『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第105話 戦争を支える人

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「じゃあエマ、一緒にいくよ~。せーのっ」

「えいっ」

 私とエマは二人でクランクを回し始めたのだが……。

「重っ」

「んんんんん~~っ」

 クランクから感じる手ごたえはかなり重く、女性二人の力ではなかなか動かない。

 それでも二人で顔を真っ赤にして踏ん張っていたら、だんだんクランクも勢いがついていき、回る様になっていった。

 このクランクの先には歯車が連動しており、この歯車は斜めになった大きな樽を回転させている。

 これが何かといえば、人力ドラム式洗濯機である。

 構造的にひたすら一定方向に回転させるだけなので、行けるかな~と思ってピーターに試作品を作ってもらったのだが、一応稼働するところまではなんとかこぎつけられたのだ。

「あ~、でもこれ結構腕キツイ~」

「じゅ、十分間頑張りましょう!」

 きちんと汚れも落ちるのなら、二人で大量の洗濯物を洗う事が出来るのでいいんだけど……。

「が、がんばってね」

「ピーターあんた男でしょうが! なんで女の私達が頑張ってあんたは見てんの!」

「だ、だって、僕雲母さんより力ないし……」

 彫金の修行をしていたピーターに腕力はあまり必要ない。したがってガタイは大きくなったのにも関わらず、私にすら腕相撲で負けるなんて貧弱さだった。

 とはいえ修行を始めて二年間。明らかに手先の細かさはとんでもない事になっており、作れない物はないんじゃないかってくらい器用になっていた。

 歯車を削り出したり、歪みのない完全に均一なネジも削って作ってしまったりと、ちょっと人外レベルにしか思えない腕前だ。

 この洗濯機だってピーターが居ないと作れなかっただろう。

「じゃあ疲れたら一瞬だけ入れ替わるの。そんだけ。いい?」

 いい? って聞いといてなんだけど強制だから。

 逃げたらちょっと怒るよ?

「わ、分かった」

 私の顔が怖かったのか、ピーターはカクカクと人形の様に首を縦に振った。

「エマ。腕疲れたら交互にピーターと交代ね」

「はいっ」

 それから十分間。何とかかんとか洗濯機を回し続けたのだった。







「ど、どう?」

 私は腕を抑えながら、洗濯物の確認をしているエマに様子を聞いてみる。

「そうですね。汚れがきつい所なんかは落ちてませんけど、まあこのぐらいなら十分じゃないかと思います」

 どうやら一応合格点はもらえた様である。

 洗濯は時間がかかって結構な重労働なのだが、これで多少は効率的になったはずだ。

 曲がりなりにもたった二人で一度にシャツ二十枚を十分間で洗いきったのだから。

「お湯に石鹸を溶かしたりとか下準備必要なのが手間だけどね」

「そこは作業を分担すればいいんじゃないでしょうか」

「だね」

 それから洗ったものを樽に移し、それをすすぐためにエマは洗い場へと持って行ってくれた。

 残った私とピーターは洗濯機のメンテナンスを始める。

 とは言っても私にできる事は工具を渡すくらいだが。

「どう?」

 私は洗濯機の下に潜りこんで色々と確かめているピーターに尋ねてみる。

「ん~。摩耗が結構あるみたいだから、質のいい鋼鉄使わないとすぐ壊れちゃいそう。あと油刺して……ってあ~樽の木くずも挟まっちゃうんだ。これは改良しないと。それから……」

 ピーターは聞いていないことまでぺらぺらと喋り出してしまった。

 うん、何言ってるのか何となくしか分かんないや。専門用語使わないで……。

 その後もしゃべり続けるピーターに生返事をしながら時折工具を渡していた。

「うん、あと二十回くらいは使っても問題ないかな」

 ごそごそと洗濯機の下から這い出て来たピーターがそう断言する。

 たった二十回かぁとも思ったが、それでもだいぶ洗濯が楽になるのだからありがたい。

「付き合ってくれてありがと。他に仕事あったでしょ?」

 ピーターは部品一つ一つを仕事の合間に手作りしてくれたのだ。結構な迷惑が掛かっていたに違いない。

 しかしピーターは何でもないという様に首を振った。

「弓の修理と矢を作るだけじゃつまんないから、ちょうどいいりゆ……気分転換になったし」

 今サボる理由って言おうとしなかった? まあきちんとやってるならいいけど。

「そう、体壊さない程度にね」

「大丈夫。僕はこういうの弄ってるのが大好きだから」

 そう言ってピーターはふへっと少しキモイ感じの笑い方をする。

 でもその気持ちには同意できた。

 私だってぶっ倒れるまで歌い続けた事は何度でもあるし、何度やっても後悔なんてしないから。

「あ、結婚指輪はまだちょっと時間かかるから」

「そ、そっちはまだ急いでないからね」

 ちょっとだけだが、顔に血が上ってくるのを感じてしまう。

 結婚を考えていないわけではないが、具体的な話になるとちょっと……気恥しい。

 というかオーギュスト伯爵から国母になる自覚云々言われて結構プレッシャーだったり。

 もうちょっとグラジオスといちゃいちゃしたいなぁ……。

「って……結婚指輪ってシンプルなリングで内側に文字が彫ってある程度のものじゃないの?」

「そうだけど、内側に王家の紋章を掘ろうかなとか、表面に特殊な加工を施して斜めから見ると文字が読めるようにしてみたりしようかなぁって」

「懲り過ぎぃ! そこまで求めてないからっ!!」

 リングの内側に紋章ってなにそれ。しじみの貝殻に百人一首書くとかそういうレベルだよね?

 どんだけ手の込んだ物作ろうとしてんの!?

「ぼ、僕の一生を代表する仕事になるし……それに雲母さんは僕の恩人だから、出来る限りの事をしたい」

 そう言うピーターの横顔は、少年から男のものに変わっていた。

 ずっとちっちゃい弟の様に思っていたピーターも、こうやってだんだん成長していくんだなって思うと感慨深いものがある。

 とはいっても普段がヘタレすぎるので、まだまだ子どもなのだけど。

「そ、じゃあ期待して待ってる」

「うん、期待してて」

 そうしてピーターはまたフヘラって感じのちょっと頼りない笑みを浮かべたのだった。

「雲母さ~ん。汚れた包帯が大量にあるのでそれを洗えないかって言われたんですけど、洗濯機使えますか?」

 ちょうどタイミングよくエマが大量の洗濯物を持って帰ってくる。

「あっと……使えるよね?」

「う、うん」

 ピーターは頷いているのだが……青い顔をして何故か腰が引けている。大方先ほどのクランク回しがきつかったのだろう。

 ピーターの顔には逃げ出したいと書いてあったのだが、私は無視して立ち上がる。

「包帯は確かそのまんまじゃもつれちゃうから、薄い布の袋とかに入れないといけなかったと思う」

「あ、じゃあちょうどそういう袋も洗い物の中にあったはずですから持ってきますね」

「おねがい……で!」

 エマの後をついてそそくさと逃げ出そうとしたピーターの襟首をガッチリと掴む。

 労働力はどこも欲しいんだから逃がすはずないじゃん、バカだなぁ。

「ピーターは私と一緒に汚れた水を捨てて、その後お湯を運んでこようか」

「いや、あの、僕は……」

「大丈夫大丈夫。未来の王妃様に捕まって仕事を押し付けられてましたって言ったら言い訳は通るでしょ」

「ら、らめ……むりぃ」

「男の子が情けない声ださないの。キリキリついてくる!」

 そうやって私達は丸一日、ひたすら洗濯に明け暮れたのだった。
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