『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第130話 まっすぐ、真正面から堂々と

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「エマー」

 厨房にて他のメイドや料理長と共に食材の山とにらめっこしているエマを発見し、私は入り口から手を振って合図を送る。

「あ、雲母さん」

 私に気付いたエマが、料理長たちに頭を下げた後こっちに走ってきてくれた。

 ちょっと意地悪な笑みを浮かべているのは……私とグラジオスが何をしていたか知っているからだろう。

「おめでとうございます、雲母さん」

 ほら来た。こういうのがあるから気まずいとグラジオスに言ったのだ。

 正直な所、私もどう接していいか分からない。

 というか恥ずかしいので止めてくださいお願いします。

 私は情けない顔をして、口の前で人差し指を一本立てる。

 お願いだから察して、という願いは……。

「いいじゃないですか~、陛下との仲が進展したんですよ? ちょっと羨ましいといいますか、やっかみたい気分なんで言わさせてください」

 聞き届けられるはずがなかった。

 でも、そういう感情を持っていると正直に言ってくれる上に、こうして笑い合える関係で居られるのは本当に嬉しい。

「うぅ~、エマが意地悪だぁ」

「うふふふふ」

 私はわざと大袈裟に嘆いてみせた。

 半分本気だけど。

「そ、それでね。え、えっとね」

「雲母さん声震えてますよ」

 うるさいっ。こういうの慣れてないの。

「ぐ、グラジオスがね?」

「あなたとか言わないんですか?」

 もー! もー!

 エマがホントにいぢわるするよぉ。

 私は唇を尖らせてエマを軽く睨むと、エマは苦笑を漏らし口の形だけですみませんと謝ってくれた。

「と、とにかくグラジオスと私の分のご飯、何かないかなって思ってさ」

「はい、えっと……温かい物の方がいいですよね?」

「そだね。昨日の晩から何も食べてないし」

 そういえば厨房から朝ご飯の残り香が匂ってくる。オニオンスープかな?

 コンソメがよく効いてて美味しそう。

「でも陛下は雲母さんを食べて満腹ですよね」

「も~~っ」

 確かにそうだけどっ。

「お願いしますエマ様。もうやめてくださいぃ……」

 なんかこのままだと一生エマにからかい倒されそうな気がしてきた。

 とりあえず素直に頭を下げて、この場はしのぎきろう。

「すみません、雲母さん。楽しくてついやりすぎちゃいました。えっと、何か軽く食べられるものを作りますね」

「ありがとっ。グラジオス寝てるかもだから、たたき起こしてやって」

 なんで微妙そうな顔してるの……ってそうか、した後だからそういう部屋の状況に……。

 あ~……これはさすがにデリカシーに欠けるなぁ。

 自分の事だけに必死になってたからエマの気持ち考えてなかったや。ごめんなさい。

「やっぱり後で取りに来るからここで待ってて。私お義父さんに話さなきゃいけない事とかあるから遅くなるかもしれないけど絶対戻って来るから」

 ……なんてそれは嘘だ。私はもう戻ってこない可能性の方が高い。

 私がココを出る時一番の壁になるだろうエマを足止めするための理由が欲しいだけ。

 ごめんね、エマ。騙しちゃって。

 お詫びに絶対戦争を終わらせるから。

「あ……えっと、はい、分かりました。ここで待ってればいいんですね」

「うん。それじゃ」

 私はそれだけ告げると踵を返して……。

「雲母さん」

 エマに呼び止められてしまう。彼女の声は先ほどまでの軽い物とは違って、真剣な響きに満ちていた。

 エマは私の正面に回り込むと、私の手を取り、本当に、心から嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「雲母さん、結婚おめでとうございます。あなたの未来に幸多からん事を祈っています」

 ――嬉しかった。

 エマはグラジオスを愛していたのに。エマからすれば私は目の前で油揚げを攫って行ったトンビか泥棒ネコに他ならないのに、それでも私の事を祝福してくれて、こうして笑顔をくれる。

 思わず私の瞳から涙がこぼれ落ちてしまった。

 私は顔を隠そうとして――手をエマに握られている事に気付く。

「雲母さんって意外と泣き虫ですよね」

「エマは意外と意地悪だ」

 私に喜びをくれる意地悪だけど。

「ありがとう。嬉しい」

 嬉しいから、頑張れるよ。

 私は手を上下にブンブン振って喜びを表した後、ゆっくりと手を離した。

「じゃあ、行ってくるね」

「はい、待ってます」

 私は表情を変えないまま、エマの横を通り抜け、歩き出した。





 道の角から城門の様子を伺う。

 兵士達が城門の周りをたむろしているが、あまり強く警戒している様子は見られない。

 緊張のせいで痛いくらいに鼓動が高鳴り、それに合わせる様に呼吸も早まっていく。

「短剣は……ある」

 ふとももに紐で括りつけていた短剣を取り出し、鞘から抜き放つ。

 二十センチくらいのまっすぐな剣身は、底冷えしそうなほど冷たい輝きを放っている。

 これが刺さったらめちゃくちゃ痛そうだなぁ。なんてちょっと間抜けな事を考えながら鞘に戻しておく。

 これを使う時は……に対してだけ。

 私は深呼吸をして息を整え……意を決してから城門に向かって歩き出した。

 もう、後戻りはできない。するつもりもない。

 私は戦争を終わらせなくちゃいけないから。

「あなた達、今すぐ城門を開けて!」

 勢いに任せ、兵士が正常な判断を出来ない内に行ってしまえばこのたった一人の進軍は成功するだろう。

 私は歩きながら兵士達に向かって呼びかける。

「今から敵軍の将との会談に行かないといけないの! 時間がないから早くして!」

「え? き、雲母様お一人でですか?」

「時間がないって言ったでしょ。とりあえず私一人が先に行くの」

 やはり護衛の一人もいないというのが怪しまれている様だった。とはいえこんな事に誰かを付き合わせるわけにもいかない。こんな……自殺と変わらない行動なんかに。

 私は城門を守る兵士達の目の前に立つと、怒っていますと言わんばかりの表情を作り、腕組みをしてプレッシャーをかける。

「早くして、時間がないの。向こうがヘソを曲げて戦争続けますって言い出したらあなたの責任だからね」

「で、ですが……」

 なあ、と兵士達が戸惑いつつもお互いに確認をしあう。

 城門を守る部隊を統制しているのはオーギュスト伯爵というだけあって兵士達の練度も高く、なかなか通させてくれなかった。

 私の見通しも甘かったかもしれないが。

「いいから早く城門を開け……」

「会談など聞いた事もないが、いつ決まったのかな、雲母」

 老いてなおハリのある、太く朗々とした声が私の声を遮った。

 あーあ、来ちゃった。やっぱり現実って上手くいかないよね。

 ……仕方ないかぁ。

「オーギュスト伯爵。私は昨夜をもって王の妻となりました。私の命令が聞けないというのですか?」

 ごめんなさい、お義父さん。

 私とグラジオスのお世話を色々としてくれたのに。私におじいちゃんが居たらこんな感じだったのかなって思ってたらお義父さんになっちゃって……。

 私の帰る場所を作ってくれた人なのに、こんな酷い事言って。

 ごめんなさい。

 私は内心何度も謝りながら、声のした方向へと振り返る。

 オーギュスト伯爵は、やや疲れた様子でありながら、鋭い眼光を私に向けていた。

「……王妃様。まずは祝辞を述べさせていただきとうございます」

 オーギュスト伯爵の口調が冷たいものへと変わる。

 それがとても痛かったが、私は奥歯を噛み締めて表情を一ミリたりとも揺らがないように注力した。

「いりません」

 それを受け取る資格が私にはないから。

「早く城門を開けなさいっ」

 重ねて命じたが……オーギュスト伯爵は首を振って一歩私の方へと近づいて――。

「命令を聞かないというのなら、この刃を……」

 私は鞘を払い、抜き身の刃を自分の首筋に押し当てた。

 私に賭けられるのは私だけ。私の命だけが、私の切り札。

「私の首に突き立てますっ」

 明らかな動揺の波が広がって行った。

「早く開けなさいっ」

「開けてはならんっ。会談など嘘だっ」 

「嘘じゃないっ。私一人だけならいつでも話すと言われたっ!」

 詳細は少し違う。私が一人で投降するならいつでも受け入れると言われたのだ。

 話し合いの余地などない。私という景品を差し出して許しを乞うだけ。

「雲母っ。今更お前の身一つで話がつくと思っているのかっ!」

 そんな事は分かっている。分かっているから私は……。

「私がここで死ねば投降や会談どころではなくなるのは分かるでしょっ。城門を開けてっ!」

 命令と共に私は刃を押し当てる。

「雲母、やめなさいっ!」

 興奮しているからか、痛みは無かった。

 ただ濡れるような感触が首筋に生まれただけ。

「私は本気。早くして」

 静かな声で告げることで、逆に私が本気であると伝わったのだろう。

 兵士の一人が開閉装置のハンドルを回し始める。

 城門が内側に向かって少しずつ動き、外との境界線が薄れていく。

 子ども一人が通れるくらいの僅かな隙間が出来たところで、私はその隙間に体をねじ込んだ。

 隙間は思ったよりも大きく、私はなんなく城門を通り抜けて外に出た。

「すぐに閉めて。それから絶対に追ってこないで」

 城門が動きを止め、しばらくすると先ほどとは逆に動き始める。

 隙間はどんどん小さくなるが、オーギュスト伯爵の悲痛な顔はいつまでもそこにあった。

「雲母、戻って来なさい」

 無駄だと分かっているだろうに、オーギュスト伯爵は私を叱りつける。

 初めて会った時は私の事を殺そうとしていた人が、今は命がけで私を守ろうとしていることに、運命の皮肉を感じざるを得ない。

「この世界のお父さん、ありがとう」

 城門が締まり切る刹那に滑り込ませた感謝の言葉は届いただろうか。

 それを知る手段はない。

「さようなら」

 私は城門に手を添えて、その中に居る全ての人達やアルザルド王国そのものに別れを告げた。
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