『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
44 / 140

第44話 籠に入れられたカナリアは、初めて世界の広さを知る

しおりを挟む
「ん……」

 頭が重い。頬がヒリヒリするし、お腹や首筋もズキズキ痛む。

「……うだ。窓もしっかり塞いでおけ!」

 焦点の合わない視界の中、赤茶けた服を着た男が大声で指示を出している。

 何人かがせわしなく歩き回る足音や、金づちで何かを叩く音がひっきりなしに聞こえてきて私の耳を苛んだ。

「な……に?」

「おお、目が覚めたか」

 呻く私の声が男の耳に届いたのか、男は切って張り付けた様に不自然な笑みを浮かべながら近づいてくる。

 私はそんな男から逃げようと体を動かそうとして――自分が縛られている事にようやく気付く。

 そして思い出す。私がごろつき二人組に連れ去られたことを。

「わ、私……。私をどうするつもりなのっ!?」

「……まあ、今のところ傷つけるつもりはない。俺たち商人が、大事な商品に傷をつけて値段を下げる様な事をするはずないだろ?」

 ……商人? この人は商人なの?

 それに今この人は、私の事を商品って……。ということはこの人は奴隷商人か何か?

「……私、これでも一応グラジオス……殿下お付きの楽士なんですけど。アッカマン商会とも契約してるの。こんな事してただですむと思うの? 今なら無かった事にしてあげるから、私を解放して」

 こんな脅しが通じる相手とも思えなかったが、一応言うだけは言っておく。

 そうしながら私は周囲をこっそり盗み見た。

 私が今捕まっている場所は、倉庫か何かの様で、天井近くに採光用の窓があるところを見ると、半分地下にあるような倉庫に見える。

 数人の男の人たちが内と外からその窓を板か何かで塞いでいて、恐らく私を閉じ込めるための処置ではないかと思う。つまりこの男は普段人身売買を行うような設備を持っていないという事になる。

 賞金、などというごろつきたちの言葉頭をよぎる。

 それと合わせて考えれば、この男はもしかしたら普段は別の事をやっていたのだが、何か理由があって、突然私を狙い始めたのかもしれなかった。

「……いや、言うねえ、お前さんも。よくそこまで口が回るもんだ。さすがは歌姫だ」

「聞いてなかったの?」

「聞いていたさ。……おい、早く塞げ! さぼってんじゃねえぞ」

 男は私とまともに取り合おうともせず、部下らしき人達を怒鳴りつける。

 ……順調に、私の逃げ場はなくなってきているみたいだった。

 単純に大声を上げる? ううん、ダメ。口を塞がれて終わりだ。状況はもっと悪くなる。

 だったら、この男と会話を繰り返して何とかして多くの情報を得て脱出の手がかりを掴むんだ。

 このままだと確実に想像すらしたくない未来が待ってるから……。

「こ、こんな立派な倉庫を持ってるし、人も居るじゃない。勿体ないとか思わないわけ?」

「ほうほう、その通りだ」

「それと私を交換だなんて、割に合わないでしょ!? 商人ならそう思わないの?」

「くっくっくっ……」

 言葉をいくら重ねても、男はただ面白そうにするだけで何の情報もくれないしまともに相手もしてくれなかった。

 この頭のキレ様から察するに、外では相応の地位を築き上げたひとかどの人物だろう。

 だからこそ、分からなかった。なぜこんな事をするのかが。

「ねえ、なんでこんな事をするの、教えて。私にできる事があったら協力するから。だから私を帰してよ……」

 お願い、という最後の言葉は奥歯でギリギリ噛み潰した。

 出来る限り、弱みは見せたくない。自分がどうなるのか分からなくて、どれだけ怖くても。

「……お前さんが協力、ねえ」

 始めて男の瞳に感情が宿る。だがその色は――。

「ほぉ~。なら今すぐアッカマンとの契約を切って、俺と手を組んで、アッカマンの野郎を叩き潰しちゃくんねえか?」

 憎悪。

「それは……」

「無理だろう?」

 男はしゃがみ込むと、乱暴な手つきで私の髪を掴み、自分の視線と私の視線が同じ高さになる様に私を吊り上げた。

「ぐっ」

 ――痛い。頭の皮膚が引きちぎれそうなほどに。

 でも私はぐっと堪えて男を睨み返す。

「俺はな、お前のせいでアッカマンの野郎に叩き潰された・・・・・・んだよ。分かるか? お前が歌なんぞで客の関心を引いて、俺らの客、契約、全てを取っていきやがったんだ!」

 それまでの顔が嘘であったかのように、男は激しい感情を私にぶつける。

「今まで積み上げて来た全てがおじゃんだ! 一人の客も来やしねえ。アッカマン商会の印が入った商品ならば目を引くし信用できるからと、ずっと契約してきた貴族たちも全てアッカマンに乗り換えやがった。全部だ! 全部失った!!」

 恐らく男はアッカマン商会とはライバルの商会だったのだろう。それが私をきっかけにして完全に叩き潰されてしまったのだ。

 その恨みがどこに行くかは……当然広告塔の私に決まっていた。

「……貴方も同じことをすればいいんじゃないの? 吟遊詩人とか貴族の楽士を雇ったり、有名な劇俳優さんを広告塔にするとか……」

「やったさ、そんな事。だがな、どうやってもお前さんには敵わないのさ。一人の吟遊詩人が歌える歌は、多くてもせいぜい十曲程度。後はその場の人間を題材に、即興で適当な伴奏を付けながら詩を吟じるのがせいぜいだ。だがお前さんは格が違う。色んな曲を何十曲何百曲と歌いやがる。しかも一つとして同じような毛色の物がねえ」

 普通、作曲者や作詞家が同じなら、どうしても癖というのが出来てしまう。

 自分一人で作曲や作詞を行う吟遊詩人ならば、どうしても似通った歌になってしまうのだ。

 大量に積み重なったアニソンという文化チートを用いている私に、そういう点で適わないのは当たり前だった。

「だから潰すしかねえじゃねえか」

「でも、私を潰しても貴方がこの国に居られないんじゃ本末転倒じゃない」

「ふんっ」

 男は私の髪を掴んでいた手をパッと放す。

 当然、私の体は重力に引かれて落下し、勢いよく床とぶつかった。

 新たな痛みが体と頭に生まれるが、歯を食いしばって堪える。

「お前さんは、国外でも人気らしいな」

 私の中で真っ先に思い浮かんだのはルドルフさまだった。でも彼はこんな犯罪めいた手段を好むとは思えない。

「連合諸国から引く手数多だそうじゃないか。連日のように講演依頼や雇い入れたいという手紙が舞い込んでるって聞いてるぜ。部屋一つが手紙で埋まるなんて噂もあるそうだ」

 ……それは知らなかった。グラジオスか、もしかしたらグラジオスに余計な事をしてほしくないカシミールやヴォルフラム四世王辺りが止めているのかもしれない。

「そういう貴族連中なら喜んで金を出すだろうぜ。そして貴族様に取り入って、その国で再起をかける」

「外交……問題になるんじゃないの? グラジオスが助けに来ないはずないでしょ」

「お前、屋敷の中でずっと囲われるとか考えないのか? 一生日の光を見ないお姫様・・・っつー奴隷が何人居たと思う?」

 それに対して私は返す言葉が無かった。

 確かに、売られてしまったらもうどうしようもないだろう。

 逃げ出してもそこは異国で、味方してくれる人は誰も居ない。連れ戻されるかのたれ死ぬのが関の山だ。

「まあ、お前さんのガキ臭い体を弄んで傷つけるのが趣味って変態貴族に売るこたねえから安心しろや。顧客を長い事満足させ続けられたら、俺らにも利益があるからな」

 もう私は男の言葉を聞いてなどいなかった。

 ただただ、過去の迂闊な自分を責めていた。

 ここは安全な日本じゃないって分かってたのに。いつもはグラジオスとかハイネが一緒に居てくれたから、危ない目に会わなかっただけなんだ。

 今まで危ない目に会わなかったからこの町は安全なんだって勘違いしてた。

 わざわざエマが注意までしてくれたのに、ストレスが溜まっていたとか買い食いしたいとか、そんなくだらない理由で安全性を軽く見てしまったのだ。

 私は、馬鹿だ。

 後悔しても、もう遅いけれど。

「……自分の立場ってもんをしっかり理解したみてえだな」

 男は満足げに頷いてから仕事の終わった部下を呼びつけ、ナイフを握らせながら私の監視を命じた。

「じゃあ、数日後にはこの国ともおさらばだ。この空気をしっかり楽しんでおけ。どの国に行くにしても、ここよりは寒くなるからな」

 男は言葉を残し、倉庫から去って行ってしまう。

 後に残ったのは、ただのだだっ広いだけの薄暗い空間と、見張りの男一人だけだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?

エス
恋愛
前世で日本の文房具好き書店員だった記憶を持つ伯爵令嬢ミリアンヌは、父との約束で、絶対に身分を明かさないことを条件に、変装してオリジナル文具を扱うお店《ことのは堂》を開店することに。  文具の販売はもちろん、手紙の代筆や添削を通して、ささやかながら誰かの想いを届ける手助けをしていた。  そんなある日、イケメン騎士レイが突然来店し、ミリアンヌにいきなり愛の告白!? 聞けば、以前ミリアンヌが代筆したラブレターに感動し、本当の筆者である彼女を探して、告白しに来たのだとか。  もちろんキッパリ断りましたが、それ以来、彼は毎日ミリアンヌ宛ての恋文を抱えてやって来るようになりまして。 「あなた宛の恋文の、添削お願いします!」  ......って言われましても、ねぇ?  レイの一途なアプローチに振り回されつつも、大好きな文房具に囲まれ、店主としての仕事を楽しむ日々。  お客様の相談にのったり、前世の知識を活かして、この世界にはない文房具を開発したり。  気づけば店は、騎士達から、果ては王城の使者までが買いに来る人気店に。お願いだから、身バレだけは勘弁してほしい!!  しかしついに、ミリアンヌの正体を知る者が、店にやって来て......!?  恋文から始まる、秘密だらけの恋とお仕事。果たしてその結末は!? ※ほかサイトで投稿していたものを、少し修正して投稿しています。

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さくら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...