織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ

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第二章 愛を乞う王子

第三十三話

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 水気を含んだ服が、べったりと肌に張り付く。腕に抱いた銀色の彼を抱え直せば、泥の匂いと血の匂いが混じり合った。晧月の体温が、どんどんと冷たくなっている。ザァブリオは、焦りを感じていた。

 「ここは何処なんだ……。シュッタイト帝国なのか?それとも、渼帝国なのか……?」

 もしここが、シュッタイト帝国であれば、晧月は助からないかもしれない。彼にしては珍しく、そんなネガティブなことを考えた。シュッタイト人が、晧月の象牙色の肌を見れば、一目で渼帝国の人間だとわかるだろう。そして、ザァブリオの肌も、ピンク色がかった白だ。ブロリンド人だとわかれば、まともに話しを聞いてくれるかどうか……。それこそ、兵士に見つかりなどしたら、大変だ。自分達は顔が割れている。きっと、殺そうとしてくるに違いない。よくて、捕えられるかだ……。

 「しっかりしろ、オレ!大丈夫だ。何たって、オレはラッキーマンと呼ばれた男だぞ!きっと、助かる!晧月を助けるんだ!」

 弱気な自分に喝を入れて、ザァブリオは歩を進める。すると遠くに、町のようなものが見えてきた。町を囲う石垣は、古く、苔が生えている。石で出来た大きな門の前に、見張りの兵士が二人立っていた。その兵士の服装と肌の色を見て、ザァブリオは肩の力を抜く。腕が、足が震えた。

 そんなザァブリオに気付いた兵士が、怪訝そうな眼差しを向けてきた。

 「何だ、怪しいヤツめ……ここは、誇り高き渼帝国の、国境を守る町!汀洲テイシュウであるぞ!怪しいそなた等が、この町に何の用だ?」

 ザァブリオは、がくりと膝をつく。その姿は、とても王子には見えないほど、ボロボロであった。高貴な服は擦り切れ、傷だらけだ。編み上げブーツの底も、穴が開き、泥に塗れてしまっている。
 
 グシャグシャに乱れた赤い前髪から覗く、垂れ目がちの赤い瞳に、じんわりと涙の膜が浮かんだ。彼は、唇を小さく震わせて、腕の中で眠る晧月に、呟いた。

 「よかった……よかったな、晧月……神はお前を見放さなかった……」

 人形のように眠る晧月は、相変わらず顔色が悪い。ザァブリオは、目の前に立つ兵士に向かって、声を張り上げた。

 「渼帝国の兵士よ!聞いてくれ!オレはブロリンド王国の第一王子……ザァブリオ・フォイ・ブローリーだ!お前達の皇子である、渼晧月が、大怪我を負っている!どうか、医師を呼んで欲しい!」

 「な、どうしてブロリンド王国の王子が……?」

 兵士は、驚いた顔をしたが、胡散臭そうに首を傾げる。

 「怪しいな。皇子達は、白薔薇宮殿にいるはずだが……?それに、本当にお前はザァブリオ王子なのか?そこにいる者も、本当に我が国の皇子なのか?」

 「怪しむのも仕方がない!だが、時は一刻を争っているのだ!オレの髪と目を見ろ!そして、晧月の髪とチャイナ服の刺繍を見ろ!これでも、信じられないか!?」

 王子であると証明できるものは、ザァブリオにとって自身の髪と目の色であった。赤い色を持つ者は、ブロリンド王族にしかいない。それは、晧月にも言えた。彼の髪は、渼家の皇子らしく美しい銀色をしている。そして、王家の者にのみ許される色は、決して真似など出来やしないのだ。染め粉でも、その色を出すことは出来ない。晧月の着ているチャイナ服の刺繍も、王族にのみ許された細やかな刺繍である。そして、その糸は金糸だ。

 「う、ううむ……確かに、その髪の色は、我が国の皇子の持つ色……それに、その刺繍も……見事なものだ」

 狼狽えるも、怪しむ兵士。怪しい者を、町に入れてはならない。それが、彼等の仕事である。長年そうしてやって来たのだ。そのため、彼等はとても疑り深かったが、その疑り深さでこの町を守ってきた。

 「早く医者を呼んでくれ!晧月が死んでしまう!」

 ザァブリオの叫びに、兵士は狼狽えながらも、なかなか動こうとしない。こうなったら、この兵士達を気絶させるしかないだろうか。そうザァブリオが思った時……門の奥から女の声が響いた。それは、鈴のように高く、凛としていた。

 「その方は、確かにブロリンド王国のザァブリオ王子よ。そして、その腕にいるのは……確かに、私の兄だわ」

 「お、皇女様……!」

 銀色の髪を高く結い上げた女が、厳しい顔でザァブリオの腕で眠る晧月を見つめていた。切れ長の銀色の瞳。晧月に良く似た、しかし幼さの残る愛らしい顔立ち。彼女は、桃色に花の刺繍が施されたチャイナ服を身に纏い、その整った唇を開いた。

 「久しぶりね、ザァブリオ王子。どうして、お兄様が……そのような事に?」

 「お前は……明凜めいりんか。嫁いだと聞いていたが、まさかこの町だったとは……」

 「お父様は、国境沿いのこの町を守るよう、巫女である私を嫁がせたのよ」

 メイリンは、固まったまま動かない兵士を見下げた。それは、冷え冷えとした氷のような瞳であった。兵士達は、思わず縮こまる。

 「お前達……何をのろのろとしているのだ。私の兄が、このような大怪我を負っているのよ。速やかに医師を呼びなさい。そこのお前は、ザァブリオ王子を丁寧に、私の屋敷へお連れするように。その間、門の見張りは他の者に任せておけばよい」

 「は、はっ!」

 一人の兵士は、脱兎のごとく走り去り、もう一人の兵士が、ザァブリオの腕に眠る晧月を抱き上げた。メイリンは、晧月を抱く兵士の背中をじろりと睨み付ける。

 「お前……ザァブリオ王子のことを、やたらと疑っていたわね。疑うのがお前の仕事だが、自国の皇子の顔がわからなくて、どうする。もう一度、私から特別な教育を受けたいの?」

 「い、いえっ、とんでもございません!」

 「それと、先程……私を皇女と呼んだけれど、私は今や、家臣である李紅雲りこううんの元へ降嫁した身。夫人と呼びなさい」
 
 「は、はい……」

 「あまり間違えると、その舌を鳥のエサにしてやりたくなるのだ……もう、間違えるでない。物覚えの悪い子は、嫌いよ」

 「は、はひ……」

 ザァブリオは、だんまりのまま、彼等の後ろを歩いていた。彼にしては珍しく、美しい女を前にして大人しい。それはメイリンが、彼にとって、唯一苦手な女性だからだ。
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