天才魔術師から逃げた令嬢は婚約破棄された後捕まりました

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出会い〜アデラ視点〜

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とある貴族が開いたお茶会に母と共に参加した私は、花畑で不思議な少年を見つけた。
会場から少し離れた場所、ナズナの花が一面を白いカーペットのように埋めつくした場所に、彼はいた。

真っ黒な髪をした彼はその花畑からはだいぶ浮いていて私の目を引いたが、何故か他の皆は気にしていない様だった。
まるで、彼がこの世界から弾き出され、誰にも存在を認知されていないかのように。
 
私は母の許可を得て、彼の元へと近づいた。人波から外れて花畑へと進む私を不審がる人もいたが、やはりその少年のことは見えていないらしい。少年は背後から近づく私の気配に気付かない様子で、間近で見る黒髪は日に照らされて艶々と輝いていた。

「こんな所で何をしている?」

ただの興味本位だった。私は基本後悔をするという無益な行為は好まないが、もしこの時に戻れるというのなら、実力行使してでも幼い私を止めていただろう。
少年はあからさまに肩をビクリと揺らし、ゆっくりとこちらに振り返った。

──美しい。

水晶のような紫色の瞳を見開いてこちらを見上げる少年の片目には包帯が巻かれていたが、美しさは損なわれていなかった。
病的なまでに青白い肌に、細く傷ついた小さな手。私と同じ位の年齢に見えるが、その体躯は女の私よりも貧弱そうに見えた。しかし太陽の光すら吸い込んでしまいそうな艶やかな黒髪の間から除く紫色の瞳は、今にも泣き出しそうな表情とは裏腹にどこまでも深く、一切の感情も秘めていなかった。

「私はアークライト公爵令嬢、アデラ・アークライトだ 。」

自分がまだ名乗っていないことに気付き、いつまでも驚いた顔をしている少年にそう名乗ると、少年はハッとしたように名を明かした。

「僕は…アダム・ダグラスです。」

ダグラス…確か代々魔術師の伯爵家だ。
そういえば先程、挨拶回りに来た夫人に紫色の瞳をした女がいたような気がする。きっとこの子も付き添いで連れてこられたのだろう。

「よろしくアダム。私のことは好きなように呼んでくれて構わない。私もお前のことをアダムと呼ばせてもらう。」

少年は無感情な瞳をぱちくりさせると、呟くように私の名を呼んだ。少しぎこちないのは、きっと他人の名を呼ぶという行為に慣れていないのだろう。

「アデラ…様。」

「なぁアダム。お前のその傷はどうしたのだ?闇魔法を暴走させたのか。」

この世界には魔法という不思議な力を持った人間が存在する。上級貴族ほど強力な力を持ち、遺伝によって受け継がれる。魔力は容姿や感情と結びつきがあり、魔力によって髪色が違ったりするのだ。
そして様々な属性の魔法がある中、最も危険とされるのが闇魔法である。闇魔法の使い手は他の魔法使用者に比べて魔力が強く、髪色が黒い。そしてその魔力故に恐れられ、迫害されやすいのだ。
遺伝関係なく稀に産まれてくる闇魔法の使い手は周りからの非情な扱いに精神を壊し、魔力を暴走させる傾向にある。

この国が過去に1度崩壊しかけたことがあると言うが、どうやらその時も闇魔法の暴走が原因だったらしい。

「え…あ…その……はい。」

私の直球な質問にアダムはあからさまに困惑した様子で、静かに俯いた。
上からじゃ座り込んで俯いている人間の表情は分からない。しかしその声色はこれから私が口にするであろう、おそらく多くの人間が彼に向けて放ってきたであろう雑言に対する諦めの色だった。
私は彼と目線が合うように跪き、彼の頬を両手で挟んで目線を上げさせた。

「自信と誇りを捨てるな。たとえ周りがなんと言おうとも、努力を怠らなければ自分だけの力になる。その闇魔法も、磨けばきっとお前の髪のように美しくなるだろうな。」

日に照らされた黒髪が風に揺れ、彼が扱う闇を想像して思わず頬が綻んだ。
私が扱うのは風魔法。私の髪は白銀色で彼の黒髪とは対照的だが、二人の間を流れる心地の良い風はまるで彼を祝福しているかのようだった。

アダムはしばらく呆然と私の顔を見ていたが、やがてみるみるうちにその病弱そうな肌を耳まで赤く染め上げた。

女の私に喝を入れられたのが恥ずかしかったのだろうか。
女だからという理由で態度を変えられると納得がいかないが、そんなことよりも私は彼を母に見せようと彼の手を引いて立ち上がらせた。

「ッあの…。」

「どうした?」

私の視線に、彼は恥ずかしそうに俯いた。
私の目元は母に似て、少々つっていて威圧感がある。

「いえ、ッなんでも…。」

怖がらせてしまっただろうか。
私はあえて彼から視線を逸らすと、彼を母の元へと引っ張っていった。

その間、彼はずっと猫のように前屈みになっていた。












「アデラ。今日も白百合のように綺麗だね。」

あのお茶会から数年が経ち、それなりに成長した私たちは公爵家の庭で他愛もない話をしていた。

「そう。」

目の前で愛おしそうにこちらを見つめるアダムは、私の提案により我が母の元で魔力の制御について教えを乞うていた。
父は秀でた魔力を持たぬ代わりに武力と知性に優れ、母は国内でも指折りの魔力保持者であり、私と同じ風魔法を巧みに操る。
あの日、私は第1王子の婚約者となる条件にアダムの教育を母に任せたのだ。元々公爵家の令嬢である私と王子の見合い話は出てきていたのだろうが、母の血を継ぎ人並み以上の魔力を持つ私が魔術師になることを恐れ、条件にしたのだろう。
その時のアダムはまるで子犬のように驚いた顔をしていたが、今は厳しい母の元でしごかれているせいか可愛さよりも美しさの方が際立っていた。

私がアダムの母に彼の周りの環境を整えるよう言いつけてから、彼の肌から病弱そうな青白さや服から覗いていた傷も消え、体格も年相応の男のものになっている。

母からの教育により膨大な魔力を操る術を身につけた彼は、周りからは王宮専属の次期筆頭魔術師として期待され、多くの縁談の話が舞い込んでいるのだそう。

「アダムの成長ぶりを見ているのは楽しいな。」

私は適温の紅茶を口に含み、香りを楽しんだ。
彼はあの頃では想像もつかないような優しい笑顔を浮かべている。

「全てはアデラのためですよ。あなたにふさわしい男になり、あなたの事を奪いに行くためにね。」

そう。もうすぐ私と殿下の婚約発表が行われる。そして貴族が入る学園へと入学し、卒業とともに婚姻をするのだ。一方のアダムは、もっと魔力を磨くため国外へ留学するらしい。

「お前は既に全てにおいて私を超えている。もっと自信をもて。」

私が物心を抱いてから1日も欠かさずに積み上げてきた魔法に関する努力を、アダムはたったの数年で越してしまったのだ。
公爵令嬢として常に完璧を求められてきた私の努力をいとも容易く超える才能に、正直血反吐を吐くほど悔しいがそんな腹の中は絶対に見せない。

「早く婚約破棄して下さいね。あなたを愛しているのは私だけなのだから。」

こうして週に2、3度、母からの教育が終わった後にティータイムがあるのだが、アダムは必ず私にプロポーズ紛いの発言をする。
あのお茶会以来、会う度に歯の浮くような台詞を吐く理由は執念以外考えられない。私はその執拗な執念に呆れを通り越して恐怖を感じていた。

「お前も早く良い相手を見つけろ。」

「僕にはアデラ意外考えられない。」

なんの迷いもなくこちらに向けられる瞳には固い意思が感じられる。これもまた、あの時からは想像つかないものだ。

「ねぇアデラ…僕のこの気持ちは本物なんだ。本当は今すぐにでも僕だけの世界に監禁して、君をドロドロに甘やかしたい。」

とても冗談には聞こえない声色に、私の背筋を冷たい汗が伝った。

──このままでは、まずい。

本当に取って食われてしまいそうだ。私は今まで感じたことの無い類の恐怖に鳥肌が立ったが、なんとか自分の心を諌めて、努めて冷静にアダムと視線を交わした。

「もし私が婚約破棄をしたら、お前の妻にでもなってやろう。しかし私は全力で逃げ……アダム?」

ガチャン、と大きな音を立てて、アダムはいつの間にか椅子から地面に落ちていた。手の甲を口元にかざし、耳まで赤く染めて驚いた顔でこちらを凝視している姿は最近の落ち着いた姿からは想像もつかず、思わず笑いが込み上げる。

「…ふふっ、あははははは!」

アダムは突然笑いだした私に冷静さを取り戻したのか、驚いた顔で、しかし頬を赤く染めたまま私の腰を抱いた。

「あまり笑わないで下さい…。アデラが僕の妻になるだなんて嬉しいこと言うからですよ。」

そう言って少し拗ねた顔はまだ幼さが残っている。
しかし瞳は嬉しそうに私のことを見ていた。

「ふふっ、すまない。アダムのそんな姿、久しぶりに見たから。」

「僕はアデラがそんな風に笑うの、初めて見ました。…笑顔は向日葵みたいに可愛らしいんだね。」

確かに、こんなふうに大胆に笑ったのは初めてかもしれない。
私は近くで見るアダムの顔を撫で、そして離れた。
婚約者がいる女に男はそうそう触れるものでは無い。
アダムは悲しそうな顔をしていたが、
「いつかは僕のものになる。」
と恐ろしいことを呟いてまた笑顔に戻った。

「どんな手段を使ってでも、あなたの事を捕まえてみせます。」

そう言って微笑む彼は、今でも私の数少ないトラウマとなって記憶に残っている。
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