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第79話 ひとりぼっちな彼
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それから私達はエマにハイネと合流し、全員の無事を喜び合った後、各々の身支度を整え、荷物や部屋の掃除(グラジオスがやろうとしたら色々騒がれたが本人が強行した)など様々な雑事を終え……。
「あ~……」
「さすがに疲れましたね~……」
四人全員が、グラジオスの狭い私室に集まっていた。
私なんかは自分の部屋からベッドに敷いてあるマットレスを引っぺがして持ち込み、エマと一緒に寝そべっていたりする。
「姉御! 大事な時に居られなくって申し訳ないっす! 舎弟失格っす!」
何故かハイネは先ほどからこの調子で私に謝罪しきりなのだ。正直ちょっと鬱陶しい。
「だから何度も言ったじゃん。ハイネたちが正門でほとんどの兵士たちを引き付けてたから、武器も持たないみんなが制圧できたの。ハイネが居なかったら制圧とかできなかったの」
「そうですよ~。隠れた功労者なんですよ~」
エマは体力の限界に来ているのか、先ほどから目がとろ~んとしていてめちゃくちゃ色っぽい。
騒動が終わった後、鬼のように掃除をして回り、みんなの食事を用意して回ったのだから仕方ないだろう。
「でも姉御……!」
「あ~もう、うるっさい。あんまりしつこいと女装させてザルバトル公爵に嫁いでもらうよ?」
もちろんそんな意味のない事して貰っても困るけど。
「ぐっ……姉御が……言うなら……」
「バカ、冗談。大体ザルバトル公爵とじゃ絵にならないの。どうせならルドルフさまとかレオ……んんんっ、ナンデモナイ」
危ない危ない。みんなにも秘密にしてる私の趣味を漏らしちゃうところだった。
まあ、この世界だとそういうのが全然供給されないから、もう嗜まなくなって久しいんだけど。
たまーにちょこっとだけ妄想したりするくらいかな。
「とにかくハイネはいい加減謝るの禁止」
「ぐぅ、分かったっす」
舎姉としての強権を発動させてハイネを黙らせれば――次は不貞腐れた子どもみたいな表情をして、顎を椅子の背に乗せて座っているグラジオスを相手にしてあげるべきだろう。
こちらも先ほどまでエマや私にすまんすまんと謝り倒していた――髪を切ってまで変装したのが随分ショックだったらしい――のだが、ハイネと同じように一喝して黙らせたのだ。
「ハイネもマットレス持ってきて一緒に寝よ~」
「うっす」
「いや、この部屋の持ち主は俺のはずなんだが……」
グラジオスの抗議は軽く無視する。
大体旅をしていた時に、さんざっぱら四人で雑魚寝をしていたのだからもはや四人で寝る方が自然なまであるのだ。
ハイネが私の命令を遂行するべく部屋を飛び出していく。多分一分もしない内に戻って来るだろう。
「じゃあグラジオスもベッドに移って。ランプ消すのやったげるから」
グラジオスは頭をガジガジ掻いてため息をつくと、
「お前に出来るのか?」
少しだけひねくれが顔を出す。
大方天井に吊り下げられているランプに届くのかとからかっているのだろう。
いつもの私ならなら怒り出すところだったが、今日だけは特別許してあげることにする。
「ここ、枕元に置いといて」
ぽんぽんと床を叩いて催促する。
またグラジオスはわざとらしくため息をついたのだが、結局は私の言うとおりにしてくれた。
「ありがと」
私の笑顔に毒気を抜かれたのか、グラジオスが一瞬あっけに取られた様に口を開き、またため息をついた。
――分かっている。一人になりたいんだって。
「エマ~……ってありゃもう寝てる」
先ほどから静かすぎると思ったら、エマはくひゅーくひゅーと愛らしい寝息をたてながら夢の世界へと旅立ってしまっていた。
今までの心労や、グラジオスが助かって安心した事を含め、いろんな要因が重なり合ってこの忠実なメイドはこんな風になってしまったのだ。
主よりも先に寝てしまったからとて誰も責めることは出来ないだろう。
「グラジオス、静かに、ね」
唇に人差し指をあててし~っと合図を送る。
グラジオスもさすがに異論はなかったようで、軽く肩をすくめると自分のベッドへと向かった。
やがてハイネもマットレスを抱えて帰ってきて、
「お休み、みんな」
私達はみんな、ひとつの部屋で眠りについた。
十分に夜も更けたころ、私は目を開いた。
体は疲れきっていて更なる睡眠を欲している。実際先ほどまで私は意識を手放していた。
でも私が目を覚ましたのは、気になる事があったからだ。
私は暗闇の中耳を澄ます。
相変わらず愛らしいエマの寝息と、もう食べられないっす姉御……なんていうベッタベタな寝言が聞こえてくる。
聞こえてくるのは、それだけだ。
ああ、やっぱりそうなんだ、と私は一人納得する。
――だって、私もそうだったから。
私は手探りでランプを探り当てると油を零さないように注意して手に持った。
そのまま隣で眠るエマを起こさない様、ゆっくりと立ち上がる。
私は慎重に部屋を横断していき、火種のあるグラジオスの机にたどり着くと、ランプを灯した。
ランプの赤い光が部屋を照らし出す。
エマとハイネは静かに布団にくるまって寝ていたのだが……。
私は二人を起こさないように注意しながらグラジオスのベッドに近づいていき、
「起きてるんでしょ」
そっと声をかけた。
グラジオスはうつぶせになり、枕に顔を押し付けている。
何をしているかは明らかだった。
グラジオスは父親を殺され、弟に裏切られて殺されかけたのだ。
独りぼっちになってしまい、辛くないはずがなかった。
「……黙れ」
くぐもった声が返ってくる。その声は明らかに涙で濡れていて、私の胸は締め付けられる様に痛む。
私はベッドのヘリに座ると、手を差し出してグラジオスの頭を撫でる。
でもその手はすぐに振り払われてしまった。
私はグラジオスから受け取った痛みの一部を胸に抱きしめる。
そしてもう一度、グラジオスへと手を伸ばした。
「やめろ」
再度手は弾かれ――それでもまた手を伸ばす。
「止めろと言っているのが分からないのかっ」
グラジオスの押し殺した声が響く。
私にはそれが、助けてくれと言っている様にしか聞こえなかった。
「分からないっ」
私は両腕を伸ばしながら身を投げ出し、グラジオスの頭を抱え込んだ。
「分からないよ。分かりたくないよ。……分かるから、分かりたくないんだよ」
孤独は痛い。一人は寂しい。切なくて、苦しくて……。
だから私はグラジオスを一人にしたくなかった。
一緒に居たかった。
それはきっとみんなも……。
私の腕の中で、グラジオスの動きが止まる。
「男の人が自分の弱いところを見られたくないって知ってる。でも私は傍に居たいの。一緒に居たいの。だって……私はグラジオスが居てくれて嬉しかったから」
二年前。私がこの世界に来たばかりの事だ。
私は寂しくて泣いてしまった。
お父さんとも、お母さんとも、友達やクラスメイトとも急に会えなくなって、知り合いの全くいないこの世界に置き去りにされてしまった事が寂しくて、涙を堪えきれなかった。
でもそんな私をグラジオスはずっと抱きしめて居てくれた。
私が泣き疲れて寝てしまうまで、ずっと。
私はそれが本当に嬉しかったのだ。だから……。
「一緒に居るよ、グラジオス。私が傍に居る」
そう言って、私はベッドの上に上がると足を正して座る。
それからグラジオスの頭を持ち上げて、抱きしめた。
抵抗は――ない。
グラジオスはされるがまま、全てを受け入れてくれた。
「今度は、私の番」
グラジオスは覚えているかな? 覚えてくれてたらいいな。
なんてそんな自分勝手な想いを抱きながら、私はグラジオスの顔を膝の上に落とした。
グラジオスの頭が私のお腹に触れる。
ランプの頼りない光で淡いオレンジ色に染まった髪の毛を、優しく撫でつけた。
「グラジオスはいっぱい話してくれたよね。……私は話すことってちょっと苦手だから……代わりに――」
――命に嫌われている。――
静かに、ゆっくりと。囁く様に口ずさむ。
命の歌を。
こんな時にこんなに痛い、心を抉るような歌を歌うなんて酷いかもしれない。
でも私は懸命に歌い続ける。
「……始めて聴いた時は、なんて酷い歌詞だと思った」
痛い想いをして、傷ついて。それでもそれを越えて、笑って欲しいから。
「だが今は……」
いつの間にかグラジオスは両手を私の背中に回していた。
かすかな震えが、グラジオスの感情が伝わってくる。
その手が言っていた。『なんで?』と。
私の中に答えはない。きっと誰もがその答えをグラジオスにあげることなんて出来はしない。
だから私は必死に歌いながら、せめてぬくもりだけでも伝えられる様にグラジオスの頭を抱きしめる。
『傍に居るよ』と。
それだけしか言えない自分を歯がゆく想う。
それでも私は抱きしめ続ける。
グラジオスを孤独にしないために。
暗い部屋の中で、私達は固く互いを抱きしめ合った。
「あ~……」
「さすがに疲れましたね~……」
四人全員が、グラジオスの狭い私室に集まっていた。
私なんかは自分の部屋からベッドに敷いてあるマットレスを引っぺがして持ち込み、エマと一緒に寝そべっていたりする。
「姉御! 大事な時に居られなくって申し訳ないっす! 舎弟失格っす!」
何故かハイネは先ほどからこの調子で私に謝罪しきりなのだ。正直ちょっと鬱陶しい。
「だから何度も言ったじゃん。ハイネたちが正門でほとんどの兵士たちを引き付けてたから、武器も持たないみんなが制圧できたの。ハイネが居なかったら制圧とかできなかったの」
「そうですよ~。隠れた功労者なんですよ~」
エマは体力の限界に来ているのか、先ほどから目がとろ~んとしていてめちゃくちゃ色っぽい。
騒動が終わった後、鬼のように掃除をして回り、みんなの食事を用意して回ったのだから仕方ないだろう。
「でも姉御……!」
「あ~もう、うるっさい。あんまりしつこいと女装させてザルバトル公爵に嫁いでもらうよ?」
もちろんそんな意味のない事して貰っても困るけど。
「ぐっ……姉御が……言うなら……」
「バカ、冗談。大体ザルバトル公爵とじゃ絵にならないの。どうせならルドルフさまとかレオ……んんんっ、ナンデモナイ」
危ない危ない。みんなにも秘密にしてる私の趣味を漏らしちゃうところだった。
まあ、この世界だとそういうのが全然供給されないから、もう嗜まなくなって久しいんだけど。
たまーにちょこっとだけ妄想したりするくらいかな。
「とにかくハイネはいい加減謝るの禁止」
「ぐぅ、分かったっす」
舎姉としての強権を発動させてハイネを黙らせれば――次は不貞腐れた子どもみたいな表情をして、顎を椅子の背に乗せて座っているグラジオスを相手にしてあげるべきだろう。
こちらも先ほどまでエマや私にすまんすまんと謝り倒していた――髪を切ってまで変装したのが随分ショックだったらしい――のだが、ハイネと同じように一喝して黙らせたのだ。
「ハイネもマットレス持ってきて一緒に寝よ~」
「うっす」
「いや、この部屋の持ち主は俺のはずなんだが……」
グラジオスの抗議は軽く無視する。
大体旅をしていた時に、さんざっぱら四人で雑魚寝をしていたのだからもはや四人で寝る方が自然なまであるのだ。
ハイネが私の命令を遂行するべく部屋を飛び出していく。多分一分もしない内に戻って来るだろう。
「じゃあグラジオスもベッドに移って。ランプ消すのやったげるから」
グラジオスは頭をガジガジ掻いてため息をつくと、
「お前に出来るのか?」
少しだけひねくれが顔を出す。
大方天井に吊り下げられているランプに届くのかとからかっているのだろう。
いつもの私ならなら怒り出すところだったが、今日だけは特別許してあげることにする。
「ここ、枕元に置いといて」
ぽんぽんと床を叩いて催促する。
またグラジオスはわざとらしくため息をついたのだが、結局は私の言うとおりにしてくれた。
「ありがと」
私の笑顔に毒気を抜かれたのか、グラジオスが一瞬あっけに取られた様に口を開き、またため息をついた。
――分かっている。一人になりたいんだって。
「エマ~……ってありゃもう寝てる」
先ほどから静かすぎると思ったら、エマはくひゅーくひゅーと愛らしい寝息をたてながら夢の世界へと旅立ってしまっていた。
今までの心労や、グラジオスが助かって安心した事を含め、いろんな要因が重なり合ってこの忠実なメイドはこんな風になってしまったのだ。
主よりも先に寝てしまったからとて誰も責めることは出来ないだろう。
「グラジオス、静かに、ね」
唇に人差し指をあててし~っと合図を送る。
グラジオスもさすがに異論はなかったようで、軽く肩をすくめると自分のベッドへと向かった。
やがてハイネもマットレスを抱えて帰ってきて、
「お休み、みんな」
私達はみんな、ひとつの部屋で眠りについた。
十分に夜も更けたころ、私は目を開いた。
体は疲れきっていて更なる睡眠を欲している。実際先ほどまで私は意識を手放していた。
でも私が目を覚ましたのは、気になる事があったからだ。
私は暗闇の中耳を澄ます。
相変わらず愛らしいエマの寝息と、もう食べられないっす姉御……なんていうベッタベタな寝言が聞こえてくる。
聞こえてくるのは、それだけだ。
ああ、やっぱりそうなんだ、と私は一人納得する。
――だって、私もそうだったから。
私は手探りでランプを探り当てると油を零さないように注意して手に持った。
そのまま隣で眠るエマを起こさない様、ゆっくりと立ち上がる。
私は慎重に部屋を横断していき、火種のあるグラジオスの机にたどり着くと、ランプを灯した。
ランプの赤い光が部屋を照らし出す。
エマとハイネは静かに布団にくるまって寝ていたのだが……。
私は二人を起こさないように注意しながらグラジオスのベッドに近づいていき、
「起きてるんでしょ」
そっと声をかけた。
グラジオスはうつぶせになり、枕に顔を押し付けている。
何をしているかは明らかだった。
グラジオスは父親を殺され、弟に裏切られて殺されかけたのだ。
独りぼっちになってしまい、辛くないはずがなかった。
「……黙れ」
くぐもった声が返ってくる。その声は明らかに涙で濡れていて、私の胸は締め付けられる様に痛む。
私はベッドのヘリに座ると、手を差し出してグラジオスの頭を撫でる。
でもその手はすぐに振り払われてしまった。
私はグラジオスから受け取った痛みの一部を胸に抱きしめる。
そしてもう一度、グラジオスへと手を伸ばした。
「やめろ」
再度手は弾かれ――それでもまた手を伸ばす。
「止めろと言っているのが分からないのかっ」
グラジオスの押し殺した声が響く。
私にはそれが、助けてくれと言っている様にしか聞こえなかった。
「分からないっ」
私は両腕を伸ばしながら身を投げ出し、グラジオスの頭を抱え込んだ。
「分からないよ。分かりたくないよ。……分かるから、分かりたくないんだよ」
孤独は痛い。一人は寂しい。切なくて、苦しくて……。
だから私はグラジオスを一人にしたくなかった。
一緒に居たかった。
それはきっとみんなも……。
私の腕の中で、グラジオスの動きが止まる。
「男の人が自分の弱いところを見られたくないって知ってる。でも私は傍に居たいの。一緒に居たいの。だって……私はグラジオスが居てくれて嬉しかったから」
二年前。私がこの世界に来たばかりの事だ。
私は寂しくて泣いてしまった。
お父さんとも、お母さんとも、友達やクラスメイトとも急に会えなくなって、知り合いの全くいないこの世界に置き去りにされてしまった事が寂しくて、涙を堪えきれなかった。
でもそんな私をグラジオスはずっと抱きしめて居てくれた。
私が泣き疲れて寝てしまうまで、ずっと。
私はそれが本当に嬉しかったのだ。だから……。
「一緒に居るよ、グラジオス。私が傍に居る」
そう言って、私はベッドの上に上がると足を正して座る。
それからグラジオスの頭を持ち上げて、抱きしめた。
抵抗は――ない。
グラジオスはされるがまま、全てを受け入れてくれた。
「今度は、私の番」
グラジオスは覚えているかな? 覚えてくれてたらいいな。
なんてそんな自分勝手な想いを抱きながら、私はグラジオスの顔を膝の上に落とした。
グラジオスの頭が私のお腹に触れる。
ランプの頼りない光で淡いオレンジ色に染まった髪の毛を、優しく撫でつけた。
「グラジオスはいっぱい話してくれたよね。……私は話すことってちょっと苦手だから……代わりに――」
――命に嫌われている。――
静かに、ゆっくりと。囁く様に口ずさむ。
命の歌を。
こんな時にこんなに痛い、心を抉るような歌を歌うなんて酷いかもしれない。
でも私は懸命に歌い続ける。
「……始めて聴いた時は、なんて酷い歌詞だと思った」
痛い想いをして、傷ついて。それでもそれを越えて、笑って欲しいから。
「だが今は……」
いつの間にかグラジオスは両手を私の背中に回していた。
かすかな震えが、グラジオスの感情が伝わってくる。
その手が言っていた。『なんで?』と。
私の中に答えはない。きっと誰もがその答えをグラジオスにあげることなんて出来はしない。
だから私は必死に歌いながら、せめてぬくもりだけでも伝えられる様にグラジオスの頭を抱きしめる。
『傍に居るよ』と。
それだけしか言えない自分を歯がゆく想う。
それでも私は抱きしめ続ける。
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