『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第65話 姿を変えた町

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 モンターギュ侯爵のお城で英気を養った私達は、一週間をかけてオーギュスト伯爵の所領にまでたどり着いていた。

 王都まではあとわずかだが、ここでアッカマンを始めとした商会の人たちとはお別れである。

 私の寂寥感などお構いなしに馬車は町の中へと入っていき……。

「え、ナニコレ……?」

 町の変わりっぷりに唖然としてしまった。

 いや、町並み事態にはほとんど変わりはない。変わったのは人間の方だ。

 町のどこそこでリュートやヴァイオリンを奏でている姿が見られるのだ。

「踊っている奴もいるな」

 グラジオスが私の後ろから首を伸ばして外を伺う。

「はー……まるで音楽の都って感じっすねぇ」

 ハイネの言葉が一番的を射ているかもしれない。

 困惑する私達を乗せて馬車は進み、アッカマン商会の本部にまで帰り着いた。

 とりあえず今までお世話になった人たちにお礼を言って回った後、急いで事情を知っていると思しき人を尋ねて回る。

 それから私達はアッカマンとはじめて出会った応接室に集まって聞いてきたことを報告し合った。

「えっとね、どうも私達が居なくなった後、あの最後に公演した会場を無料開放したらしいのね。予約すれば、誰でも使えるって。そしたらあそこが音楽の聖地って言われ出して、こぞって楽士の人たちが集まる様になっちゃったんだって」

 もちろん楽士だけでなく、この町の人やうわさを聞きつけて音楽を始めようとやって来た人たちも沢山いるらしい。

 そうなれば楽器を作る職人だってやってくるし、音楽を教える事を生業にする人もやってくる。町はあっという間に膨れ上がり、私達が旅立つ前とはかなり違う顔を持つに至ったというわけである。

「でさ、グラジオス。頼みがあるんだけどいいかな?」

「お前にもきちんと王都に行ってもらうからな」

 ちっ、勘のいい奴め。

 こんな目の前に極上の餌をぶら下げられて、私に我慢しろって言うの?

「えーあー……。私、王都に行くとあの王様から何されるか分からないの~。いやー怖い~」

「俺はお前と離れるつもりはないぞ、大事な仲間だからな」

 今殺し文句を言うなんてずるい。下心が見え見えだからまったく何も感じないけど。

 ……かくなる上は。

「お願いっ。町に出てどんな感じか体験してみたいの。ちょっとだけ、ちょっとだけだから。きちんと出発の時間には帰ってくるから」

 私はパンッと目の前で両手を合わせると、グラジオスを拝み倒す作戦に出る。

「今の町に出たら、雲母さんは絶対帰ってこないと思います」

 くっ、エマめ。絶対と来たか。

 よく分かってるじゃない。

「ホントに帰るってば。一曲だけ、一曲だけだから!」

「次から次に歌ってメドレーで一曲と言い出すに一票」

「自分はあいだが空いても間奏って言い張るに一票っす」

「他の人と一緒に歌って、自分は歌っていないと言い張るのに一票入れます」

 くぅっ、私の考えてた策が全部見抜かれているっ!?

 さすが一年半も寝食を共にしてきただけはあるわね……。

 しょうがない、じゃああの手にするか。

「分かったわよぅ……。行かない、我慢する」

 私はしょんぼりと下を向いてしおらしくする。

 諦めましたよ。町には行きませんよオーラを全開にして、ため息までついておく。

「行きたかったなぁ……。王都と往復したら最速で四日だよね。あーあ……」

 チロッチロッとグラジオスになんども視線を送ってみるが、彼の鉄面皮に弾かれて無駄に終わる。

「ところで王都に行く馬車の準備って後何分ぐらいかかるの?」

「三十分くらいだそうですよ」

「ふーん……ちょっと様子見て来るね」

 立ち上がった私の肩を、男性二人がガッチリと掴んでソファに押し付けてくる。

 その力は強く、ソファに固定されて一歩も動けなくなってしまった。

「なによ、そんなに押さえつけたら背が縮んじゃうじゃん! 放してよ」

「行かせるわけにはいかないっす」

 くっ、なんという信頼の無さ。

 舎弟にも信じてもらえないなんて雲母ちゃん悲しい、泣いちゃうんだから。

「ホントに馬車の様子見に行くだけだからぁ。町行かない。絶対行かないから!」

「信じられるわけないだろうがっ」

「もー、行かないって言ってるじゃん。信用ないなぁ」

「お前は自分の顔を鏡で見てから言え」

「分かった、見てくるから放して」

 何故か二人の力が強くなってしまった。言われた通りにしようと思っただけなのに。

 ……なら、脱走計画第二弾。

「あ~……ちょっとトイレ行きたいんだけど手を放してくれない?」

 ふっふっふっ。女の子の聖域、女子トイレ。男子は入ってこれまい。

「こんな状況でそんな事言われても信用できないっす」

「ホントなの。これはホントに漏れそうなのっ。意地悪するんならホントにここで漏らしてやるんだから」

 私の必死の訴えに男性二人は顔を見合わせると、仕方ないという感じで解放してくれた。

 私は内心ほくそ笑んだが、もちろんそんな事はおくびにも出さずに素直に礼を口にする。

「みんなもトイレ済ませておいた方が良いんじゃないかな」

 そう言葉を残して立ち上がった瞬間。

「私も一緒に行きますね」

 エマがガッチリと私の腕をロックしてしまった。

 ちょっと揺すったところで解けそうにないほどしっかりと捕まえられている。

 でもエマ一人なら何とかなるかも……? と思ったのもつかの間。

「自分、窓を見張ってくるっす」

「俺は入り口を抑えよう」

 男性二人が油断なく私を見据えながら立ち上がってしまう。

 どうやらトイレから抜け出すのも無理そうだった。

 万策の尽きた私は……。

「も~、お願い~! 行きたいの、行かせて!! 一生のお願いだから! こんな面白そうな町が四日もお預けだなんて酷い拷問だよ。無理ぃ、絶対無理ぃ。行きたい行きたい行きたい!」

 ソファに寝っ転がって子どもみたいに駄々をこねてみる。

 他にも、服の襟ぐり辺りを掴んでちらっちらってちょっとだけ広げて誘惑をしかかけてみたり。

「お願い、グラジオスの頼みなら何でも聞いてあげるから行かせて。え、えっちなお願いでも聞いてあげるよ?」

「なら行くな」

「…………」

 横柄な態度で外を指さしながら。

「ハイネ、命令。私を連れてって」

「無理っす」

「…………」

 ギャルっぽい感じでぶりっ子しながら。

「エマおねがぁい。もうエマのおっぱい揉まないからちょっとだけ行かせて?」

「揉んでいいので行かないでください」

「…………」

 色仕掛け、命令、懇願、強行突破等々思いつく限りの手段は講じてみたのだが、全部仲間たちの作る壁に阻まれてしまった。

 体力を使い切り、疲れ切ってしまった私はソファの上に寝転んで肩で息をしている。

 仲間達も、それぞれが窓や入り口付近で息を荒くしていた。

 そんな中、ドアが勢いよく開き、商会の女性が勢いよく顔を出す。

「準備できましたんで馬車まで……おこ……し?」

 全員が目を血走らせ、息を切らせている様子を見て、女性はなにしてんのこいつ等、的な感じで戸惑いを隠せずにいる。

「分かった。すぐに行く。君は入り口を固めて置いてくれ」

「は、はぁ」

「ハイネ、エマ、左右の逃げ道を固めろ。俺は正面から行く」

「うっす」

「はい」

 じりじりと包囲網を狭めてくる仲間たちの前に、私はどうすることも出来ずに捕まってしまった。

 そして……。

「あうぅぅ~~。は~な~し~て~っ」

 ずりずりと引きずられながら連行され、両脇をグラジオスとハイネにガッチリと固められたまま町が見えなくなるまで馬車で運ばれることになってしまった。




「……うぅ、音楽の都ぉ……。うえぇぇぇん」

 泣きながら馬車の扉をカリカリと引っ掻いている私がいい加減鬱陶しくなったのか、グラジオスが荒々しくため息をつく。

「分かったから。報告だけしたらすぐにこっちへ取って返す。だから泣くのを止めろ」

「ホント!? ホントに!? 絶対だよ? 絶対だからね!? 約束破ったら針千本飲まさないけど歌に影響が出ないように足の爪と皮膚の間に針刺すからね!?」

「めっちゃ痛そうなんすけど……」

 具体的すぎる私の復讐方法に、ハイネとエマが顔を引きつらせてドン引きする。

「俺も行きたいからな。そこは安心しろ。絶対だ、約束する」

 その言葉を聞いて私もようやく思い至る。歌馬鹿のグラジオスなのに興味が湧かないはずがないという事に。

 そう思うと、ちょっとだけ今までの行動が恥ずかしくなってきて自然と照れ笑いがこみ上げてくる。

「絶対ね。約束」

 私は小指をグラジオスに突き出し、彼と再びこの町に来ることを固く約束したのだった。
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