織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ

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第四章 消えた侍女

第五十五話

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 市の体が完全に癒えた頃、晧月は彼女を妃として迎えるべく、自国の使者とやり取りをしていた。彼の父と母や妹達は、それはもう大喜びだという。変わり者の晧月が結婚出来るだなんてと、泣き虫な妹は涙を流したそうだ。余計なお世話だと晧月は内心で毒を吐いた。

 「では、ここでの仮式を終えたら、国ですぐに式を挙げるから、そのつもりで」

 「はっ、しかし……式を挙げるのは、姫君が渼帝国での生活に慣れてからがよいのではと皇帝が……」

 「はぁ?俺は早くあの子と結婚したいんだけど。そもそも自分だって、母上を連れて帰ってすぐに結婚式を挙げたそうじゃないか。自分の事を棚に上げるなと父上にお伝えしろ」

 「へっ……?へい、いや、でも……」

 おどおどと目を泳がせる使者は、暴虐武人、まさに暴君と名高かった晧月の眼光に、ひっと喉から引き攣った音を鳴らした。

 「お前は俺と父上、どっちの味方なんだい?」

 使者の顔の横に、グサリとクナイが突き刺さる。瞳孔が開き、その研ぎ澄まされた銀色が、使者を睨み付けた時ーー使者は口から泡を吹いた。

 「この軟弱者め」

 そう言葉を投げかけたのは、晧月ではない。銀色のストレートヘアをサラリと流したチャイナドレスの美少女……メイリンだ。彼女は、ふらりと現れて、情けない姿を晒す使者を見下げた。
 
 「メイリンか。どうした?」

 「お兄様、市姫の容態も随分と落ち着いた事です。私は国へ帰らせて頂きますわ」

 メイリンは久実と共に、市の様子を気にかけていた。気が強くハッキリとした性格の彼女は、同じようにハッキリとした性格の市を気に入っていた。それは市も同じであった。歳も近く、気の合う友達がメイリンならば、久実は世話焼きなお姉さんのような友達だ。いつも三人で楽しそうに談笑していた姿を知っていた晧月は、残念そうに眉を下げた。

 「君が帰ってしまうと、天使ティエンシーは寂しがるだろうね」

 「私も、寂しいですわ。ですが、またお会い出来ますもの」

 メイリンは気絶した使者の腹を踏み付けて、晧月の傍へと身を寄せた。そして周囲に目を配り、そっと囁く。

 「消えたエイサフ王子と、その侍女について聞きました。何だか嫌な予感がします……気を付けて下さいませ」

 「大丈夫さ。例えエイサフ王子のゾンビが襲ってこようと、あの侍女が刺客となって現れようと、ぶっ殺すまでさ」

 「市姫のこと、頼みましたよ。初めて出来たお友達なのですから……」

 「もちろん。あの子に害を成す連中が現れるならば、それもぶっ殺す。俺の得意分野だ」

 おどけてみせる晧月に、メイリンは安心したように頷いた。

 「ええ。お兄様にお任せすれば、どんな敵も適わないでしょうね。それほど、お強いのですもの」

 戦に出れば、破壊の皇子やら、死の飛翔やら、とんでもない呼び名で呼ばれた兄である。その呼び名の通り、彼は化け物並に強いのだ。兄に任せればきっと、市は無事だろう。宮殿には兄だけでなく、怪力のザァブリオもいる。胸の奥にざわめく不安を打ち消して、メイリンは白薔薇宮殿を去った。



 見慣れない顔だ。市は、横目に侍女の顔を見た。ターバンで髪の毛を隠し、白い衣に身を包んだ彼女は、ふっくらとした顔立ちに細い瞳をしていた。その瞳を見て、市は思わず息を呑む。侍女の瞳は、美しい菫色をしていた。驚く市に気付かず、侍女はいそいそと食事の準備をしている。

 ーーあの色はらびの色じゃ。

 まさか、彼女はラビアなのか。そう考えるも、まさかと頭を振った。何故なら、彼女はシュッタイト人特有の雪のような白い肌ではなく、オリーブのような濃い色味の健康的な肌色をしている。それに、シャープな顔立ちだったラビアと違い、彼女の頬は丸い。瞳の大きさも違う。

 「……そなた、名は?」

 静かな市の呟きに、侍女は一瞬手を止めたかに見えた。しかしそれは、姫君である市に声をかけられて、緊張したからのようだ。侍女は、口を詰まらせながら、しどろもどろに言葉を紡いだ。

 「ルビーと申します、姫君」

 いつもしゃんとしていたラビアとは異なる、自信なさげな侍女の態度。彼女の声は、ラビアのものより低く、掠れていた。

 ーーこの者を、らびと思うなど……とんだ勘違いであったな。

 苦笑を滲ませて、市は懐かしい菫色を見つめ返した。

 ーー瞳の輝きは、同じだというのに。

 「なに、あまり見ない顔であったので、つい声をかけてしまった。そう身を固くするでない」

 「お許しを。何分、最近入ったばかりの新参者ゆえ、ついつい肩に力が入ってしまうのです」

 素直に答えたルビーに、好感を覚える。市は唇に笑みを乗せて、ぎこちない様子の彼女の名前を呼んだ。

 「るび」

 市の呼び方に、彼女はほんの少しだけ肩を跳ねさせた。

 「誰しも初めから、完璧にこなす者などおらぬ。精進せよ」

 「はい、有り難きお言葉……。ですが、失礼を承知で一つだけよろしいでしょうか?」

 気の弱そうなルビーの申し出に、市は意外そうに眉を上げた。

 「なんじゃ?申してみよ」

 「はい。私めの名前は、ではなく、ルビーと申します。異界からの姫君であるあなた様にとっては、言い難い名前だとわかっておりますが……尊敬するあなた様には、ぜひ本来の呼び名で呼んで頂きたいのでございます」

 市はきょとんと、まばたきを繰り返した。本来の呼び名で呼ばれたい等と、それは主君に命令したと勘違いされてもいい申し出だ。もし、と呼ばれた羽柴秀吉が、兄である信長に名前で呼んでくれと進言しようものなら、あの者の首は瞬く間に宙を舞うだろう。

 「そなた、それは私に命じておるのか?」

 怒った訳では無い。だが、側仕えというものは、目上の者に対して意見しないものだ。ましてや、きちんと名前で呼んで欲しいなど……無礼だと、斬り捨てられるとは思わないのだろうか。

 「命じるなど、とんでもごさいませぬ!どうしてあなた様に命令することが出来ましょう?これは私めの、ほんの小さな我儘なのです」

 「ほう。私に我儘を言うのは無礼ではないと?」

 「無礼も承知で、我儘を申し上げました……。あなた様が、私めを罰することはないと知った上で……」

 気弱そうに見えていたルビーは、芯の強いハッキリとした物言いで、市に告げた。なるほど、なかなか度胸のある女だと感心する。そして、頭も良いらしい。

 「わかった。そなたのその芯の強さを評価して、名前をきちんと呼ぶ努力をしよう」

 「……ありがとうございます」

 「ではなく、るびぃじゃな?」

 「ええ。もう少し最後を伸ばして頂けたなら、完璧でございます」

 「……るびー?」

 「はい、イチ様!その調子でございます!」

 ルビーは初めて、市に向けて笑みをみせた。菫色の瞳が優しげな輝きを宿している。そう、どこか懐かしいような輝きを……。

 「のう、るびー。そなた……以前にどこかで会ったことがないか?」

 「まさか。私がこの宮殿に務め始めたのは、1週間前のことでございますよ」

 笑みを浮かべていたルビーの口元が、ピクリとひくついた。しかし、市はそれに気付くことは出来なかった。ルビーがすぐさま、気弱な侍女の仮面を被ったからだ。
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