった。

 それから私とグラジオスは柔らかいソファに二人揃って腰を下ろして、ようやく人心地付いていた。

 私たちは今まで基本、草の上か土の上で寝起きしていたのだ。こんな柔らかい椅子の上なんてもう本当に、本当に三週間以上ぶりだろうか。

 とにかく私はちょっと感動していた。

「……また泣くのか。忙しい奴だな」

「泣いてないっ。これは私の苦労が水になって目から出て来ただけなのっ」

「……そうか」

「それでは殿下、お話を伺ってもよろしいですかな」

 私たちのやり取りが落ち着くのを待ってから、モンターギュ侯爵がそう切り出した。

 グラジオスはそれまでと打って変わって表情を引き締めると、真剣な顔で頷いた。

「私たちは連合王国軍に参加し、帝国との決戦に打って出た。人数はこちらの方が上。圧倒的に優位な状況にあったのだが……結果は惨敗した」

「はい、その情報は私共の所にも入ってきております。大部分の兵は失いましたが、ザルバトル卿と共に撤退中とのことです」

「なるほど、叔父上も生きておられたか……」

 そんな状況になってたんだ。じゃあ、もしかしなくても、あの場に居た私はそれだけでかなり怪しい存在だったのかもしれない。

 ホント良く助かったなぁ……。相当運が良かったのかも。

「私はオーギュスト卿やダール卿の助けを受けて戦場を逃げ延び、そして……」

 それからグラジオスは私と出会い、ここまでこうして帰って来ることが出来た。

 その話を、グラジオスは克明に、だが歌の部分は濁して語っていった。

「と、言うわけだ」

「……なるほど」

 モンターギュ侯爵は深く頷くと、私に目を向ける。

「お嬢さん。殿下を救っていただき誠にありがとうございます。感謝の念に堪えません」

「あ、いやまあ、そんな感謝されるほどでも……。私もグラジオス……さ……さ……」

 う~、やっぱりグラジオスに『さま』なんてつけたくないなぁ。

「……無理に様なんぞ付けなくていい。お前がそんな言葉を俺に使うと思うと寒気がする」

 モンターギュ侯爵はチラリとグラジオスの顔を伺ったが、それ以上何も言わなかった。

 この世界の常識からじゃ、無礼極まりない事してるんだろうなぁ、私。

「じゃあそうさせてもらうね」

 もっと正式な場所だと呼ぶしかないんだろうけど。

「えっと、グラジオスに助けてもらったりもしたので、そんなに感謝される事じゃないと思います、はい。それよりも、囮になってくれたダールさん達の方が……」

「そ、そうだ! お前はオーギュスト卿の事を何か知らないか?」

『わきゃっ』

 グラジオスは私の出した騎士さん達の名前に反応し、身を乗り出して尋ねる。当然、その袖を握ったままな私は急に手を引かれ、バランスを崩してソファから落下してしまった。

 そのまま私はびたーんと顔面を目の前に設置されているデスクにしこたま打ち付ける。

『い、痛ひ……』

 鼻血とか出てないかな……。

「す、すまん……」

 これはさすがに悪いと思ったのか、グラジオスは素直に謝罪してくれた。

 モンターギュ侯爵もちょっと腰を浮かせて気にしてくれている様だ。

「わ、悪気があったわけじゃないみたいだし、いいけど」

「そうか」

 とりあえず私はグラジオスに噛みつくのはやめておく。

 事情が事情だし、私もあの騎士さん達の事は知っておきたい。

 私はグラジオスの袖から手を放して、ソファに座り直した。

「……申し訳ありませんが、オーギュスト卿の情報は何も入っておりません」

「……そう、か」

 それを聞いたグラジオスは、渋い顔をして黙り込んでしまった。

 きっと、グラジオスにとってオーギュスト卿、つまりあの巌のような老騎士は、大切な存在なのだろう。

 その安否が分からない。もしかしたら最悪な未来が待つかもしれないとなると……。

 ……とっても辛いだろうな。

「決戦になったフォーゲルスヴェルト平原からここまではかなりの距離があります。歩いて、しかも隠れたり逃げながらとなると相応の時間がかかるでしょおう。まだ気を落とされますな」

 確かに、上手く荷馬車に乗れたり、夜の森を抜けられた私達が一番最初にたどり着いたっておかしくないのだ。騎士さん達がまだ生きている可能性はゼロじゃない。

「…………ああ」

「それにオーギュスト卿ほどの武人。ガイザル兵などいくらでも蹴散らして帰ってまいりましょう」

「……そう、だな」

 落ち込んでいるグラジオスをどうやって慰めればいいのか私にはまったく見当がつかず、彼の辛そうな横顔をただ黙ってじっと眺める事しかできなかった。
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