ツンツンな妹が実はデレデレだったって本当ですか?

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第26話 世界で一番好きな人

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「すまん、遅くなった」

 部屋に入るとぼたんはベッドに横になって漫画を読んでいた。

 ……相変わらずライダーかよ。というかマガ○ンZ版とかチョイスが渋いな。

 壁に立てかけてあった小さなテーブルをセットして、コップとお菓子を置き、ジュースを注ぎ始める。

 氷を入れ忘れてしまったが、そんな事で文句を言うヤツではないので構わないだろう。

「あのさー、蒼司……」

 ぼたんが漫画から目を離さないまま俺に話しかけてくる。

 何を言われるのか、その先は容易に想像がついた。

「なんだ?」

「理由聞かないで欲しいって言われてもさ……。あれじゃ言わなくても分かるよ……」

 そもそも蒼乃に付き合ってるって言って欲しいと頼んだ時点で何となく察せるだろうが、それ以上に蒼乃のあの目つきや態度はあからさま過ぎた。

 俺と一緒に居るぼたんに嫉妬をして敵意を向ける。誰に対して、どのような感情を持っているのか子どもでも分かる話だ。

「変な事に巻き込んで、ホントにすまん」

「……いいけどね。親友が困ってるのに力になれないとか、親友の意味ないじゃん」

 うわっ、かっこいい。ぼたんさんマジで男前。これは惚れますわ。

「でも、こんな一時しのぎの手じゃなくてもっと別の、根本的な解決方法を探さないとね」

「そうだなぁ……」

 嫌いにさせる、なんて早々できないだろうし、諦めさせるってのも難しい。

 人の心を変えるなんてよほどのことがない限りは不可能に近いのだ。

 ぼたんの言う事はもっともなのだが、いかんせん何も具体的な手段が思い浮かばなかった。

「いっそのこと本当に付き合っちゃう?」

 ぼたんのいたずらめいた言葉に、思わず心臓が大きく跳ねる。

「……お前は俺の事が好きなのか? もちろん男女としてだぞ」

「だよね~……。私そういうのって考えたことなかったんだよねぇ」

 しみじみといった感じでされた告白は、予想通りのものだった。そんな事考えないから平気で男に抱き着いたり肩組んだり胸を当てても平然として居られるのだ。

 ……胸が当たって平静じゃいられないのはこっちに問題があるか。

「好きでもないのに付き合うとかダメだろ」

「蒼司はそういうとこ真面目なんだ」

「じゃなかったら悩んでねえよ」

 ぼたんは確かに、と頷きながらキシシと意地の悪い笑い方をして……それを納めた後、急に真剣な顔になった。

 眺めて居るだけになっていたであろう漫画の本を閉じて、顔の横に置く。

「……昔さ、蒼乃ちゃんが言ってたよね。兄と結婚するって。覚えてる?」

「……忘れた」

 これは本当だ。俺と蒼乃の仲が良かった期間は、喧嘩をしていた時間より短い。印象として上書きされるのには十分だった。

「蒼司と蒼乃ちゃんが喧嘩するようになったのって、私達が小学二年生くらいになった時だったよね、確か」

「よく覚えてないな」

 蒼乃は、俺の事を嫌いなふりしていた期間の方が長いのだ。

 長いというのに俺を好きだという気持ちをひと時たりとも忘れてこなかった。俺は全く意識などしてこなかったのに。

 報われない気持ちを抱き続け、わざと嫌われようとして好きな人に罵声を浴びせ続け、仕返しに罵倒され続ける。それがどれだけ辛い事だったのか想像もつかない。

 でも蒼乃はそれをずっと続けて来たのだ。嘘が本当になるまで続けようとして、結局嘘にすることは出来なかったけれど。

「すっごく根が深いね」

「ああ」

「多分、蒼司の事を世界で一番好きなの、蒼乃ちゃんじゃないかなぁ」

「世界で一番好きになっちゃいけない相手だけどな」

 だよねぇ、とぼたんがぼやく。

 それが普通の反応で、常識的な判断だ。

 兄妹は好きになっちゃいけない。誰でも分かっている事で誰でも教えられる事だけど、蒼乃は絶対に理解したくない事。

「ねえ、ぶっちゃけ蒼司はどう思ってるの?」

「俺は……」

 俺は蒼乃の事をどう思っているのだろう。

 二週間前なら間違いなくノーだ。一秒と悩むことなく嫌いだと断言できた。

 一週間前だともう少し緩んで兄としては憎からず思っている、ってくらいだろうか。

 今は……今はどうなんだろう。性欲の対象として見てしまったのは事実だし、心の底からこいつが欲しいって思ってしまったのも事実だ。

 だがそれはイコール好きという感情なのだろうか。

 多分、動物的に見たら好きでいいんだと思うけれど、人間の心はそういうのとは少し違う。

 周りからどう見られるとか、これから先の事とか、いろいろある。恋愛は感情だけじゃ成り立たない、自分と相手だけじゃないのだ。

 ……いや、これは俺の『逃げ』か。

 冷静な部分が下した判断で、もっと素直な俺の感情だけで見れば……。

「俺は多分、蒼乃の事が……」

 この言葉を吐き出すのに、俺はためらってためらって、どれだけ嘘を付こうと、自分を騙そうとしても……。

 それでも――できなかった。

「好き、なんだと思う」

 その言葉を言った途端、心の中で何かがストンと落ちて、今までずっと空洞だった場所にピッタリと当てはまる。

 ああそうだ。これはもう諦めるしか、認めるしかない。

「うん、好きだったんだ、俺。蒼乃の事が好きだったんだよ。だから俺は蒼乃と喧嘩して、本気で切れてたんだよ」

 人間本当はプラスの反応が欲しいに決まっている。でもどう望んでもそれが手に入らなければ、人間の感情は反転してしまう。

 例えマイナスの反応でもいいから欲しいと歪んでしまうのだ。

 だから俺は飽きもせずに蒼乃と喧嘩をし続けたし、わざと喧嘩の原因を作るような事をしていた。

 蒼乃と少しでも触れ合っていたかったから。

 蒼乃の事が好きだったから、俺はそれ以外の女にそういう感情を抱かなかった。

 俺はずっと昔から、ずっとずっと蒼乃だけに夢中だったんだ。

「クソッ! 好きだったんだ……。好きだったんだよ……!」

 ああ、クソっ。いやな事を想い出しちまった。俺と蒼乃が初めて喧嘩した時の事だ。

 俺は、蒼乃が兄妹は結婚しちゃいけないって話を聞いて、ショックを受けて強がって……人前という事もあって酷い事を言ったんだ。

 蒼乃となんて結婚しなくていいって。

 別に好きじゃないしって言ってしまったんだ。

 それで蒼乃と喧嘩して、それから毎日のように喧嘩するようになったんだった。

「でもさ、こんなのおかしいよな。こんな事想うヤツ気持ち悪いよな」

 ぼたんは肯定も否定もしなかった。

 体を起こし、ただまっすぐ俺の目を無言で見つめ続ける。

「俺は……あに……なんだからさ」

「……泣きたかったらさ、泣いてもいいんだよ」

 言われた瞬間に意味もなく涙がこぼれそうになって、俺は思わず奥歯を噛み締めた。

 こんな感情の高ぶり程度で涙を流す訳にはいかない。全てを忘れて封印していた俺と違って、蒼乃はこの感情に耐え続けたのだから。

 無責任な俺が、そうやってぼたんに甘えるなんて、これ以上迷惑をかけるなんて、やっていいはずがなかった。

「ああ、そうだよ。俺が兄で、蒼乃は妹……なんだよな」

 この世界で唯一、俺だけが絶対に手にしてはいけない宝玉がある。

 なんでこんなにも世界は……残酷なんだろう。

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