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第五章 渼帝国のお市
第六十八話
しおりを挟む白薔薇宮殿での、仮式の前日。市は、部屋に飾られたウェディングドレスを見つめていた。市の知っている白無垢と同じように、白一色だ。着物とは全く違うが、無垢な花嫁を連想させるのは同じである。
晧月が選んでくれたドレス。それは、愛らしい市に合わせて、ふんわりとしたシルエットとなっていた。上半身はピタリと肌に添わせるようにし、ウエストから下は、美しいバルーンの形にフリルが重なっている。所々、パールが施され、胸元を飾る白い薔薇が美しい。
「何見てるの?」
突如、かけられた声に、市はビクリと肩を跳ねさせた。
「こ、晧月様……」
いつの間にか、晧月が市の後ろに立っていたのだ。軽くホラーである。
「驚きました。気配がないんですもの」
「驚いた顔も可愛いね」
サラッと恥ずかしいことを言って、晧月は市の隣に立つ。その時、晧月の上品なお香の匂いが香り、市はほんのりと頬を染めた。そっと、彼の横顔を見上げる。凛々しい横顔は、初めて会った時よりも、ずっと男らしく、研ぎ澄まされた剣のよう。
ーーこんなに幸せで、いいのだろうか。
思わず、そんな事を思ってしまう。
晧月に出会い、恋を知り、好きな人と結婚出来る喜びを知った。家の為の結婚を当然だと思っていたというのに……。
信長の為に、浅井長政と結婚する筈だった。それなのに、わけがわからない異世界に召喚されてしまい、帰れなくなってしまう。初めは、家に帰りたくて仕方がなかった。自分の使命を全うして、信長が天下を取るのを見届けたかった。だが……今は、違う。
晧月と共に生きたい。二人でずっと……一緒にいたい。市は心底、晧月のことを愛してしまった。
「市」
晧月が、いつもの呼び名ではなく、名前を呼んだ。それだけで、市の鼓膜は甘く振動し、胸の奥がキュンと疼く。
「晧月様……」
晧月は、銀色の色彩を優しく細め、柔らかな笑みを浮かべた。大きな彼の手が、市の頬をそっと包み込む。
「愛してるよ」
甘い囁きに、市は頬を紅潮させて、ぎゅっと目を閉じる。やがて、降ってきた唇に、酔いしれながら、市も薄らと唇を開いた。
「私も……愛しています」
サラサラの黒髪が、肩に流れる。晧月は彼女の顔にかかる髪をかきあげて、おでこに口付けた。
照れたように頬を緩めた市の事が、愛おしい。晧月は、頬がゆるゆるに緩んでしまうのを自覚した。可愛くて、可愛くて仕方がないのだ。この子を抱き上げて、自分の嫁になる子はこんなにも可愛いんだぞと、みんなに自慢してやりたい。
ここでの仮式が終わると、自国での結婚式だ。この子が正式に、自分の奥さんになる日が待ち遠しい。
国に帰れば、またもや忌々しいシュッタイト帝国との問題を片付けなければならないだろう。ブロリンド王国の王弟……ザァブリオの叔父と結婚する筈だった異界からの姫君が、シュッタイト帝国に監禁されているかもしれないからだ。晧月の父王も、シュッタイトに攻め込む気満々である。面倒くさいなと、戦闘狂だった晧月らしからぬ感情を抱きながら、ため息を漏らした。
市との新婚生活を楽しむ方が、今の晧月にとっては大事なのだ。
自分の腕の中にいる暖かくて、柔らかい存在に、頬を寄せる。
ーー何があっても、これからずっと、俺が君を守るからね。
彼の銀色の瞳が、刃のごとき鋭さを見せる。
この宝物のように大切な人を、誰にも壊させない。奪わせない。ずっと……自分だけの天使。一生涯、君を愛そう。
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