織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ

文字の大きさ
16 / 70
第一章 異界からの姫君

第十六話

しおりを挟む

 ふわりと内臓が浮く感覚を味わいながら、落下する。晧月に抱かれて、スリルを味わう彼女は、髪の毛を乱れさせながらも、笑っていた。

 「これ、楽しゅうございます!」

 「落下するのクセになっちゃったの?」

 なんとも妙なものを気に入ってしまったらしい。スタッと着地した彼は、相変わらず足への負担はないらしく、そのまま歩き出した。

 「どこへ行くのです?」

 「内緒」

 彼は、しっかりと市の体を抱き直す。

 「あの、私……自分で歩けます」

 「そう」

 スタスタと歩く彼に、市を降ろす気は無いようだ。恥ずかしそうな市に向かって、にっこりと笑いかける。

 「でも、俺が抱いて行った方が早いし。このままでいいよね」

 疑問符がつかないあたり、決定事項らしい。市はがっくりと肩を落とした。市としては、この体勢はなかなか恥ずかしいのだ。決して晧月の事が嫌な訳では無い。むしろ……。

 ーー私は、この方にこうして触れて頂けて、嬉しいと感じているのだろうか。

 相手がエイサフや、ザァブリオなら、市はきっと嫌がっただろう。嫁入り前の女に、気安く触れるだなんて、市の時代ではありえない。農民はどうか知らないが、姫である市にとって、会ったばかりの男にこうして抱かれることは、ふしだらであった。それなのに、どうして彼が相手だと、胸の奥が嬉しい気持ちで一杯になるのか。どうして、切なくも、甘い想いが溢れ出すのか。どうして、こうも……頬が熱くなってしまうのか。

 「天使ティエンシー、見てごらんよ。美しい薔薇園だ」

 思考の渦に陥っている間に、目的の場所へ着いたようだった。

 そこには、市の見慣れない花が沢山咲いていた。赤、白、黄、青といった、様々な色どりの薔薇が、満開の状態で美しく咲き誇っている。そして、何だかいい匂いが市の鼻先を擽った。きっと、その薔薇という花の香りなのだろう。

 「綺麗でございます……」

 うっとしとした顔で、市は薔薇の香りに酔いしれた。そんな彼女の横顔は、やはり美しくて可憐だ。長くカールした睫毛に、赤い蕾のような唇。その白い頬は感動からか、ほんのりと上気している。それを晧月は、優しい眼差しで見つめた。彼を知る国の重臣達が見たら、頭でもぶつけたのかと晧月の心配をするだろう。皇子がそんな甘い顔をするなんて!……と。そのくらい、彼はなかなか黒い一面を持っているのだが、ここに来てからはなりを潜めている。

 「女の子って、こういう花とか見るの好きだよね」

 「まぁ、嫌いではありませぬ。とても綺麗ですもの。でも……兄が開いた相撲大会を見る方が、わくわくしました」

 市は、悪気無く言った。聞くものが聞けば、薔薇園はわくわくしないのだと、言われたように感じるだろう。だが、そこは晧月である。いちいち細かい事を気にしない彼は、キョトンと目を丸くした。

 「君、ほんとに変わったお姫様だね。相撲なんて、暑苦しいだけじゃないか」

 「何をおっしゃいますか!男と男の熱いぶつかり合いは、迫力がありまする!みんな、己の信念を胸に、挑んでおりました。その姿の、なんと感動すること!」

 兄の信長も、殿でありながら率先して、相撲に参加していた。市は信長の正室である、おのうの方の隣で、よく兄を応援したものだ。その頃を懐かしく思いながら、市はどこか遠くを見るような目をした。

 「お兄さんがいるんだ?」

 「はい。姉もいて、24人兄弟です。会ったことの無い兄弟もいますが……」

 平成出身の久実や里奈が聞いたら、びっくりする数である。だが、晧月は驚くこと無く「ふーん」と相槌をうった。

 「若君には、兄弟はおりまするか?」

 「実は俺、男兄弟いないんだよ。みんな妹……それも、10人もさ」

 どこか、うんざりしたように晧月は言った。

 「そのうちの5人は嫁に出たけど、あとの5人はまだ城にいてね。毎日きゃーきゃー騒いでるよ」

 「楽しそうですね」

 「男としては、肩身が狭いけどね」

 晧月は、城での妹達の様子を思い出すと、頭が痛くなる思いだった。男遊びの激しい妹は、晧月の部下にまで手を出そうとするし。泣き虫な妹は、戦帰りの返り血を浴びた晧月を見て、声が枯れ果てるほど泣き叫ぶし。噂好きの妹のせいで、侍女達が晧月に不満を言ってくる。それに、双子の妹達は、毎日のように晧月の部屋まで突撃してくる。父と一緒に、男だけで肩身の狭い思いをしたことは数知れず。そのストレスが、彼の重臣達にぶつけられているのだが、晧月に自覚はない。

 晧月はそっと市を降ろすと、彼女の手を握って歩き出した。

 「あそこにベンチがあるんだ」
 
 丘の上にポツンとあるベンチには、柔らかそうなクッションが置かれている。晧月はそこに市を座らせ、自分もその隣に腰かけた。クッションの柔らかさに、市が目を見開く。

 「なんと!お尻が沈んでいきまする!」

 おっかなびっくりといった様子に、晧月は笑いを零した。片手で口元を隠しながらも、彼の目は笑っている人のそれだ。

 「……笑わなくても」

 「だって、君の反応が面白いから」

 市の頬が、ポっと赤くなる。それにまた晧月が、肩を震わせた。市から彼の顔は見えなかったが、これはきっと笑われているに違いない。

 「もう!笑わないで下さいませ!」

 「だって、君ってほんと……可愛いからさ」

 二人は顔を見合わせて、口元を緩めた。片方は愛らしく頬を染め、まるで恋人と見つめ合っているかのように……幸せそうに。そして、もう片方も、同じように幸せそうに。それでいて、宝物でも見るかのような眼差しで、女性の頬に手を添えて……。

 パキリと、枝を折る音が鳴った。だが、この時ばかりは晧月は気づくことが出来なかった。

 「なんだ、あれは……。何なのだ……っ!」

 大きな影が、わなわなと震える。青い髪を揺らし、エイサフは唇を噛み締めていた。包帯をまいた右手に、先程摘み取った薔薇の棘がグサリと刺さる。地面に赤い花びらと、彼の血が散った。その花は、市へと贈る予定だった。

 ーーこの私が……らしくもなく、姫に、謝ろうと……!自ら薔薇の花を摘み取ったというに!なんという仕打ちか!姫よ……!

 目の前が白くなる。彼の体が、狂おしいほどの激情に包まれる。まるで、自分の体ではないかのように。体が熱い!目の前が熱い!頭が熱い!ぐらぐらと沸騰した想いが、溢れ出し、体を焼き尽くす。

 ーーおお、許さぬ……!私には、そんな眼差しを向けてはくれなかったではないか!そんな……女の顔をして……!何故、姫は私を苦しめる……!

 右手の包帯が、真っ赤な血でぐっしょりと濡れた。だが、エイサフにとっては、そんなこと気にもならない。無残に散った薔薇の花を踏み締めて、彼の氷の瞳は、狂った愛の炎で赤く染まっていた。

 「待っていろ姫よ……その身をいだくは私だ」

 彼の尽きぬ黒い愛の炎に、気付くものはいなかった。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

ヒロインに躱されて落ちていく途中で悪役令嬢に転生したのを思い出しました。時遅く断罪・追放されて、冒険者になろうとしたら護衛騎士に馬鹿にされ

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
第二回ドリコムメディア大賞一次選考通過作品。 ドジな公爵令嬢キャサリンは憎き聖女を王宮の大階段から突き落とそうとして、躱されて、死のダイブをしてしまった。そして、その瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。 そして、黒服の神様にこの異世界小説の世界の中に悪役令嬢として転移させられたことを思い出したのだ。でも、こんな時に思いしてもどうするのよ! しかし、キャサリンは何とか、チートスキルを見つけ出して命だけはなんとか助かるのだ。しかし、それから断罪が始まってはかない抵抗をするも隣国に追放させられてしまう。 「でも、良いわ。私はこのチートスキルで隣国で冒険者として生きて行くのよ」そのキャサリンを白い目で見る護衛騎士との冒険者生活が今始まる。 冒険者がどんなものか全く知らない公爵令嬢とそれに仕方なしに付き合わされる最強騎士の恋愛物語になるはずです。でも、その騎士も訳アリで…。ハッピーエンドはお約束。毎日更新目指して頑張ります。 皆様のお陰でHOTランキング第4位になりました。有難うございます。 小説家になろう、カクヨムでも連載中です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

「結婚しよう」

まひる
恋愛
私はメルシャ。16歳。黒茶髪、赤茶の瞳。153㎝。マヌサワの貧乏農村出身。朝から夜まで食事処で働いていた特別特徴も特長もない女の子です。でもある日、無駄に見目の良い男性に求婚されました。何でしょうか、これ。 一人の男性との出会いを切っ掛けに、彼女を取り巻く世界が動き出します。様々な体験を経て、彼女達は何処へ辿り着くのでしょうか。

処理中です...