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第61話 さようなら、また逢う日まで
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私達は二週間の公演を終えた後、皇帝陛下に気に入られて帰国予定を延ばして一週間の滞在を楽しんだ。
そして、私達が帰る日がやって来た。
見送りには大勢の人たちが来てくれている。
「ありがとうございました、ナターリエさん。色々と教えていただいて勉強になりました」
「そんな、私の方こそキララさんにお世話になってばかりで。ありがとうございました」
私とナターリエは別れを惜しむかのように抱擁を交わす。
きっとこれからもナターリエはルドルフさまの隣で報われない歌を歌うのだろう。
その事を想うと、少し胸が締め付けられるような気がした。
「ナターリエさん。思いきって告白してみたりなんかしませんか?」
しかしナターリエは小さく首を横に振るだけだった。
だったらこれ以上私に言えることはない。
私はナターリエさんの背中を頑張ってと願いを込め、軽く二回ぽんぽんと叩いてから体を放した。
「ふふっ。そういうキララさんも頑張ってくださいね」
「ん~、私はまだ出会いがありませんからねぇ……。子どもからは嫌になるくらい告白されましたけど……って何ですかその顔」
ナターリエは苦笑と分かってないなあコイツ、みたいな感情が混ざった感じの表情を浮かべていた。
なんというか、ちょっと、気になる。
「いえ、そちらは頑張られる立場みたいですね」
「はぁ……」
よく分からないが、意味深な事を言われてしまう。
私は後ろ髪を引かれつつも次の人。この場の責任者であるルドルフさまの前に立つ。
「ルドルフさま。本当によくしていただいてありがとうございました」
ルドルフさまは、カーテシーをする私の手を取って口づける。
正直言っていつまで経ってもこの文化には慣れそうになかった。特にルドルフさまにされると、嫌が応にも鼓動が早くなってしまう。
「寂しくなるな。本心を言えば、君を帰したくないよ」
「そう言っていただけるだけで光栄です。でも……王国にも私を待ってくれている人が居ますから……」
屋台のおじさん。いつも必ず聞きに来てくれたお兄さんや、差し入れをくれたおばさん。町のみんなにお城のメイドさんやコックさん。脳裏に沢山の顔と名前が浮かんでは消えていく。
会いたい人が沢山居た。
もう一度歌ってあげたい人達がアルザルド王国には居るのだ。
「じゃあ今度は僕から会いに行こうかな。ちょうどほら、君が教えてくれたチェンバロを改造する楽器があるじゃないか。あれが完成すれば君も弾いてみたいだろう?」
「そ、それはそうですが……。そんな事の為にルドルフさまがわざわざいらっしゃるなんて悪い気が致しますし」
「それなら君に求婚しに行こうかな。ほら、僕のものになってくれって前に言ってただろう」
あまりに軽く言っている上に顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。本気で求婚する気がないのは確かだった。
「お戯れを。第二位皇位継承者であらせられる自覚をお持ちください」
だから私はぴしゃりと断っておく。
案の定、ルドルフさまは楽しそうにくっくっと笑うと、両手をあげて肩をすくめた。
「さて、自覚で思い出したんだけど、お別れを言いたいって僕の弟《・》が言っていてね」
ひょこんっ、とルドルフさまの影から一人の男の子が顔を出す。
その男の子を見た瞬間、私の頬が思いっきり引きつるのを感じた。
……いやもうね。さっきのルドルフさまの冗談が万倍マシだと思うの。だって……。
「……陛下……」
先ほど謁見の間にてしかつめらしい顔をして、舌が噛みそうになる長い挨拶をグラジオスと交わして別れたはずの皇帝陛下が、その男の子の正体だった。
「余……僕は皇帝などではないぞ。ルドルフと血の繋がらない弟、レオだ」
皇帝などと呼び捨てられる時点でもうバレバレなのだが、本人にその自覚はないみたいだ。
私はため息をつき……その演技に乗ってあげる事にした。
というか乗らないと色々拙いというか……。いくら影の護衛が居たとはいえ、調子に乗って一緒に城を脱出したなんて事実が知られたら外交問題一直線。
そう、目の前の男の子はレオ。カール皇帝陛下じゃない……事にしないといけないのだ。
私は少しだけ屈んで陛下と視線を合わせる。
「レオ、さよなら」
「うむ」
きゅっと陛下を抱きしめた。子ども特有の高い体温が私の心にまでぬくもりを届けてくれる。
陛下も私の背中に手を回すと少し強い力で抱き返してくれた。
「色々楽しかったよ。ありがとう」
「僕も、楽しかった。あんなこと、生まれて初めてだったよ」
「ん」
この純真無垢な皇帝陛下を、本当に愛おしく思う。
出来る事ならこの鳩の様に無垢なまま、優しい人になって欲しいと願う。
そうなれば、私はまた、寒いけれど温かくて懐の深いこの国を訪れる事ができるだろうから。
「キララ」
「なに?」
「キララを僕の妃《きさき》にしてあげるよ。そしたらずっと一緒に居られるよ」
まったく、レオじゃなかったのかな。
私は苦笑しつつ体を放すと、つんっと陛下のおでこを突っついた。
「そういうのは、本当に好きな人が出来てから言うの」
「むう、僕はキララが好きだぞ?」
六歳児が十八のお姉さんに抱くのは憧れです。恋愛感情じゃありません。
「好きにも色々種類があって私への好きとは違うの。いいから納得する」
「むー」
不満げな陛下におでこをくっつけ、綺麗なブラウンアイを間近で見つめる。
ほら、どぎまぎしたりしない。恋愛感情をよく分かってないんだから。
「レオ。また会おうね」
「……うん、絶対だよ」
「もちろん」
私はぐりぐりっと額を押し付けて約束を交わすと陛下と笑い合って、別れを告げた。
「皆さん、ありがとうございました。皆さんもお元気で!」
最後はお世話に沢山の人たちに私は挨拶をしてから馬車に飛び乗った。
そしてすぐに馬車の窓を開けて、そこから首を突き出す。
「みんなも早く乗って乗って」
私に急かされる形で、エマ、ハイネ、グラジオスの順番に馬車に乗る。
そして、馬車が出発した。
「さよなら~っ。またね~っ!」
揺れる馬車の中。私はずっと、ず~っと手を振り続けた。
小さくなっていく陛下たちに。
彼らが見えなくなったら、今度は馬車を見送るために出て来てくれたガイザル帝国の人達に。
私は手がちぎれるくらいにブンブン振り回して別れを告げたのだった。
そして、私達が帰る日がやって来た。
見送りには大勢の人たちが来てくれている。
「ありがとうございました、ナターリエさん。色々と教えていただいて勉強になりました」
「そんな、私の方こそキララさんにお世話になってばかりで。ありがとうございました」
私とナターリエは別れを惜しむかのように抱擁を交わす。
きっとこれからもナターリエはルドルフさまの隣で報われない歌を歌うのだろう。
その事を想うと、少し胸が締め付けられるような気がした。
「ナターリエさん。思いきって告白してみたりなんかしませんか?」
しかしナターリエは小さく首を横に振るだけだった。
だったらこれ以上私に言えることはない。
私はナターリエさんの背中を頑張ってと願いを込め、軽く二回ぽんぽんと叩いてから体を放した。
「ふふっ。そういうキララさんも頑張ってくださいね」
「ん~、私はまだ出会いがありませんからねぇ……。子どもからは嫌になるくらい告白されましたけど……って何ですかその顔」
ナターリエは苦笑と分かってないなあコイツ、みたいな感情が混ざった感じの表情を浮かべていた。
なんというか、ちょっと、気になる。
「いえ、そちらは頑張られる立場みたいですね」
「はぁ……」
よく分からないが、意味深な事を言われてしまう。
私は後ろ髪を引かれつつも次の人。この場の責任者であるルドルフさまの前に立つ。
「ルドルフさま。本当によくしていただいてありがとうございました」
ルドルフさまは、カーテシーをする私の手を取って口づける。
正直言っていつまで経ってもこの文化には慣れそうになかった。特にルドルフさまにされると、嫌が応にも鼓動が早くなってしまう。
「寂しくなるな。本心を言えば、君を帰したくないよ」
「そう言っていただけるだけで光栄です。でも……王国にも私を待ってくれている人が居ますから……」
屋台のおじさん。いつも必ず聞きに来てくれたお兄さんや、差し入れをくれたおばさん。町のみんなにお城のメイドさんやコックさん。脳裏に沢山の顔と名前が浮かんでは消えていく。
会いたい人が沢山居た。
もう一度歌ってあげたい人達がアルザルド王国には居るのだ。
「じゃあ今度は僕から会いに行こうかな。ちょうどほら、君が教えてくれたチェンバロを改造する楽器があるじゃないか。あれが完成すれば君も弾いてみたいだろう?」
「そ、それはそうですが……。そんな事の為にルドルフさまがわざわざいらっしゃるなんて悪い気が致しますし」
「それなら君に求婚しに行こうかな。ほら、僕のものになってくれって前に言ってただろう」
あまりに軽く言っている上に顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。本気で求婚する気がないのは確かだった。
「お戯れを。第二位皇位継承者であらせられる自覚をお持ちください」
だから私はぴしゃりと断っておく。
案の定、ルドルフさまは楽しそうにくっくっと笑うと、両手をあげて肩をすくめた。
「さて、自覚で思い出したんだけど、お別れを言いたいって僕の弟《・》が言っていてね」
ひょこんっ、とルドルフさまの影から一人の男の子が顔を出す。
その男の子を見た瞬間、私の頬が思いっきり引きつるのを感じた。
……いやもうね。さっきのルドルフさまの冗談が万倍マシだと思うの。だって……。
「……陛下……」
先ほど謁見の間にてしかつめらしい顔をして、舌が噛みそうになる長い挨拶をグラジオスと交わして別れたはずの皇帝陛下が、その男の子の正体だった。
「余……僕は皇帝などではないぞ。ルドルフと血の繋がらない弟、レオだ」
皇帝などと呼び捨てられる時点でもうバレバレなのだが、本人にその自覚はないみたいだ。
私はため息をつき……その演技に乗ってあげる事にした。
というか乗らないと色々拙いというか……。いくら影の護衛が居たとはいえ、調子に乗って一緒に城を脱出したなんて事実が知られたら外交問題一直線。
そう、目の前の男の子はレオ。カール皇帝陛下じゃない……事にしないといけないのだ。
私は少しだけ屈んで陛下と視線を合わせる。
「レオ、さよなら」
「うむ」
きゅっと陛下を抱きしめた。子ども特有の高い体温が私の心にまでぬくもりを届けてくれる。
陛下も私の背中に手を回すと少し強い力で抱き返してくれた。
「色々楽しかったよ。ありがとう」
「僕も、楽しかった。あんなこと、生まれて初めてだったよ」
「ん」
この純真無垢な皇帝陛下を、本当に愛おしく思う。
出来る事ならこの鳩の様に無垢なまま、優しい人になって欲しいと願う。
そうなれば、私はまた、寒いけれど温かくて懐の深いこの国を訪れる事ができるだろうから。
「キララ」
「なに?」
「キララを僕の妃《きさき》にしてあげるよ。そしたらずっと一緒に居られるよ」
まったく、レオじゃなかったのかな。
私は苦笑しつつ体を放すと、つんっと陛下のおでこを突っついた。
「そういうのは、本当に好きな人が出来てから言うの」
「むう、僕はキララが好きだぞ?」
六歳児が十八のお姉さんに抱くのは憧れです。恋愛感情じゃありません。
「好きにも色々種類があって私への好きとは違うの。いいから納得する」
「むー」
不満げな陛下におでこをくっつけ、綺麗なブラウンアイを間近で見つめる。
ほら、どぎまぎしたりしない。恋愛感情をよく分かってないんだから。
「レオ。また会おうね」
「……うん、絶対だよ」
「もちろん」
私はぐりぐりっと額を押し付けて約束を交わすと陛下と笑い合って、別れを告げた。
「皆さん、ありがとうございました。皆さんもお元気で!」
最後はお世話に沢山の人たちに私は挨拶をしてから馬車に飛び乗った。
そしてすぐに馬車の窓を開けて、そこから首を突き出す。
「みんなも早く乗って乗って」
私に急かされる形で、エマ、ハイネ、グラジオスの順番に馬車に乗る。
そして、馬車が出発した。
「さよなら~っ。またね~っ!」
揺れる馬車の中。私はずっと、ず~っと手を振り続けた。
小さくなっていく陛下たちに。
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