織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ

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第二章 愛を乞う王子

第三十五話

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 薄暗い部屋に、蝋燭の火がゆらゆらと揺れて、曲がった柱のような影を作る。その影を眺めながら、エイサフは溜め息を漏らした。そして、傍で眠る愛しい姫の顔に、手を伸ばす。市の白い頬は、真珠のように輝き、その真珠を淡く染める薔薇色の頬が、彼女の回復を表していた。

 「目覚めよ、姫……。早くそなたの美しい瞳を見たい……」

 頬に指を滑らせて、彼女のふっくらとした唇に触れる。弾力のあるそれは、エイサフの指を受け入れるように沈み、真珠のような歯がちらりと覗いた。その指を自らの唇に寄せて、エイサフは笑みを浮かべる。

 ーーこうして、姫に触れるだけで、心が満たされていくのがわかる……。恋とは、何と不思議で、おかしなものよ。私を狂わせ、切なく胸を締め付けたかと思えば、些細なことで幸せな気持ちになる……。

 熱い眼差しで、ずっと市の顔を眺める。何度見ても飽きない彼女の顔。何度触れても足りない、彼女の肌。もっと、見たい。触れたい。欲しい。そんな欲求が、エイサフの胸を渦巻いていた。

 医師によれば、市の舌はすぐに治るらしい。シュッタイト産の治療薬は優秀である。彼女の舌に、毎日薬を数滴落とせば、みるみるとくっついていくのだ。5日もあれば完治するとの事。エイサフは、彼女が目覚めた時、どうしてやろうかと考えていた。

 シュッタイトのドレスで、着飾るのもいい。自分好みの衣装に着替えた市を侍らすのは、さぞかし気分が良いだろう。市の唇を、好きなように味わってやろうか。いつだって、彼女の頬に、腕に、唇に、体に、触れることができるのだ。華奢で小鹿のような体に、男を刻み込んでやるのもいい。真珠のような肌に吸い付けば、きっと鮮やかで赤い花が咲くのだろう。想像を膨らませるほど、エイサフは胸を熱くした。

 「……姫」

 唇から、熱い吐息が漏れる。男の欲望が膨れ上がり、エイサフを悩ませた。市の果実のような唇の、なんと美味しそうなこと。彼女の白い肌が、蝋燭の火に照らされて、艶めかしい。豊かに流れる黒髪からは、甘い香りが漂ってくる。エイサフは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。美しい人形のような顔が、情欲で塗れる。

 「……私に、このような獣の如き欲があろうとは……」

 彼は自嘲すると、市の頬をひと撫でして、部屋を出て行った。



 そこは、シュッタイト帝国の国境沿いにある小さな城。茶色い石を積み上げてできた城壁には、シュッタイト帝国の紋章が彫られている。その城の一番天辺の塔に、久実とレイムホップは閉じ込められていた。

 「これから、どうしたらいいのかしら……」

 久実は、ベッドの上に腰掛けて、項垂れた。狭い部屋に、ベッドが二つ置かれており、分厚いカーテンで仕切られている。つまり久実とレイムホップは、同じ部屋に、カーテンという仕切りのみで監禁されているのだ。

 「いくら、元が50歳だからって……こんなのってないわよ……」

 レイムホップが老人といえど、異性であることに変わりない。気持ち的にも、良い気はしない。久実は、不満で一杯だった。閉じ込められて、一週間は経つだろうか。白薔薇宮殿に居た頃とは違い、3食とも硬いパンに質素なスープ。お風呂やトイレも、レイムホップと共同だ。エイサフは全く顔を出す事などないし、ラビアの姿も見ていない。部屋の外に、見張りのシュッタイト兵が、居るのだろうということは、密かに聞こえる話し声で気付いていた。

 「おい、聞いたか?」

 中年の男の、密かな話し声が響いてきた。一日中、ドアの前に突っ立っている兵士達は、噂話で気を紛らわせているらしい。今日も、さっそく話を始めたので、久実はじっと耳を澄ませた。

 「イチ姫が、自害しようとして、舌を噛み切ったんだと」

 思わず、えっと声を出しそうになり、慌てて口を塞ぐ。カーテン越しに、レイムホップも話に耳を傾けているのが、わかった。

 「おい……そりゃあ、古い情報だぜ。舌を噛み切ったのは、四日前だし、そもそも噛み切れてはいなかったらしい。舌が真っ二つになってたら、さすがに我が国の薬でも治せないぜ」

 「なるほどなぁ。お前、情報通だなぁ」

 「あったりめぇよ!この、城の最先端を俺はいくぜぃ」

 「しかし、良かったよ……姫君が治りそうで」

 「ああ。あの姫君は、エイサフ王子の妃となるお方らしいからな」

 和やかに話をする兵士に、久実は苛立ちを覚えた。

 ーーお市ちゃんが、自害をしようとするだなんて……。

 無邪気な笑顔を見せてはいても、やはり戦国の世で育った姫なのだ。久実は不安だった。きっと、市が目を覚ましたら、また自殺をしようとするだろう。彼女は愛しい男の後を追いたいのだ。

 「……ザァブリオ王子は、まだ捕まっておりません。彼の助けを信じるしか、ありませんな……」

 レイムホップのしわがれた声に、久実は小さく返事を返した。

 ーーザァブリオ……助けに来てよ……!

 久実はどうしてか、ザァブリオの真剣な表情が忘れられなかった。彼の情熱的な赤い瞳が、彼女の記憶の中で、熱く燃えている。

 ーー私を愛していると言ったのだから、救いに来てよ……。

 不安な思いをかき消すように、ザァブリオの顔ばかり、思い浮かべた。
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