織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ

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第二章 愛を乞う王子

第三十六話

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 「イチ様は、まだ……お目覚めになりませぬ」

 ラビアが、紅茶を入れながら、眉を下げた。入れたばかりの紅茶は、いい香りがして、いつもなら気分が高揚するのに、そんな気持ちになれない。彼女は、紅茶をエイサフに差し出して、彼の顔色を窺った。聡明なる王子の表情は、読めない。

 「相変わらず、そなたの入れた茶は美味い」

 カップを傾けながら、エイサフは冷え冷えとした瞳で、ラビアを流し見た。

 「ラビアよ」

 「はい」

 「姫の舌の様子はどうだ」

 「医師の言うように、5日で完治致しました……。ですが、目を覚ます様子がないのです」

 市は、死んだように眠っている。顔色は良く、頬も唇も健康的な薔薇色をしていたが、まぶたは固く閉じられたままだ。このまま目を覚まさないのではないかと、ラビアは心を痛めていた。

 「聞くところによると、イチ様は精神的負担により、心を閉ざしてしまったのだと。……一種の現実逃避のようなものなのでしょう」

 焼き菓子を摘み、口に入れる。甘く、香ばしい味わいを楽しみながら、エイサフは紅茶を一口含んだ。

 「今、目覚めて……また自害されても困る」

 「……イチ様は、気高きお方。自らの命を絶つということに、躊躇などありませぬ」

 「うむ……」

 カップをソーサーに置いて、エイサフは唇を吊り上げた。その表情に、ラビアはハッとする。

 「何か、お考えで……?」

 「魔術師を一人呼んである」

 「ま、魔術師ですか……」

 ラビアには、エイサフの考えている事がわからない。魔術師とは、王族の血を薄くとも、引いている一族である。しかし、ただでさえ異界からの姫君の血が薄いシュッタイト帝国だ。当然、他国よりも魔術師の力は弱い。一体、王子は魔術師に何をさせるつもりなのだろう。彼女の白い頬に、一筋の汗が流れた。

 ーーどうしてだろう。何故だか、王子が怖い。幼き頃から仕えてきたというのに……!

 エイサフの瞳は、青いはずなのに、赤く燃えて見えた。瞳の中に、揺らめく炎がある。それは、愛憎溢れる炎のごとく、ゴオゴオと吹き荒れていた。

 「案ずるなラビア。きっと、いいようにしてみせる」

 狂気の笑みが、彼の顔に浮かんでいた。それは、ラビアが初めて見る、恐ろしいほど美しく、残酷な笑みであった。

 「王子、魔術師殿が参られました」

 「通せ」

 扉の外から兵士の声がして、ラビアは壁際に控えた。すると扉が開き、魔術師がゆっくりと入室する。白髪頭を一つに纏め、黒いローブに身を包み、しわくちゃな顔をした老婆。彼女は、帝国でも随一な魔術師であった。ラビアも何度か顔を合わせた事がある。老婆は、背中を丸めて、エイサフに最上級の礼をした。

 「お久しゅうごさまいます、王子様」

 「うむ。して、例の件……承諾して貰えるか」

 「勿論にございます。全ては、王子様の為……私は喜んで術を唱えましょうぞ」

 老婆の献身的な言葉に、エイサフは青い林檎を一口齧った。シャクっとした音が響き、甘く爽やかな味が口内に広がる。老婆は、頭を下げたまま、顔を上げようとしない。エイサフの瞳が細められた。

 「では、さっそくこの場でやれ」

 「……は……?」

 「聞こえなかったのか。やれと命じているのだ」
 
 咄嗟に顔を上げた老婆の顔は、汗で濡れていた。薄くシワの寄った唇を震わせて、はくはくと口を開け閉めさせる。その餌を待つ鯉のような動作に、エイサフが舌を打った。

 「そなた、覚悟の上で参ったのではないのか?今になって怖気付くなど、情けない……」

 「お、怖気付いてなど……!」

 「ならば、やるのだ。私にそなたの忠誠を見せてみよ」

 老婆の顔色が青い。今にも死にそうな顔をしていることに、ラビアは首を傾げた。ただ、魔術を唱えるだけだというのに、あの怯えよう。エイサフは、老婆に何の術を唱えさせるつもりなのだろう。

 「唱えまする……!王子様に、忠誠を!シュッタイト帝国よ、永遠なれ……!我が御魂は、御身と祖国の元にあり……!!」

 まるで、戦地……いや、死地に赴く戦士のような形相。老婆は、険しい顔で告げると、懐から杖を取り出した。赤い玉が付いた杖は、怪しげな光を灯している。

 「onkyaronnisakaranatahayawanahaa!!」

 よく分からない言葉を唱える老婆。赤い玉から、電気のようなものが走り、天井を貫いた。部屋一帯が、真っ白な光に包まれる。ラビアは、眩しさのあまり、目を閉じた。

 エイサフも眩しさに顔を顰めながら、しかし、その顔は笑っている。

 ーーこれで、姫に思い知らせてやろうぞ……!

 眩しさが収まったと思えば、老婆が口から大量の血を吹いた。老婆の目や鼻、耳からも赤い筋が涙のように溢れ出る。

 「なっ!?」

 突然のことに、ラビアが口元を抑えた。老婆は血を流しながら、前向きに倒れてしまった。咄嗟に駆け寄るも、既にこと切れている。

 「死んでる……」

 一体何故。どうして。ラビアは、真っ青な顔でエイサフを見上げた。彼は、何とも思っていないような顔で、老婆の死体を見下げている。まるで、ゴミでも見るかのような眼差しに、ゾクリとした。

 「王子……これは、一体……どういうことなのですか……?」

 恐る恐る言葉を紡ぐ。ラビアの手は、老婆を揺すったことにより、真っ赤な血で汚れていた。

 「何てことはない。禁術を唱えたことにより、ソレの脆い体が、耐えきれなかっただけのこと」

 「禁術……?」

 何ということだろう。禁術を唱えさすなど、やってはならないこと。いや、もうすでにエイサフは、禁忌を犯している。ラビアも、それに加担してしまったのだ。もう歯車は回ってしまった。今更、引き返す事など出来やしない。そもそも、自分だって、エイサフの罪を被って自害する兵士達を、見殺しにしたじゃないか。何を恐れる。何を不安がる。エイサフは、冷たいようで優しい。それを知っているから、今までついてきたというのに。

 「ラビアよ」

 「……はい」

 「その汚いゴミを片付けておけ」

 まるで氷のように、ナイフのように、冷たい言葉。冷たい眼差し。優しさなど、感じられない振る舞い。命令に従った老婆を、ゴミと吐き捨てたエイサフは、颯爽と部屋を出て行ってしまった。

 「……王子」

 ラビアは、わからなくなった。王子は、変わってしまわれたのか。それとも、自分が気付いていなかっただけで、元々残酷な人であったのか。わからない。老婆の死体を見て、体が凍える。いつか自分も……同じように切り捨てられる日が来るのだろうか。

 「王子に限って、まさか……そんなこと……」

 自分は、エイサフの乳兄妹なのだ。幼い頃から一緒だったのだ。自分は、特別なはず。何よりも優しい彼を、知っている。残酷な幼少期を過ごしたことを、知っている。それゆえ、性格が歪んでしまったことも。何よりも、愛に飢えていることも……。
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