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第1話 いきなり絶対絶命!?

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「くそっ」

 俺は絶対絶命の状況に陥っていた。

 バンッガツンッと激しい物音が響き、それと同時にドアが外側から勢いよく押される。ドアの向こう側ではゲームなどでよく見るゴブリン――紫色の皮膚をして耳まで裂けた口とぎょろっと飛び出た丸い目を持ち、子供の様な体躯に細い腕の化け物――の様な生き物がドア目掛けて手持ちの武器を打ち付けているのだろう。

「何か抑えるもの……」

 必死で辺りを見回すが、暗い室内には役に立ちそうなものは見つけられない。というより少しでも押さえる力を緩めれば、ドアをこじ開けてゴブリンが入って来そうだった。

「ああ、もう……どうすりゃいいんだよ……」

 小柄なゴブリンらしく、力自体はさほど大したことはない。それは背中を押し付けたドア越しにも感じ取ることが出来たのだが、相手は武器を持っている上に6匹もいて、こちらは素手となると倒すなんて事は不可能に近いだろう。

 まだ頑丈なドアがゴブリンの侵入を阻んでいてくれているが、いずれ確実に壊されてしまう事だろう。もしくは回り込んで別の入り口を見つけられてしまえば終わりだ。

 ――死。

 最悪な想像が頭をよぎる。

 心臓に氷の針でも撃ち込まれたかの様に胸が痛み、鼓動が不規則なものに変わってしまう。知らず知らずのうちに呼吸が荒くなり、扉を押さえ付ける手は震えだしてしまった。

 こんな意味の分からない事が起きて、何もできずに終わるなんて嫌だ、死にたくない。誰か助けてっ。

 いくらそう願ってみても現実には何の影響も与えない。ドアはガンガンと怒鳴り声をあげ、俺の耳を苛んで――。

≪炎よ・弾けろ! ファイアー・バレット≫

「人の声っ!?」

 呪文の様な声が響き、外でゴブリンの呻き声が聞こえる。

 ドアの外で何が起こったのかは全く分からないが、少なくともドアが抗議の悲鳴を上げなくなったことだけは確かだ。

「誰かそこに居るのっ!?」

 やや甲高い感じの少女のものと思われる言葉が耳に届く。その言葉は日本語ではないとはっきり分かるのにもかかわらず、不思議と理解する事ができた。

「居るっ! こいつらに襲われて……えっと……」

 助けを求めて良いものか、一瞬迷う。

 外に居るのは明らかに女性で、しかも年齢は大して高くないだろう。そんな女性が何とか出来るのだろうかと不安に思ったからだ。

「分かった! 助けるから待っててね」

「え?」

 しかし外に居る声の主は迷わなかった。顔も見たことがないであろう俺の為に戦う事を即決してくれる。

「もっかい! ≪炎よ・弾けろ! ファイアー・バレット≫」

 再び唱えられた詠唱で、また別のゴブリンが悲鳴を上げる。魔法か何かを使っているのかは分からないが、順調に倒していたとしたらあと4匹なはずだ。

 ゴブリンの怒声と思われる声が響き、ドアから気配が離れていく。多分声の主に向かって行ったのだろう。

≪炎よ・弾けろ、ファイアー・バレット≫

 三度目の呪文が聞こえ、それに伴ってゴブリンの悲鳴があがる。それと同時に明らかにゴブリンのあげる唸り声の数が少なくなっていく。

 この調子でいけば、そう時間のかからずともゴブリンは駆逐されるだろう。

 助かった……。

 俺はため息と共に思わずその場にへたり込んでしまう。

 俺の人生の中で、こんな命の危険があったことなど初めてなのだからこのぐらいは勘弁してほしい。

 だが本当に外に居る人には感謝――。

「きゃぁっ!」

 突然上がった悲鳴が思考を寸断する。

「くっ、このぉ……! えいっ」

 そうだ、外に居る人はたった一人なんだ。それなのに6匹のゴブリンを相手にするのは辛いに決まっている。

 だというのに顔も知らない俺の為に……。

「くそっ、どうする?」

 このままここに隠れて居れば、もしかしたら倒してくれるかもしれない。

 日本だと警官の援護を一般人がするなんて逆に迷惑になるから大人しくしてなきゃいけない事が普通だ。

 だいたい外の人は何か魔法の様なものを使っていて、そういうプロなのかもしれない。

 ちょっと苦戦してるだけで……って。

「本気でそんな事考えてんのかよ、俺……!」

 苦戦してるなら俺も戦わなきゃ嘘だろっ!

 外の人は俺の為に戦ってくれてるんだぞ?

 何が出来るか分かんないけど、俺を助けようとしてくれてる人が傷ついたら、俺は一生後悔するっ!

 そう決心すると、今まで力が抜けていた体に活力が戻って来た。

 未だ恐怖から来る震えは止まらないが、それでもやらなきゃならない、やらないという選択肢は存在しない。

 俺は腹に力を入れると、拳を作って思いきり力を入れる。

 震える手は力の入れすぎだからだと自分を誤魔化し、くじけそうになる膝を殴りつけて立ち上がった。

「よしっ」

 俺は背中のリュックを下ろして手に持つと、それまでもたれかかっていたドアを勢いよく開いた。

 立てこもっていた神殿の闇に慣れていた目が、外の強い日差しに晒されて世界を濁らせるが――目的のものはきちんと見えている。

 10メートル程度先で戦う、一人の少女と三匹のゴブリンの姿は。

 さきほど一瞬見たゴブリンの身長から行けば、女の子の背はかなり小さいだろう。こんな小さな少女に俺は全てを投げ出してしまおうと考えてしまったのだと思うと、本当に恥ずかしくなって来る。

「行くぞぉっ!」

 俺は気合を入れるためにそう叫ぶと、全力で走り出した。

 10メートルを走り抜けるのにかかる時間はどれくらいだろうか。少なくとも数秒はかかるだろう。だが、俺の声に気付いてゴブリンが対処を始めるには圧倒的に時間が足りなかった。

 振り向いたゴブリンの醜悪な顔、そのすぐ下の首めがけて、走った勢いと全体重を乗せて蹴りを入れる。

 ガフッという空気を吐き出す音とゴキリという首の骨をへし折った音が同時に響き、はっきりと命を奪った感触が伝わって来た。

 ゴブリンの体は1メートルほど吹き飛び、ボロ袋の様に地面を転がっていく。

 一体無力化出来たのだから、残るゴブリンは二体。もう勝てない数字ではないはずだ。

「あなた……!」

「それよりこいつらが先っ!」

 黒くて長い艶やかな髪を持った愛らしい少女が、藍色の瞳を丸くして驚いている。

 彼女は動き易そうな茶色のブラウスに、群青色でまっすぐな生地で出来た膝丈スカートを履いて手には木の札の様な物を持ち、腰には少々長めの剣を佩いていた。

 そんな少女に心の中で感謝を捧げつつ、ゴブリンたちと相対する。

 さすがに同数になったことを警戒しているのか、ゴブリンは低い唸り声を上げ、こちらを睨みつけていた。

「どうする? 正直な事を言うと、俺、戦う方法なんて全然知らないんだよね」

 先ほどのはあくまでも奇襲がたまたま成功しただけであって、鉈や棍棒を構えている相手に正面から立ち向かう方法なんて知らない。

 映画やアニメなんかでなら戦うところを見た事はあるが、それが現実に通じるとはこれっぽっちも思わなかった。

「わ、私もこれだけ近づかれたのは初めてで……」

 初めて……ということは今までは魔法とかで倒してたのかな?

 なら方法は一つしかない。

「分かった、君は俺の後ろに。それでさっきの魔法でこいつ等を倒してくれる?」

「魔法!? ま、魔術ならさっき魔術式が壊されちゃったから使えないの」

 手に持っている木で出来た札みたいなのがその魔術式ってやつかな。

「なら別の攻撃方法はある? その剣とか」

 時折突進する真似をしてゴブリンを牽制しながら会話を続けているが、それもいつまでもつか分からなかった。

 遠くない未来、この二匹は俺たちに飛び掛かって来るだろう。

 棍棒の方はまだしも、鉈の方はただのティーシャツやジーンズで防げるはずもない。当たり所が悪ければ死んでしまうかもしれなかった。

「この剣はちょっと重くて……別の魔術式をポーチから出せば、倒せるけど……」

 少女はチラリとこちらに視線を向けて来る。

「あなた戦い方知らないんでしょ? それなのに前に出るとか無謀だよ」

「でもそれしかないから。早くっ」

 手に持っていたリュックを盾の様に正面で構える。父親からプレゼントされたケブラー製のリュックだ。銃弾すら防げる頑丈さを誇るこのリュックなら、多分鉈とかも防げるだろう。

 問題は、リュックを持つ手が傷つけられるかもしれないところか。

「わ、分かった」

 時間が経てば経つほど選択肢は狭まっていく。少女は仕方ないとばかりに頷くと、俺の背後に移動を始めた――途端。

――ギャァッ!!

 ゴブリン二匹が叫び声を上げて飛びかかって来る。

 俺は頭を手で守り、鉈を持っている方にリュックをかざして自分から体当たりした。

 リュックは鉈を見事に防いでくれたのだが、ゴブリンはそれを理解するや否、もう一度振り上げて――。

「させるかっ」

 二の腕をしたたかに殴りつけられるのも構わず突進し、体重差で二匹を圧倒してそのまま地面に押し倒した。

 鉈を握っているゴブリンの手を左手で掴み右手で胸を押さえ、棍棒を持ったもう一匹は膝を首筋に当てて抑え込む。

「早くその剣で突き刺してっ」

 当初の予定とは違ったが、とりあえずは押しきれた形になる。

「イテテッ」

 ゴブリンも殺されると分かっているから必死だ。棍棒をかなぐり捨てたゴブリンが、ネジくれた爪でこちらを引っ掻いてくる。

 鉈を持っているゴブリンは、その乱杭歯を突き立てようと必死だ。

「早くっ! 頼むっ!」

「分かった!」

 少女は腰の剣を引き抜くと、多少危なっかしい手つきで逆手に持ち、俺の膝で押さえ付けているゴブリンの口に剣の先端をねじ込んだ。

 緑の体からタールの様にどす黒い血液が噴出し、剣と俺の体を染める。

「こっちも!」

 口から剣を生やして痙攣しているゴブリンの上から退くと、膝で鉈を持っているゴブリンの体を蹴りつける。

 ほんの少し緩んだ手から鉈をもぎ取り――ためらいが無かったわけじゃない――ゴブリンの頭に叩きつけた。

――フギッ、フギィッ!

 最後のゴブリンは頭を割られ、目玉を片方零しながらも暴れ回り……やがて息絶えたのだった。
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