『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第62話 宴の中で酔えない私

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 帝国から更に三か国で公演を行った後にアルザルド王国へと帰って来た私達は、国境の砦でモンターギュ侯爵に出迎えられていた。

「お帰りなさいませ、殿下、皆様。よくぞお戻りになられました」

「久しいな、モンターギュ卿。お前は大事なかったか?」

「いえ、この老骨めは殿下のお陰で日々を安穏と過ごせておりましてな。難点といたしましては少々退屈が過ぎてボケが来そうであります」

 そう言ってモンターギュ侯爵はシワが刻まれた顔を更にしわくちゃにして笑う。

 頼もしくなったグラジオスの凱旋を、心の底から嬉しく思っているのだろう。

「私はお前の顔が見られて安心した……と、それよりも」

 グラジオスは背後へと視線を向ける。

 視線の先には、馬車から荷物を下ろしながら、友人と旧交を温めているハイネの姿があった。

 祖父の心孫知らずとでも言うべきだろうか。

「ハイネー、ちょっと!」

「うっす、姉御! 今行くっす!」

 私の声に素直に従いハイネが駆けてくる。

「久しぶりっす爺さん。それでなんすか姉御」

 まるで昨日会ったばかりとでもいった感じで、片手をあげて軽く自分の祖父への挨拶を終えてしまう。

 その雑過ぎる態度に、私も少し呆れてしまった。

 まあ、肉親相手だとこんなものかもしれないけど。

「ハイネ。モンターギュ侯爵ってあなたのお爺さんでしょ。もっときちんと挨拶しなさい」

「え、でも爺さんっすよ? 自分もういい大人なんでそんな肉親恋しいとか別に……」

「するの!」

「うっす!」

 ドスが効いて殺気の籠った私の声に、ハイネは直立不動の姿勢で敬礼する。

 その後、ロボットの様なぎこちない動きでモンターギュ侯爵の方へと体ごと向くと、

「久しぶりです、アルじい。ただいま帰りました。えー、心配をおかけしたと思うっすが、自分はこうして怪我ひとつないっす!」

 アルベルト・モンターギュ侯爵だからアル爺って呼んでるのかとちょっと納得する。

 一方、アル爺と呼ばれたモンターギュ侯爵は、自身の目でハイネの無事を確認して、本当にこっそりと(正面に居るというのにハイネは気付いていなさそうだった)安堵のため息をもらしていた。

「ハイネ。殿下とイイノヤ様のお役に立てたか?」

「うっす。自分にしか出来ない事を精いっぱいやれた自信があるっす」

「はい。間違いなくハイネが居てくれたからこそこの演奏外交は成功しました」

 ね、グラジオス。と私はグラジオスを見て無言で同意を促す。

 グラジオスがそれを否定することなどあり得るはずがなく、モンターギュ侯爵の目を見て大きく頷いた。

 モンターギュ侯爵は、しばらくハイネの瞳をじっと見つめる。

 そして納得したようにうんうんと何度も頷くと、

「ハイネ。男の顔になったな」

 そう満足げに呟いた。

 もっともその後に、相変わらず珍奇な喋り方と態度だがと文句も飛び出したのだが、おおむね好意的な評価を下したみたいだ。

「では、本日は殿下の門出を祝福いたしまして、宴でも催しましょう。こちらで体を休めて行かれるのでしょう?」

 馬や御者、それから揺れる馬車に長い事乗りっぱなしである私達は相当疲れが溜まっている。

 モンターギュ侯爵からの申し出は、心の底から有難かった。

「ありがとうございます。なら……」

 私はグラジオスと小声でヒソヒソと相談する。

 たいした事でもなかったので、すぐに結論は出た。

「私達、御前演奏で色々な物を戴いたんですよ」

 お菓子、果物、衣服に様々な装飾品などなど。どれも代金代わりな故に相当高級な物を沢山貰ったのだが、如何せん売ったりすることは出来ないため、もの凄くたまりにたまっていったのだ。

 その中でも保存がききやすい食品であるお酒が問題だった。

 飲む人は一応居るのだが、次の日に差しさわりが無いようにと控えるため、その消費量は極僅かだ。

 結果、上等なお酒が馬車一台分も溜まってしまっていた。

「お酒、邪魔になってるんで、皆さんでパーっと飲んじゃってください」

 久しぶりに深酒が出来るとあって、ハイネが生唾を飲み込む。

 そういえばハイネは結構お酒好きな方だったっけ。公演と練習の連続で全然飲めなかったもんね。今日はぶっ倒れるまで飲んでよし。

 まあ、兵士全員にふるまったらそんなに量は飲めないかもだけど。

「ほぉ、それは兵たちが喜びますな」

「大事な任務に就いてもらっているからな。国からの礼の様なものだ」

「ありがとうございます」




 そして、宴が始まった。

 アッカマン、針子さんたち、護衛の傭兵さんたち、経理や材料調調達の人たち、連絡に走り回ってくれた人等々、総勢五十人近くいる私と一緒に旅をしてくれた人達と、この砦の兵士さんたち(警戒として最低限の兵士が残っているものの)が、中庭に集まって飲めや歌えのどんちゃん騒ぎをしている。

 特に、今まで休む暇もなかった人たちが、心の底からリラックスして宴を楽しんでいるのを見るのは……。

「……ありがと、ね」

 私は聞こえないと理解しつつ、感謝の言葉をつぶやいた。

 みんなの邪魔にならないようにと壁際に移動すると、手の中の杯を呷る。中身は冷たい果実水で、お酒ではない。

 一応まだ二十歳になっていないから、意味はないと知りつつも遠慮しているのだ。

「雲母、何をしている」

 そんな風にちょっとだけたそがれていた私の所に木製の杯を手にしたグラジオスがやってくる。

 不思議とグラジオスからはアルコールの匂いが全くしなかった。

「ん? 終わったんだなぁって思って」

「そうか」

 グラジオスは私の隣にドカッと座ると、壁に背中を預ける。

 はしゃぎ、笑いあったおかげで火照った体に冷たい石壁はさぞ気持ちがいい事だろう。

「ねえ、グラジオス」

「なんだ?」

「やっぱり故郷ってだけでみんな安心するんだね」

 私の視線の先を追って、グラジオスも彼らの柔らかい顔を見る。

「……そうだな」

 グラジオスも同じなのだろうか。ちょっとだけ、気になってしまう。

 だって私は……この世界の住人ですらないから。

 二年近く前、このお城で泣きじゃくってグラジオスに慰めて貰ったことを思い出す。

 それもあってか、私は少しセンチになっているみたいだった。

 さすがにもう泣いたりはしないけど。

「……雲母の故郷は、帝国ではなかったんだな」

「ん? どうしてそう思ってたの?」

「雲母とはじめて出会ったのが帝国領だったからな」

「ああ、違うよ。私の故郷はもっともっと遠く。多分、帰れない」

 グラジオスが少し気まずそうに私の方を見る。

 ……何かそんな要素あったっけ?

 私がグラジオスの顔をじっと見つめていると、観念したのかきまり悪そうに続きを口にする。

「国を追われたのか?」

「…………」

 言っても、信じないだろうし理解できないだろう。

 それに多元宇宙論とかSF用語である程度知っていても、何の知識もない人にうまく説明できる自信がなかった。

 それでもグラジオスならもしかしてと、私は迷ってしまって……。

「ねえ、これからする私の話。何も疑わずに全部信じてくれる?」

「当たり前だ」

「うぇっ?」

 なんのためらいもなく、グラジオスが私を肯定してくれる。その事に、少しだけ動揺してしまった。

 ちょっとだけ、顔に血が上ってくるのを感じてしまう。

 私は多分赤くなっているだろうが、顔を見られるのが嫌で果実水を飲む振りをしてコップで顔を隠す。

「俺がお前を疑ったことがあるか?」

「……沢山あるでしょ」

「…………」

 いや、否定しないんかいっ。もうちょっとかっこつけなさいよねっ。

 私も嘘ついた記憶、結構あるけどさ。

「あ~、まあ、あれだ。いざという時や、本当に大切な事を言う時は、だな」

 そんなフォローしてます感満載で言わないでよね。ちょっと情けなくなって来るじゃん、も~。

「分かったから分かったらから。ちゃんと聞いてて」

 私は弛緩してしまった空気をちょっと不満に思いながら、私の生い立ちを語り出した。 

 異世界から来たという事も、全部。包み隠さず。

 グラジオスは全てを聞き終わっても、ずっと黙りこくっていた。

「と、いう訳。私はホントはぜーんぶ借り物。それに音楽的な技術が低いこの世界に来て得意になってただけ。私より上手い人は沢山居るし、私はたまたまここに居るだけの子どもなんだ……」

 ちょっとだけ、気分が沈んでしまう。

 いつもは考えないようにしていて歌っているけれど、時折こういう疎外感を感じた時は……考えてしまうのだ。

 本当はこういうの、私に協力してくれてる人に対して失礼なんだろうけど……。

「なんだ、そんな事で暗い顔をしていたのか。てっきりご両親が亡くなられただとかそういう事で悩んでいるのかと思った」

「私のお母さんお父さんは生きてるもん。一生会えないけど。って、そんな事って何よ! こっちは真剣に悩んでて……」

「ここに来られたのは雲母だけだ。ここで歌ったのも雲母だ。そいつらはここに来ることも出来やしないんだ。それに自分が殺されそうになっているのに歌える馬鹿が居るか? それは雲母だからできたことだ。他の誰にも出来やしない」

 それはテレビの企画だって勘違いしたからできたことで、本当に命の危険があるって思ってたら出来なかったし……。

 ああもう、どう言えばいいんだろ。

「ICレコーダーだったか。そもそも俺はソイツらの歌を聴いたが、それでも雲母の歌の方が好きだし上手いと思う」

「え、ええええっ!?」

「雲母の方が活き活きしているし、雲母の声の方が俺の好みだ。だいたい顔も見たことがない連中より雲母の方が良いに決まっている」

 もう欲目に曇ったグラジオスの言葉が恥ずかしすぎて、私はどうしていいのか分からなくなってしまった。

 こんなにストレートに私の歌を褒めてくれて、好きだと言ってくれたのは……多分、初めてだ。

「グラジオス……お酒飲みすぎ……」

「俺は一滴も飲んでいない。大体俺が歌の事で嘘をつくか。全部本心だ」

「あうぅぅ」

 なにこれなにこれ。意味分かんないよぉ。

 グラジオス絶対酔ってる! お酒じゃなくても雰囲気に!

 こんな恥ずかしい事真顔で言えるキャラじゃないでしょぉぉ。

「もぉ……」

 私は恥ずかしくって恥ずかしくって……。

 自分の顔が真っ赤になっているのをグラジオスに見られたくなくて、グラジオスの顔を引っ掴むと、無理やり引っ張って膝の上に寝かせた。

 もちろん、視線は前に固定してこちらが見えないようにしてしまう。

「お、おいっ、何をして……」

「うっさい黙れ。雲母ちゃんの膝枕っ! 嬉しいでしょ!」

「いや、雲母が正座していて高いし意外と骨ばってて……いてっ」

 文句ばかり言う不埒者にはげんこつで制裁しておく。

「嬉しいって言えっ。それから黙るっ」

「……嬉しい」

 多少棒読みだった気もするが、とりあえず矛をおさめておく。

 ついでに要望通り足を崩して高さも調節してあげた。

 私はグラジオスの目を左手で隠し、右手で頭を撫でる。

 ……グラジオスの頭って大きいんだな、とか関係ない事を考えて心を落ち着かせた。

「ねえ」

「ん?」

 少しの沈黙の後、私は一言だけグラジオスに呟いた。

「それは俺の台詞……いや」

 グラジオスは少しだけ考えた後、私の手に自分の手を重ねた。

 温かい手が私の手を包み、グラジオスの想いが伝わって来る気がする。

「お互い様だ。仲間だろ」

 その言葉だけで、私の心は驚くほど軽くなったのだった。
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