織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ

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第一章 異界からの姫君

第十八話

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 ラビアは部屋の隅に控えていた。和やかな雰囲気の二人を邪魔するわけにもいかず、複雑な心境で見つめる。

 ーーイチ様のあの目。まるで晧月皇子に恋をしているように見える……。

 まさか、と思った。彼と市が会うのは今日が初めてのはず。市の性格上、一目惚れというのも考えにくい。

 「ねぇ、そこの侍女」

 晧月の温度のない声が、ラビアに向かった。

 「ちょっと、部屋の外に出ててくれるかい?なんか、邪魔なんだよね……気配が鬱陶しくてさ」

 正直な彼の言葉が、遠慮なくラビアに突き刺さる。晧月に悪気はない。彼はラビアの刺々しい眼差しに気付いて、そのままそれを指摘しただけであった。しかし、ラビアにとって、晧月の言い方は、嫌味ったらしく聞こえた。

 ーーこれだから、この皇子は嫌いなのだ。聡明なるエイサフ王子とは違い、子供のように本音をぶつけてくる。

 それも、国民性だろうか。ラビアは溜め息を押し殺して、静かに部屋を出て行った。市と晧月を二人きりにするのは本意ではないが、立場上、晧月には逆らえない。

 出ていってしまったラビアを見送って、市は呆れた眼差しを晧月へと向けた。

 「少し言葉がキツイのでは?」

 「そう?あの侍女の眼差しも、なかなかキツかったと思うんだけど。まるで、親の敵でも見るような目だったじゃないか」

 確かに、否定は出来ない。市の席からは、晧月の背中を睨み付けるラビアの顔が、ハッキリと見えていた。彼女にとって、彼は敵国の皇子だから仕方が無いのかもしれないが……。

 「まぁ、邪魔者は居なくなったことだし……この顔合わせも、ゆっくりと君の事を知れるいい機会だ」

  邪魔者云々は置いといて。確かに、こうしてゆっくりと晧月と話せるのは初めてだ。なんたって、今まではラビアの目を盗んで会っていたのだから。

 「そうでございますね。では、私から質問です。若君はおいくつですか?ちなみに、私は二十でございます」

 「俺は二十三だよ。次は俺から質問ね。君の好きな男性のタイプを教えてよ」

 「たいぷ?それは美味しいのですか?」

 「まさか!君って結構食い意地張ってるね」

 「失礼な……!たいぷという言葉なんて、聞いた事がないのですから、仕方がないではありませぬか!それに、たいぷとは、何だか美味しそうな響きだと思いませぬか?」

 恥ずかしそうに頬を赤らめて、市は唇を尖らせた。そうすると、美しい顔はたちまち幼さのある愛らしい顔に変わるものだから、たまらない。彼女は、男の前であまりにも、無防備に表情を変える。そんな危なっかしい魅力に、普通の男なら不安を感じそうだ。だが、晧月は普通の男ではないらしかった。

 ーー目障りな虫が、彼女に集まりそうだ。

 彼は、薄暗い笑みを浮かべた。害虫駆除は得意である。彼女にたかる虫は、片っ端から駆除してやろう。晧月の独占欲は、なかなかのものだ。しかし、独占欲が強いと自負してはいるが、彼女を自分の腕に閉じ込めてしまおうとは思わない。美しい蝶は、自由に空を舞うからこそ美しいのだ。その羽をもいでしまうのは、あまりに無粋である。その美しい蝶の帰るべき花が、自分の腕の中なのだと……。市の心を、自分のものに出来るという絶対の自信が、彼にはあった。それは、エイサフにはないものであった。常に物事を前向きに考える晧月は、性急に市へと詰め寄ることをしない。

 「俺が聞きたかったのはね、どんな男性が好みかってことだよ」

 女性が安心するようなベビーフェイスに、彼は穏やかな笑みをのせた。それだけで、市の男性に対する不安感や、壁を取り除いてしまう。

 「たいぷとは、好みの事だったのですね」

 少し違うが、意味が通じたようなので、晧月は訂正の言葉を挟むこと無く、市の返事を待つ。

 年頃の乙女なら、暫く悩みそうなものではあるが、市は素早くハッキリと答えた。

 「兄上様以上に、大きくて、かっこよくて、面白くて……それから、強い方が好ましいです」

 思いもしない返答に、晧月はパチクリと瞬きを繰り返す。

 「君の兄以上に?」

 「はい!兄上様はとってもお強いのです。それと、面白い方です。私は、兄上様と居て退屈した事がありませぬ」

 兄を語る市の瞳は、遠くを見つめてキラキラと輝いていた。それを晧月は、おもしろくない思いで見つめる。そのまま、目の力を使ってみれば、顎髭を生やした厳つい顔の男が見えた。一度見た事があるような気がするが……なるほど。確かに強そうである。

 「何だか妬けちゃうな。お兄さんの事が大好きなんだね」

 「はい!大好きです!」

 自分に言われた訳でもない市の言葉は、晧月の胸を擽った。飛びっきりの笑顔で、好きというものだから、照れ臭い気持ちになる。

 ーー参ったな。俺に言われた言葉でもないのに。

 溜め息を押し殺して、彼は小さく息を吐いた。その頬は薄すらと桜色に染まっている。いつか、目の前の姫の愛らしい唇が、自分を好きだと言ってくれる日が来るだろうか。そうなれば、きっと晧月はあまりの嬉しさに、沢山のキスをお見舞いしてしまいそうだ。

 「俺って、君のお兄さんと比べてどうなの?」

 「それは……」

 市は改めて、兄と晧月を比較してみた。思えば、自由奔放な一面に兄の面影を見たこともあった。空気を読まないところや、思い立ったら即行動するところもそっくりである。

 「そうですね、若君は……兄上様よりも大きいです」

 市の頭二つ半ほどある晧月の背丈は、信長よりも大きい。そもそも戦国時代を生きる人間は、現代日本人よりも小さいのだ。その現代日本人よりも、異世界の人間は大きい。こちらに来てからというものの、市は人を見上げてばかりいる。

 座っていても、見上げなければならない彼の顔を見つめ、今度は少し恥ずかしそうに、市はおずおずと唇を開いた。

 「それと、お顔も……かっこいいです」

 美しい晧月の顔は、信長とは違う男らしさがあった。一重の大きな瞳が、ふとした瞬間に野性味を帯びた瞳に変わるのだ。その度に、市は密かにドキリとしていた。信長は見るからに男を感じさせる顔立ちだが、晧月は幼さのある甘い顔をしている。その瞳が鋭く光る瞬間が、市は無意識ながらに好きだった。

 「俺って、君の目から見て、かっこいいんだ……そっか、そうなんだ」

 好きな女性に褒められるのが、こんなにも嬉しいなんて知らなかった。晧月は緩みそうになる口元を、無理矢理引き締めた。しかし、どうしても唇が弧を描いてしまう。そんな彼の様子に気付かずに、市は言葉を続けた。

 「若君とは、一緒に居てとても面白うございます。退屈しません。……強さに関しては、まだわかりませぬが」

 そこまで言って、市はチラッと晧月の顔を見上げた。すると、彼は両手で口元を覆ってしまっているではないか。

 「ど、どうなされましたか?」

 「……なんでも」

 晧月の耳が赤らんだ。嬉しくて、笑顔が我慢出来なかったなんて、言えるものか。彼は、再び無理矢理唇を引き締めるのだった。
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